第16話「Between 闘志 To 心配」
月と星とが照らす威容。
見上げる巨体はまさに鬼神だ。
青き鋼の茨木童子へと、驚異的な身体能力でリッタがジャンプする。以前に中尉と名乗っていたが、確か軍隊の階級のことだ。つまり、訓練された軍人なのだろう。
胸部の操縦席にリッタを迎えて、茨木童子は金属の咆哮を張り上げる。
だが、ここで怖気づくセツヤではなかった。
「みんなっ! 肘や膝、関節部分を狙ってくれ! ロボットってのは多分、そういうとこが弱い!」
セツヤの時代でも、こんなに大きな人型のロボットは実用化されていない。
セツヤが知ってるのはアニメやゲームの話であり、その登場メカを精密に象ったプラモデルだ。プラモデルでもよく壊れるのは、可動部分があって負荷のかかりやすい関節部分である。
そして、その言葉は源氏の兵たちを奮い立たせる。
「今が時ぞ、皆の者っ!」
「頼光様の連れし童の言葉に従え!」
「鬼とて、我ら源氏にかかれば恐るるに足らず!」
「都を! 帝と民を守るべし! 今こそ命、捨て燃やすべし!」
無数の矢が射かけられた。
あっという間に、茨木童子を鏃の驟雨が襲う。
勿論、相手は未知のロボット兵器……その全身を覆う材質は、あのカナミの知識にもない未知の素材である。
装甲に致命打となりうる傷は一つもつかない。
だが、射手が暗闇に目を凝らして狙ってくれてる。
隻腕の肘と両膝に、矢が集中して突き立った。
すぐにはダメージは見えてこないが、セツヤは鎧兜に身を固めた総大将に駆け寄った。
「頼光さん! 関節への攻撃を集中させてください! 闇雲にやるより、絶対に効くと思うんです!」
「心得た! セツヤ、助言に感謝……しからば! うおおっ、源氏魂ぃぃぃぃぃっ! 皆の者、我に続け! 都の興廃、この一戦にありや!」
頼光は自らも太刀を抜き、果敢に茨木童子へと突貫してゆく。
その背を見送ると、遅れて追いついたカナミやってくる。彼女は膝に両手を当てて呼吸を貪りつつ、吸って吐く間も惜しんで語り掛けてきた。
「ハァ、ハァ、ッ、セツヤ君! 操縦席……コクピットへの攻撃を避けるよう言ってください。リッタさんにはこれから、色々と聞く必要があります!」
「わ、わかった! カナミは安全な場所に下がってろ!」
「嫌です!」
「……は?」
拒絶と否定の言葉を、こんなにはっきりカナミが口にするのは初めてだ。
彼女は、いつもの暴走モードの時の顔で瞳を輝かせている。
「今まで、本の中でしか見えなくて、ネットでしか追えなかった……そういう歴史の中に今、わたしはいるんです! ここが枝分かれした未来に向かう外典、外伝の物語でも……わたしはもっと側で見て、自分の意思で関わりたいんですっ!」
それだけ言って、カナミは少し過呼吸気味に胸を押さえた。
だけど、その目はまだセツヤに訴えかけてくる。
だから、身を浴びせるように抱き着いて、セツヤはそのままカナミと大地を転がった。
「セッ、セツヤ君!? あの、積極的なのは嬉しいんですが、その、正直に胸がときめいて」
「黙ってろ! 舌ぁ噛むぞ!」
カナミの柔らかさや温かさ、なんだかいい匂いがする、みたいなことを感じて味わう余裕はなかった。土埃にまみれながら転がる中で、暴力的な光が注いでくる。
茨木童子の全身から、以前も見た苛烈な閃光が降り注ぐ。
全てを焼き尽くすビームの粒子が、そこかしこで土煙を上げた。
だが、それで怯む源氏武者ではない。
そして、セツヤには確かな違和感が感じられた。
「クッ、当たらずに済んだか……これ、あれだよな。一番弱い武器を使ってくれてる感じだ」
「あっ、ああ……あの、セツヤ君っ」
「ああ、カナミ! お前もわかるだろ? あのロボット、手加減してる気がする!」
「わ、わわ、わ……わたしも、その、ちょっと……もう少し、手加減して、ほしいですぅ」
身を起こして見渡せば、頼光が率いる侍たちは善戦していた。
彼らが射かける矢は、大半が巨体を支える両膝に集中している。茨木童子はダメージこそないものの、脚部の関節に異物が大量に挟まって動きが鈍っていた。
境内の敷地内で、茨木童子は無数の光を放って木々を燃やす。
だが、機敏な動きで弓を引く侍たちには当たらない。
まるで、蟻に群がられて身もだえる巨象のようだった。
「カナミ、立てるか? って……あっ、え、おおう……おおおおおお! すまんっ!」
「い、いえっ! けど、その……ちょっと、痛いです」
ビームの雨からカナミを守って、セツヤは身を起こした。
だが、その右手は意図した訳ではないのに、カナミの胸を……その膨らみを鷲掴みにしていた。慌てて離れても、その手にじんわりと感触の柔らかさが温かい。
「すまん、カナミッ! だがこれは、違うんだ!」
「わわ、わかってますっ! 不慮の事故ですから、はいっ! それより」
「わかってる! リッタ中尉に戦う意思はあまりない、っていうか」
「そもそも、リッタさんたちがどういう境遇か、ですよね! でも」
