第13話「Between 出会い To 再会?」

 武家屋敷の朝食は、質素な一汁一菜いちじゅういっさいだったが美味おいしかった。

 その後は頼光ライコウから色々なことを聞かれ、その都度セツヤはカナミに助けられながら話せることを全て話した。隣でそれを書き記すツナも、現代の日本やゲート、そして狭間中学校での生活に驚いているようだった。

 そして軽い昼食を挟んで、一同は都の中をとあるお寺まで移動した。


「うーん、いかにも京都って感じだよなあ」

「ですね。神社仏閣じんじゃぶっかくの多さはやはり、この頃から変わっていません。わたしたちの済む千年後まで、今後もどんどん増えていくんですね」

「カナミ、楽しそうだな」

「はいっ! 入院で学校生活は全て台無しになってしまって……少し、修学旅行というものに憧れてました。夢、かないましたねっ」

「まあ、元の時代に戻れれば、普通に進級しての修学旅行もあるだろうしな」


 寺の敷地内は広く、かなりの力を持った宗派のようだ。

 そして、庭の開けた区画に例の巨大な腕があり、周囲では僧侶が熱心にお経を唱えていた。どうやら鬼のために祈りを捧げているようで、それが終わると頼光が近付く。

 はたから見ても、セツヤには青いロボットの腕にしか見えない。

 今も切断面から覗くケーブルやチューブが、僅かにショートしながらうごめいていた。


「住職、あとは我々で。お綱、金時キントキはどうした!」

「まだ来てないようですわ。安倍晴明アベノセイメイ様もでしてよ」

「そっちはどうでもいい! それより、見てくれ……血が流れた様子はないが、この奇怪な状況は」

「やはり鬼は、我々人間とは根本的に違うようですわね」


 二人は熱心に鬼の腕を検分し始めた。

 それを黙って見てると、カナミもうずうずをおさえきれずに混ざってゆく。

 あまり変なことを平安時代の人間に言わなきゃいいのだが、カナミなら大丈夫だろう。むしろ、カナミの暴走トークに付き合わされる頼光や綱が心配だった。


「むむ、お綱! 触れて見ろ、この質感……妙だな。木材や粘土ではない。はがねとも違う」

「なんだかむにむにとしてすべやかですわね。骨とも違うようですわ」

「プラスチックでもないみたいです。あ、プラスチックというのは油脂性の化合物質で……とにかく、わたしたち未來の人間から見てもわからない素材ばかりです」

「ふむ……カナミでもわからぬか。鬼の皮膚一つとっても、私たちにはわからぬことが多過ぎる」

「でも、髭切ひげきりで斬れたのです。わたくしたち源氏の剣は十分に通用しましてよ」


 熱心に話し込んでは、鬼の剛腕をぐるぐる回ってあちこちを調べている。

 それをぼんやりと眺めていると、不意に背後で豪快な声が響いた。


「おう! おうおうおう、おうっ! こいつが鬼の腕かあ! たまげたなあ!」


 すぐ横に、ドスドスと足音を立てて巨漢きょかん美丈夫びじょうぶが現れた。たくましい体躯たいくさむらいで、セツヤの世界でいうところのイケメンである。そして、子供のような眼を輝かせて鬼の腕に見入っていた、

 見上げるような長身からは、不思議と威圧感を感じない。

 そう思って見てると、向こうもかたわらのセツヤに気が付いた。


「おっ、小童こわっぱ! お前が例の鬼火に乗って来た子供だな? どうだ、間近で見た鬼は怖かったか!」

「ど、どうも……春日井カスガイセツヤです。えと、ええ、はい。正直死ぬかと思いました」

「ハッハッハ! 違いない! オレやお綱でも仕留め損ねた大江山おおえやまの鬼だからな。オレの名は坂田金時サカタノキントキ! 天下御免てんかごめん快男児かいだんじよ!」


 自分で言っちゃうかなあと思ったが、確かにいきでいなせな兄ちゃんである。なにより、屈託のない笑顔で白い歯がキラリとこぼれて、どうにも心を許してしまう。気安い態度は不思議と親近感をセツヤに抱かせた。


「セツヤ、オレはな。先日の大江山での戦いでは不覚をとったのよ。天下無双と思い込んでいたが、いやはや、この世は広いものだ!」

「はあ……あ、でも、普通の鬼だったらやっつけられてたと思いますよ」


 セツヤが言う意味は、鬼という架空の生物、伝承の魔物だったらの話だ。

 これはどうみても、セツヤたちの時代の技術を凌駕りょうがするロボットの腕だ。そう、今も頼光と熱心に話すカナミにも、それはわかっているはずである。イキモノではなく機械、それも兵器のたぐいなのだ。

