第12話「BE TO 陰!YO!YO!陽!」
その道すがら、カナミから最低限の説明を受ける。
平安京が栄えた時代、
そして、
この時代の人間ならば、鬼としか思えぬ
そんな一夜を生き延びた二人には、なによりもまず休む
「んっ、ん……あ、あれ? ああ、そうか。夜も遅いからって昨日は確か……」
ふと目を覚まして、セツヤは小鳥のさえずりを聴いた。
朝日はどこか弱々しく、
そして、横に安らかな寝息を感じて視線を滑らせる。
隣の布団では、よほど疲れたのか
「それにしても……さっぱりわからない。歴史は苦手なんだよな。年表とかあるしさ」
借りた寝間着を引きずるようにして、セツヤは外に出た。祖父母の家にある縁側のような場所だが、スケールが違う。
そして、なんとも
「やあ、お客人。昨夜は災難だったね。よく眠れたかい?」
第一印象は、
だが、肌も露わな上半身の筋肉は、無数の古傷と共に精悍な肉体美を形成していた。一流のアスリートのように、無駄な肉が全くない。
セツヤは
「あ、ども。お世話になってます。一応、その、ありがとうございました」
「うんうん、気にすることはない。昨今の都は実に物騒だからね。怪異がのさばり、鬼が出る。……あとは、
「鬼火、ですか」
「ああ。妙な光で、
そこまで言って、歩み寄ってきた青年は木刀を向けてきた。
刃のない切っ先を突き付けられて、金縛りにあったようにセツヤは動けなくなった。
下手な言動は即、命の危険に繋がる。
セツヤはそう察したが、恐怖に震えることすらできない。
目の前の男は、静かに問いただしてくる。
「お綱の話によれば、君はその鬼火の光から現れたそうだね」
「……は、はい。その、ゲートっていって」
「げえと?」
「異なる世界同士、違った時間軸同士を繋げる謎の技術です。それがたまたま、俺の中学にあって……」
「ちゅうがく……ふむ、さっぱりわからん! はっはっは、私は難しい話は駄目なんだよ。悪かったね、少年。ええと、名は」
改めてセツヤは名乗り、まだ寝ているカナミも紹介する。
男はどうやら、二人を夫婦か姉弟と勘違いしていたようだ。それで同じ部屋に寝かされてたのかと思うと、今になってセツヤは耳たぶが熱くなる。
だが、男はトントンと木刀を肩で遊ばせながら笑った。
「私の名は
申し訳ないが、全くわからないし知らない。
そもそもセツヤは、侍の時代は全て江戸時代だと思っていた程の歴史
とりあえず、かなり偉い人だと踏んで話を進めてみた。
「えっと、今の京都……都って、そんなに治安が悪いんですか?」
「ああ、悪い。最悪だよ。もののけの
「は、はあ」
「残念だが、今の都は無法地帯。民も怯えて
昨夜、綱が言っていた。
二度の敗北はないと。
その言葉の裏には、忘れがたく耐えがたい屈辱が潜んでいたのだ。
頼光もそのことを思い出したのか、苦々しい笑みを零す。
「昨夜の鬼は、あれは
「あ、その、鬼なんですけど……なんて説明したらいいのかな」
「奴らの正体を知っているのかい? まさに神出鬼没、どこから来た邪悪やら」
「俺もよくわかんないんですけど、あれって人間が乗ってる機械なんですよ」
「きかい、とは?」
「あーもぉ、なんて言ったらいいかな。ロボット……そう、人間が中に入って操る人形なんです」
「ふむ、
不意に頼光の瞳が強い瞳を宿す。
彼が見もせず呼びかけると、すぐに屋敷の奥から少女が現れた。昨夜と同じく、長い髪を
綱はセツヤたちの側まで来ると、
「お綱はここに、頼光様。なんなりとお命じくださいまし」
「昨夜は大義であった。よもや鬼の……茨木童子の腕を切り落とすとはな。あっぱれである」
「
「大将首は私に譲れ、お綱。今度こそ
