スキャンダル・ツイスター

久賀広一

 

何でそんなことが分かるようになったのかは、知らない。


始めは、ただの勘の鋭さだと思ってた。

でも、高3になったある日、あたしが「まーたそんな悪口ばかり言ってえ。真由まゆは、三木のことすっごい好きじゃん」と軽く話しかけたら、彼女は真っ赤になって顔を伏せてしまったのだ。


「へ!?」

今度は、周囲のみんなが驚いた。

それまでは、誰も彼女ーー辻本真由が、進学クラスでもない男子の三木を好きだなんて、気付かなかったのだ。

いつもけなしてばかりいるし、家が近所だからって、高校になってまで家族ぐるみでご飯を食べに行くってどうよ?

そんなことを喋っている真由自身が、何より美人だったからだ。


「ええっ!? またあ、嘘でしょ、マユ。・・・え? 本気なの?」

誰もが絶句する中で、あたしだけがマズッ! と口に手を当てていた。

ーーもしかして、みんな気付いてなかったの? あんなにバレバレなのに?

それにアキは山下のことが好きだし、三笠みかさ立石たていしユージ・・・


誰が誰を好きなのか、その両人を知っていればすぐに分かる。


どうやら、それは特別な力のようだった。

あたしはずっと、そんなことはみんなも当たり前に把握してると思ってたんだ。


神戸市立、清風館学園、3年1組中河なかがわ雨音あまね

それが、のちに ”スキャンダル・ツイスター” として世に名を成す、まだ己の才能ギフトに気付いたばかりのあたしだったんだーー。






「ね、雨音。お願いよ!」

人間、人の想いに余計な口を出すべきではない。

自分の行動の軽率さを、あのあとあたしは、イヤというほど知ったのだった。

「彼が私のこと、どう思ってるか教えて! 脈がないんなら諦めるからさ」

「ちょっと、それが終わったら、次はアタシと三好みよしね! どっちかって言うと、今はダメでも前向きに行きたい感じ!!」


そんな風に、あたしのもとには女子生徒があちこちから恋談を持ち込むようになっていた。

そしてどこから漏れたのか知らないが、”口が固い”という噂も広まって、草食男子までがひっそりと放課後にアポをとって来るほどになったのである。

・・・まあ、自分の能力を”特別”だと理解したあとも、ホイホイ使ってたあたしの落ち度なんだけどさ・・・。


「・・・うむ。駄目だね。脈なし。あきらめな」


だいたいの所、男子に返す返事はそんなものだった。

そもそも男なんだから、どんどんフラれて良い男になりゃあいいんだよ、というのがあたしの持論である。

コソコソ告白をためらっている人間に限って、同じ所でグルグル回ってちっとも魅力的になりゃあしないんだ。


それよりズバッと傷ついた人間は、そこはかとなく女を惹き付ける言動ができるようになるもんさ。


とまあ、人の気持ちが読めるせいか、勝手な理屈を固めつつあったあたしである。

ーーちなみに、脈がまったくない、というのはウソだった。

当たり前だが、女性の心は他者を認知してから大きく揺れ動くこともあるので、それまで接点が少なかった人間は、告白してからがチャンス、ということもあるのだ。


ーーそれも伝えているが、まあ、恋で他人をあてにしてもあまり良いことはないよね。


「・・・あーまーねちゃん!!」

そんな日々を送っていた頃のこと。

二学期の中間テストを終え、厳しい受験を控えつつも、ホッとため息が出る季節でもあった。

「もうすぐ文化祭だね~。私、コウくんと一緒に回りたいんだあ! そろそろあの人の気持ち、変わったか聞かせてほしいなあ」


また図々ずうずうしくも、想い人の心が分かって当然、というような女子が現れていた。

就職クラス、3年8組の緒方藍乃あいの。顔とスカートの短さには学年トップの定評がある、男子ウケランキング3位の娘である。


「緒方さん・・・前にも言ったけど、清水孝くんはねえーー」

「藍乃、だよ、あまねちゃん。私たち、好きな人を教えあった仲じゃん!」

いや、あれはあんたが一方的にまくし立てただけで、あたしは人当たりが良さそうなクラスメイトを挙げただけだろう。

どっちにしろ、心の移り変わりが読めてしまう私は、男とのまともな付き合いは諦めているし、もう恋愛商売からも足を洗いたいんだよ。


「ね、先月また告白したし、卒業も近くなってきたし、あの人の気持ちもだんだん揺れたりするんじゃないかなあ・・・」

女子にはその理屈は通用することもあるが、まあ男子には無理な話である。

奴等やつらは基本的に、自分が好きな奴しか好きじゃないと思っているのだから。

何度そんな風にこの子をさとしたか分からないが、とにかく緒方さんには諦めてもらいたかった。


「・・・分かったよ」

あたしはため息をついて、

「藍乃。あと一度だけ、確かめてあげる。今度でダメだったら、もうほんとに諦めてね? あたしも受験に集中したいからさ」


あっ、そうだね、ゴメン。

外見ビッチで中身は人思いな彼女は、素直にあたしから離れて謝ったのだった。






(いいコなんだよなあ・・・)

