第17話「Between 疑心 To 信頼」

 源氏の武家屋敷が、宴に沸いていた。

 セツヤたち現代人にとっては、まだまだ宵の口と言える時刻……それでも、この時代の人間は平時は、日が沈めば一日を終えるものだ。

 だが、戦いに血を燃やした侍たちには、勝利を祝う酒と料理が振る舞われる。

 そして何故か、セツヤは男たちに囲まれ絶賛の嵐に揉まれていた。


「小童、やりおるではないか!」

「ガハハハッ! そうそう! 見事な一撃じゃったぞ」

「お主も頼光様に頼んで、四天王に入れてもらえ!」

「いかんなあ、五天王になってしまうぞ!」


 皆、朗らかに笑ってワシワシと頭を撫でてくる。

 酒が飲めないので、ただただ侍たちに囲まれされるがままのセツヤだった。

 不思議と悪い気はしないが、事件はまだ終わってはいない。

 しかし、先の大江山の戦いで大敗した源氏にとっては、今回の勝利は溜飲の下がる出来事だったのだろう。

 そして、ふと思い出す。


「あ、あの……鬼は、茨木童子は」

「ん? ああ、先程中から鬼使いを引きずり出した様子」

「聞いて驚くな、小童。なんと、おなごじゃ」

「しかり! まあ、お綱の例もあるから気にはせぬが」

「じゃが、まだ大将格の酒呑童子が残っておるからのう!」


 そう、まだ鬼たちの本隊は大江山に健在だ。

 なにより、セツヤにとってはここからがスタートである。

 リッタ・ネッタたちは何者なのか、どうして平安時代にいるのか。なにより、今この時代でなにをしようとしているのか……全ては謎のままである。

 それも、リッタ本人にこれから聞けばいいだろう。

 どうやら周囲の男たちの話では、リッタは同じ女の綱が尋問しているという。彼女なら、下手に手荒な真似はしたりはしないだろう。

 そうこうしていると、ドスドスとデカい足音が近付いてくる。


「よう! お前さんの武器だ、拾ってきてやったぜ? なんとも面妖な……鉄の串をブン投げるとはなあ」


 現れたのは金時だ。

 その巨体が、軽々と片手で槍を差し出してくる。

 先程、突然現れたゲートの光から、この槍が現れた。

 そして、セツヤは無我夢中でこれを投擲したが、改めて見ると……確かにこの槍のことを知っている。ゲートを通過する代価として、これをチギリに納めた人物がいたのだ。

 改めて受け取ると、両手で持っても重くてよろける。

 よくもあの時は、一人でこれを投げられたものである。


「あ、ありがとうございます、金時さん」

「なに、ちょいと気になってな……お前さん、鬼火から現れたって話だが」

「は、はあ」

「……その妙な武器もそうだった。オレは裏門を固めてたが、見たぜ……夜空が光ってそいつが落ちてきやがった」

「それは」


 金時の目元が一瞬険しくなる。

 睨まれたと思った、その時にはもうセツヤは萎縮し硬直していた。

 呼吸さえ困難で、息苦しい。


「お前さん、何者だ? 返答によっちゃあ、容赦しねえ」

「あ、えっと……」


 平安時代から見て未来から来ました。

 みんなが鬼と呼んでいるロボットは、多分もっと未来から来てます。

 言えない。

 言ってもわかってもらえないだろう。

 ただ、セツヤにははっきりとわかることが一つだけある。

 返答を間違えれば、目の前の巨漢は一瞬でセツヤを殺してしまうだろう。真の武人、怪力無双の坂田金時からは逃れられない。

 慎重に言葉を選び、震える声をセツヤは絞り出した。


「こ、これは、槍です」

「……槍、ねえ」

「馬の上で使うもので、こう」

「ほうほう、それでこんなにクソ長ぇのかい」

「槍は日本にもあったような」

「日本? どういう……日の本のことか? ふむ……槍、というのは、こう、矛に似ているな。これを馬上でかい」


 セツヤは知らない。

 日本で槍が一般的な武具として普及するのは、まだ何百年も先の話なのだ。だが、いかにも武人らしく金時は興味津々である。

 怖くて逃げ出したい気持ちだったが、セツヤは勇気を振り絞った。

 そして、偽らざる気持ちでなるべく簡潔に話す。


「この世の中には、異なる時代や世界を繋げてしまう場所があって……そこで俺とカナミは巻き込まれて飛ばされたんです。で、気付いたらこの平安京にいました」

「……嘘で誤魔化してる目じゃねえな。」

「金時さんたちが鬼火といっているあれ、あの光がそうです。そして恐らく――」

「鬼たちもそこから来るのかい?」

「ええ」


 ふむと唸って、金時は真顔になったが……次の瞬間には破顔一笑、幼子のような笑顔になった。


「はっ、悪いな小童! こうも怪異が続いちゃ、オレでも妙に勘ぐっちまうのさ。許せ、無礼を申したな」