茨木童子を操るリッタは、気になる単語を連発していた。
汎人類解放軍、絶滅危惧民族、そして……守るべき地球人類という言葉。もしかしたら、この場の戦いはなくてもよかったものかもしれないのだ。
セツヤたちは、あまりにもリッタたち鬼と呼ばれる集団のことを知らな過ぎる。
だからこそ知りたいし、わかりたい。
そのためには、不本意でも茨木童子を無力化する必要があった。
だが、声を張り上げるリッタに応じる意思はない。
「ええい、殲滅するだけなら簡単だろうに! 一人や二人で済ませたいのがわからないのかっ!」
リッタの声がさらなる爆光を呼んだ。
炎の柱がいたる所に屹立し、寺の本堂をも巻き込んでゆく。
セツヤはカナミを庇いつつ、周囲の熱狂と狂奔を睨む。
人知を超えた地獄絵図の中でも、源氏武者たちの士気は衰えない。そればかりか、むしろ死地を見つけた喜びに礼賛するような雄叫びを輪唱させていた。
思わずセツヤは、カナミに手を貸しつつ感嘆の言葉を零す。
「すげえ……なんていうか、武器が昔だとか、生身の弱さとか、そういうの関係ねぇな。みろよ、カナミ……」
「でも、なんだか茨木童子は……リッタさんは困ってる、迷ってるように見えます」
カナミも感じる違和感、それはリッタの戸惑いと迷いだ。
セツヤたちの時代のその先、ずっと先の技術で作られたロボット兵器が、迷っている。この期に及んで、リッタは攻撃を躊躇ってるのだ。
恐らく、遠い未来か別世界の兵器、それが青い鬼……茨木童子だ。
きっと、その気があればこの場を焦土として皆殺しもできるのではないだろうか。
その選択肢を選ばぬ、選べぬ理由があるのかもしれない。
そして、茨木童子を必死で操るリッタの声が、悲痛に響く。
「くっ、腕は諦めるしか! フルパワーコマンドでなら勝負にすらならぬものを!」
侍たちの攻撃は弓矢から、投擲する無数の荒縄に変わっていた。鉤爪のついたロープが幾重にも投げられ、茨木童子の全身に引っかかる。動きを拘束した上で、人力で人数を頼りに引き倒そうというのだ。
以前のセツヤなら、なにを馬鹿なことを、無駄なことをと思ったかもしれない。
だが、源氏の侍たちは己の力を、仲間の力を……人間の力を疑っていなかった。総出で縄を引いて助け合い、自らの肉体の全てで茨木童子を倒そうとしている。
それでも、力の差は歴然だった。
茨木童子の全身から放たれるビームは、明らかに狙いを外している。
そして、そうせざるを得ないリッタの声が苛立ちを叫ぶ。
「ああもぉ、なんなの! 腕、返してよ! こっちだって、好きでやってる訳じゃ……殺さず戦うのって、大変なんだからね!」
茨木童子から発せられる攻撃は、よりいっそう激烈になった。それなのに、周囲で猛る侍たちに直撃したビームは一つもない。
やはり、人死にが出ぬように気を配ってる様子が感じられた。
そうこうしていると、茨木童子は切り落とされた腕のパーツを諦め、ふわりと浮き上がる。宙へと舞い上がった巨体に、縄をかけてた多くの武士たちから悲鳴があがった。
茨木童子は、己に投げられた縄の全てを乱暴に振り払うと、空を睨む。
誰もが逃がさぬと雄叫びをあげるなか、セツヤも走っていた。
ここでリッタに逃げられては、互いの事情を知る機会を失う。相手にも、平安時代の人に鬼と思われざるを得ない理由が、実情がある筈だ。
「待てよ! 待ってくれ! リッタさん! 話さないとなにも……ッ!」
走るセツヤを置き去りに、茨木童子は空へと浮かんで飛び去る。
流石は未知の文明が作ったロボット、セツヤから見ても遠未來としか形容し得ない時代の産物である。居並ぶ武士たちをもろともせず、無数のロープの束縛を振り払って飛び立った。
その背が小さくなる中でセツヤは走る。
なにも手だてがなくても、追いかけずにはいられなかった。
「くそっ! 待てよ、待てって……どうして困ってるかくらい、話せって!」
本音の本心、ありのままの気持ちが口をついて出た。
周囲の侍たちが転げて這いつくばる中、セツヤは走った。
そして、そんな彼の向かう先に光が集う。
欲しい時には現れない、思いもしない時に現れる光……その輝きをもう、セツヤは知っていた。ただ、それが自分にプラスに働くのは初めてだった。
突如として開いたゲートの光が、全力疾走するセツヤになにかを託す。
突然落ちてきたそれを受け取り掴んで、そして持ち返る。
「うおおおおっ! いっ、けえええええっ!」
セツヤは全てを振り絞って走る中、槍を受け取りそのままブン投げた。
そう、槍だ。
漫画やゲーム、アニメで騎士が持っている槍……馬上で扱うランスだった。
落ちてくるそれをキャッチした瞬間にはもう、なにも考えずにセツヤは全力で投擲していた。それが逃げる茨木童子に命中して、あたかも天罰が落ちたような光で闇夜を白く染めたのを見て……そこでセツヤの意識は途切れてしまうのだった。
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