振り返れば、眠そうな顔でもそもそとカナミが部屋から出てきた。
彼女はよほど視力が悪いのか、両手を探るように
「うぅ、眼鏡、眼鏡は……」
「悪ぃ、カナミ! ほらよ、これだ!」
「あ、セツヤ君。おはようございまふ……ありがとうですよぉ」
「しゃんとしろって、寝ぼけてるのか?」
「あい……わたし、朝は弱くて」
もにょもにょと要領を得ないカナミに、セツヤは今朝の話を説明して頼光の名を告げる。ぼんやりと頼光、そして綱を交互に見やり……突然カナミは
それはもう、見ている皆が驚くほどにオーバーなリアクションだった。
「はひーっ! 頼光! 源頼光! あの有名な! 渡辺綱を筆頭とする頼光四天王を従え、
「はは、詳しいな。だが、土蜘蛛は斬れても酒呑童子は討ち漏らしたんだがね」
「ええっ!? そ、そんな! 物語と、本と食い違ってしまいます。昨夜の
血相を変えたカナミは、嬉しいのか焦っているのか、なんだかよくわからない状態で
だが、すぐに綱が言葉を挟んでくる。
「
セツヤにもぼんやりとだが、事態が呑み込めてきた。
誰もが
それはつまり、歴史が変わってしまうということだった。
改めて考えると、訳もわからず身震いが込み上げる。
だが、頼光はさして気に留めた様子もなくパンパンと手を叩く
「まあ、なんにせよ鬼はいずれ私が、私たち源氏の一門が
「は、はい。ども、ゴチです」
「はわわ、あの頼光様が朝ごはんを……も、もしやこれは、
興奮するカナミを、どうどうと落ち着かせる。
着物を羽織って屋敷に上がった頼光は、そうだと思い出したように綱に確認の言葉を放った。
「そうそう、お綱。例の鬼の腕、運び込めたかい?」
「ええ。万事抜かりなく、ですわ」
「午後には
「
「はは、そりゃそうだ。なにせ鬼の腕だからなあ」
「そのことで、頼光様。お耳を拝借ですわ」
サササと綱は頼光に身を寄せ、なにかを
その内容はセツヤには聞こえなかったが、すぐに知れた。
嫌そうな顔で頼光が叫んだのだ。
「
「
「あのじい様、なにを……いや、鬼の
「
「くそっ、なんてことだ! お綱、私は狐が死ぬほど嫌いなんだぞ? かの者は狐が産み落とした
「ふふ、頼光様の狐嫌いにも困ったものですわね。宮中でも弓に矢を
「
とうとうセツヤは、カナミを抑えきれなくなった。
聞いたこともない名前が二つ飛び出し、セツヤにはちんぷんかんぷんだが……カナミの興奮は絶頂に達して、その限度を軽く突破してしまった。
彼女はフンス! と鼻息も荒く、両の拳を握って一息で喋る。
「蘆屋道満! それに、安倍晴明! 後の世に最高の陰陽師として名を残す二人ですね! そうでした、この平安時代400年の歴史の中で
「落ち着けって、カナミ。その、なんだ? オンミョージって、誰だ?」
「セツヤ君! 陰陽師っていうのはですね、ええもう説明しましょう! まずは――は、はれれ?」
興奮し過ぎたのか、カナミの鼻から赤い雫が一筋落ちた。
どうやらのぼせて、鼻血が出てしまったようだ。
それを見て、頼光は実に気持ちのいい笑い声をあげる。
「はっはっは! カナミとかいったね、君。実に見識の深いおなごではないか。宮中務めの経験でもあるのかな? 鬼火の光より出て参ったと聞いたが、なかなかに詳しい」
「それは、その、えと……セツヤ君、どうしましょう。鼻血が……エモくて
すぐに綱が懐から手ぬぐいを出してくれた。
だが、朝食を皆で囲むまでずっと、カナミの鼻血は止まらなかった。
それでも、大昔の京都での新しい一日が始まり、セツヤとカナミの無数の試練が同時に幕を開けるのだった。
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