 ゲートは狭間中学校はざまちゅうがっこうを挟んで、あらゆる世界を繋げてしまう。

 過去と現在が繋がるなら、その片方が未来である可能性だってあるのだ。

 そんなことを考えていると、すずしげな女の声が走る。


「ふふ、あいかわらず剛毅ごうきなこと! 足柄山あしがらやまの金太郎には、鬼も裸足はだしで逃げ出すって話よね」


 どこかで聞いたことがある声だ。

 だが、少し飾って作った声音こわねで、その主の名前が思い出せない。

 それでも、振り返る金時の視線の先に、一人の女性が立っているのが見えた。

 尼僧にそう、女のお坊さんだ。

 頭巾ずきんを頭からすっぽりと被り……

 僧衣そういには大きく、陰陽いんようつかさどる二つの勾玉まがたまが描かれていた。


「おお! 安倍晴明殿か! これはこれは、久しいなあ」

「あいかわらずガキみたいなんだから、金時は」

「おいおい、そうめるなよ! 照れるじゃねえか! うは、うはははは!」

「褒めてないっての……はあ、それで? われが来たのだから、早速例の鬼の腕を……あら?」


 ――安倍晴明。

 カナミがいうには、平安時代に活躍した稀代の陰陽師おんみょうじとのことだ。ようするに、医者を兼ねた呪い師という感じである。

 その晴明が、ちらりとセツヤを見た。

 お面の向こうで、息を飲む気配を感じる。

 だが、晴明はなにかを言いかけつつ、そのまま目の前を通り過ぎる。


「あれが、安倍晴明……男じゃ、ないのか」

「おっ、セツヤは知らんのか? 声の感じじゃ若い姉ちゃんのようだがな。ああ見えて何十年も生きてるらしい。しかも、本当に女なのか、その顔を見た者もいないってな」

「金時さん、あの狐のお面は」

「ああ、うちの大将がえらく嫌がってるがな。安倍晴明はさるやんごとなきお方と……狐との間に生まれたのだそうだ。信じられるか、セツヤ。狐だぜ? 狐!」


 にわかには信じられないし、科学的にありえない。

 だが、ここは未知と神秘が渦巻く平安時代だ。しかも、どこのものともわからぬ巨大ロボットが暴れまわってて、京の人たちはそれを鬼と呼んで恐れている。

 狐のお面……心当たりはあるが、そんなことはない筈だ。

 チギリならば、自分を見てあえて無視するなどありえない。

 そう思えるくらいには、何故かセツヤはチギリに気に入られてるのだ。

 ふと見れば、晴明は頼光たちに挨拶しながら近寄っている。


「ちょっと、頼光! 来てあげたわよ? で、これが鬼の腕? ふーん」

「げっ、安倍晴明! ……様。ど、どうも。このたびは」

「あ、そういうのいいわよ。ったく、あいかわらず源氏はやんちゃ坊主の巣窟ね。お綱、あんたも気をつけなさいよ? この脳筋集団のうみそきんにくしゅうだんに染まったら大変なんだから」


 くすりと綱も笑っていた。

 頼光はどうにも晴明が苦手らしく、やりにくそうな顔をしている。それをいいことに、晴明は「あんたのおしめを代えてやったのは我よ?」などと、グイグイ押してくる。なんだか、武家の棟梁とうりょうが小さな少年に見えておかしかった。

 しかし、鬼の話となると誰もが真面目になる。

 カナミも交えて四人は話し込むが、そこに金時は加わろうとしない。

 聞けば、難しい話は苦手なのだという。


「鬼だろうが邪だろうが、オレは力任せにブッタ斬る! それだけよ!」

「なるほど……なんか、金太郎のイメージそのまんまですね」

「いめえじ、だあ? だが、まあ、オレとてもういい歳だ。いつまでもガキじゃいられねえ。それに、大将を補佐してみやこを守る務めもある」


 バリボリと頭をかきながら、金時は気持ちのいい笑みを浮かべる。

 だが、その目は爛々らんらんと輝き炎を灯しているようだった。


「それに、人間相手にゃもう興味はねえ。やるなら怪異、もののけや化物ばけものだ。鬼とあらば、相手にとって不足なし! 次こそは、このオレが成敗してやるってな! ガハハ!」


 それは、どこか狂気にも似た闘争心だった。

 そして、そういう状態の人間をセツヤの時代では、鬼と呼んだりもする。

 足柄山の金太郎、坂田金時……今、セツヤの隣に鬼を狩る鬼がたたずんでいた。邪気は感じられないが、おおらかな人柄の中には鋭いつのが潜んでいる。

 そうこうしていると、ぽてぽてとカナミがこちらの方へと駆けてきた。


「セツヤ君、あのっ! とと、こちらの方は」

「ああ、さっき知り合ったんだ。坂田金時さん」

「なっ、なな、なんですとぉ!? あの、足柄山の金太郎! うわあ、ご本人さんに会えるなんて、夢みたいです。あ、はい、えと、わたしは渡良瀬ワタラセカナミと申しまびゅ!」


 あわあわと焦って慌てて、カナミは言葉を噛んだ。

 だが、気さくに笑って金時は歩み寄る。

 セツヤより長身なカナミも、金時に並ばれると子供と大人だ。そして、金時は無造作に両手を伸べて、ひょいとカナミを持ち上げてしまう。そのまま自分の肩に座らせ、なんともさわやかな笑みを浮かべていた。


「お前さんも鬼火に乗って来たんだな? ガハハ、なんともかわいいじゃないか。今なら嫁にもらってやるが、どうだ!」

「はひぃ!? お、お嫁さんですか!? ちょ、ちょっと、それは……セツヤ君っ、助けてください! 歴史が変わってしまいます。……ま、まあ、そうはならなくても、よくないです!」

「いやあ、俺に言われてもなあ」


 だが、カナミはなんだかにやけてまんざらでもない様子だ。

 それがなんだか、セツヤにはあまり面白くない。

 ようやく降ろしてもらったカナミは、思い出したように寺の奥を指さす。


「あ、あのっ! 安倍晴明さんがわたしたち二人にお話があるそうです」

「はぁ? あのばあさんが?」

「そんなこと言ったら蹴飛ばされますよ。ああ見えて短気なんですから」

「えっ? なんか、カナミはよく知ってる人なのか? 本だとそういうふうに書かれてるのか」

「いいえ……本物の安倍晴明さんは男性です。それより……ふふ、気付いてませんか?」


 意味が分からない。

 けど、確かに妙な懐かしさも感じた。

 安倍晴明の声を聴いた時、気心知れた誰かのことが脳裏をよぎったのだ。

 だが、晴明は接触してくるのを避けた。

 きっと、隣に金時がいたからだろう。

 そしてセツヤは再会する……意外と言えば意外な、当然と言えば当然な人物に。

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