「い、いえ」

「それに、ほら。お前さんのことをさっきから心配しているおなごがいる。ああいうかわいい娘に恨まれたくないからな、オレは!」


 クイと金時が親指で背後を差す。

 そこには、それはもうおろおろと心配顔で右往左往するカナミが立っていた。どうやら周囲の女たちに混じって、宴会の手伝いをしていたらしい。

 金時が声をかけると、はたと気付いてカナミは駆け寄ってきた。


「きっ、きき、金時さん! セツヤ君は悪くないんです、本当ですっ」

「わーってるよ! オレも人を見る目だけはあるつもりだ。それより、槍ねえ……面白え、あとで大将に相談して、オレも試しに作らせてみるか」

「えっと、これはランスといって、西洋の馬上槍で……あ! そ、それよりセツヤ君」


 カナミはあたふたと落ち着かない様子で、ガシッ! とセツヤの腕にしがみついてきた。そして、そのまま立たせて武士たちの中から引っ張り出す。

 なにやら囃し立てるような声を浴びながら、セツヤはカナミと宴会場をあとにした。

 なんでも、綱とリネッタが呼んでるとのことだ。


「た、助かったぜ、カナミ」

「い、いえっ! でも……ふふ、さっきは凄かったですね、セツヤ君。運動神経がいいというか、咄嗟の馬鹿力というか」

「おいおい、もっとちゃんと褒めろって」

「はいっ。セツヤ君、とても立派でした。……で、この槍は」


 ずしりと重いこの槍は、やはり見覚えがある。

 あの夜、初めてチギリに出会った時のものだ。これは、アヴァロンを目指して狭間中学校を通過した、アーサー王が置いていった槍である。

 今となっては、持ってるだけで腕が痺れてくる重量だ。


「セツヤ君、もし無事に帰れたら……」

「ん? いや、絶対に戻るって」

「は、はい。その時は、陸上部とかいいかもしれませんね。部活、考えてますか?」

「あー、そうだなあ……足の速さには自信があるっちゃー、ある。キリカも速かったけどな」

「それに、陸上部なら槍投げもありますし、十種競技なんてのもいいかもしれません」

「ふーん、そうだなあ……カナミは?」

「わ、わたしは、運動は苦手で……文芸部、とか。あとは……マネージャーなんかもいいですね」


 ほんの少しの間だが、中学一年生の二人に戻れた気がした。

 だが、奥の部屋でリネッタが待っていて、三人で一緒に入る。そこには、拘束こそされていないものの、リッタ・ネッタが座らされていた。

 傍らの綱は、鋭い緊張感で精神的に捕虜を縛っている。

 尋問はあまりはかどってないようで、リネッタからも説明があった。


「少し厄介なことになったのよね。我も理解不能なの……ちょっと、セツヤ。話してみて」

「ああ、わかった」


 だが、セツヤを見てリッタは小さく鼻で笑う。

 子供と侮ってのこともあるだろうが、既に腹をくくった様子だった。

 だから逆に、セツヤは改めて自己紹介から初めてみる。


「えと、さっきはすみません。自分でもあんな凄いことやっちゃうなんて……俺は春日井セツヤ。で、こっちは渡良瀬カナミ。二人共中学生です」

「中学生……ん? 待て、やはりお前たちはこの時代の人間じゃないな?」

「はい。多分、リッタさんと同じくゲートを……光を通過して、ここに来たと思うんです」

「……そうだ、私は隊長や部下たちと……ではやはり、ここは地球なのか?」


 地球なのか。

 その問の妙な違和感に、セツヤは逆に首を傾げた。

 あんなロボット兵器を乗り回す連中だ、もしかしたら宇宙にもっと人類が広がってる時代から来たのかもしれない。もしくは、そういう異世界が存在するのか。

 なんにしろ、カナミが地球の日本、西暦1000年前後だと告げた。

 得心したようで、リッタは自分の中に整合性を見出し呟く。


「そうか、それで……士官クラスしか教育を受けていない、地球の歴史の中に私たちはいるのだな。では、どうやって戻る? お前たちは戻れるのか?」

「それもわからないんです。ただ、こうなったからには敵対する理由はないですよ。そもそも、どうしてリッタさんたちは都を襲ったりしてたんですか」


 リッタは口を噤んでしまった。

 だが、やれやれとリネッタが肩を竦めて、そして大変な事実を明かしてくれる。

 なんと、ことを重く見た帝が、明日にでも頼光たちを宮中に招いて話を聞くという。高名な陰陽師、安倍晴明をやってるリネッタに先程使いの者が来たらしい。

 帝、それはこの時代においても日本を統べる血筋である。

 そして、セツヤは思いもしない……その先に、意外な再会が待っていることを。

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