藍乃と別れて、ポリポリとおっさんみたいに頭を掻きながら、あたしは教室を目指していた。


たまたま8組の前を通りかかったから彼女に捕まったが、普段はあんまり、ガラの悪い男子がいる就職クラスには足を向けないようにしている。


「さっき終わった実験の、化学レポートまとめなきゃ」

皆から遅れて机にたどり着き、ちゃちゃっとノートを修正して、やがてあたしは ”彼”を見つめることになった。


ほっと一息。

彼ーー清水コウは、今日も良い男だった。

女子半分、男子半分のグループに囲まれて、一歩引いた場所で微笑みを浮かべている。

まわりに距離を置いているように見えるが、実のところ、清水がいなければあのグループはあんなに朗らかに笑えないのだ。


「!」

あたしがじっと見つめていたからだろう。

こちらに首を巡らせて、いつものように気まずそうに肩をすくめる。

「・・・」

まだ数分時間があったので、あたしはチョイチョイと彼を呼びつけた。

(・・・たぶん、こんなことができるのはあたしくらいだろうな・・・)

もちろん、そこには理由があるのだが。


ーー男女両性のフェロモンが匂い立つ顔立ちで、読者モデルをやっていて、『JACK』だかなんだかの雑誌でかなりの人気を誇る清水を指一つで呼べるのは、当然弱味を握っているからにほかならない。


「・・・あんた、あの話考えてくれた?」

単刀直入に、あたしは清水に問いかけた。

うすうす、恋愛相談役にそう質問されることが分かっていたからだろう。

彼は気まずい雰囲気をしたまま、ゆっくりと首を横にふった。


「中河さん・・・。たしかに、僕には彼女がいないよ。・・・でも、何度も告白してきた緒方さんが、いくら可愛くても、こっちに気持ちもないまま付き合うのはーー」

失礼だ。

なかなか真摯な彼は、いつもそう言って断ってきた。

藍乃なんて、あれだけ美人ならバラ色の高校生活だったろうに、彼一筋のせいで、もうすぐ何の色もないままJKを終えようとしている。

「あんた、いつも女子から告白されまくって困ってるじゃない!!

昨日もウワサで聞いたけど、体育館裏、美術室、中庭の3連発でしょ!?

藍乃レベルとくっついとけば、そんなのは全部ふっ飛ぶのよ!!」


ヒートアップした声を抑えながら、あたしは一気にまくし立てていた。

この男は、告白されている方だからと、どこか彼女を安く見ている所がある。

従姉妹いとこのお姉さんが事務所で酷い目にあったからモデルに誘われてもしぶっているが、藍乃は ”センスの飛び抜けたお馬鹿” だから、もし彼と同じ道なら相当成功するはずなのだ。


「けど・・・」

それでも口ごもる清水に、あたしは最後通牒つうちょうを突きつけた。

「立石ユージ」

ぼそっ、と声をもらす。

「!!」

とたんに、血相を変えた彼が、あたしの口を押さえてきた。

おい! そんなことをしたら、周りの嫉妬を本気で買って、あたしがいじめられるだろ!!


そんなことをフガフガと喋っていたが、やがて力の抜けた男の手を、どうにか引きはがす。

「仕方ない・・・。もうこれ以上ゴタゴタするのも嫌だし、彼女と付き合ってみるよ」

しばらくしてチャイムが鳴り、どうにか彼は声をしぼり出していた。

・・・でも、ほんとに傷つくことになるよ。そう、向こうに伝えといてねーー

「へえへえ。お優しいこって」

お互いに似たところのある彼らは、やっとのことで条件を成立させたのであった・・・。







さて。

なぜあそこまで、彼 ーー 清水は、女性との交際を拒んできたのでしょう。

どくモをやってはいるが、彼の進路はそれとは関係がなく、したがって彼女がいたって何の問題にもならない。

・・・カンの良いかたは、とっくに気づかれていたのではないだろうか。


そうなのだ。まさに清水孝という男は、既存の ”性” への思い込みと戦い続ける、トランスジェンダーだったのである。

精神愛プラトニックではなく、同性への肉体愛フィジカル ーー!

それを知った時のあたしのショックは、計り知れないものであった。


何しろその頃は、お尻は出すものではあっても、何か熱い棒のようなものを何度も出し入れすることもある器官だとは、まったく知らなかったのだ。


それに清水は、たとえ男だろうが女だろうが、フワッとしたその匂いで、気性を荒立てて向かい合うことはできないほど色気がただよっている。


・・・恥ずかしながらあたしも、清水の想い人が ”立石ユージ”で固められる前は、彼をそっと見つめる毎日が続いていたのだ。


ーー じっと当人を見ていると、何故かまったく関係のない、別の人の顔が浮かんでくる。


それが、あたしの読心術テレパスの効果である。


(・・・ふむ。 ああいう人柄のよさそうな奴は、男が浮かんだりすることもあるのね)

自分の能力を知らなかった頃は、2年で特進クラス”1組”に入り、彼を見つめることに夢中だった。


そして、いつしかその本性を知ってしまい、あたしの噂を聞きつけた ”緒方藍乃” とのゴチャゴチャまで始まってしまって、もう何だかおかしな三角関係になってしまったのである。


「・・・だけど、ねえ・・・。彼女はもう、二年以上も片想いしてるのかあ」

先生がなかなか来ないので、机に肘をつきながらあたしは考えていた。


”カミングアウト”する気はない。

昔はふつうに、 ”お姉さん” が好きだった。


そのわずかな可能性に、藍乃はけてみたいという。

・・・うまくいくといいねえ・・・。


あたしはボーッとそんなことをつぶやきながら、扉を開けて教壇に立った先生を眺めたのだった。








ーー結果的に言えば、その学内最高カップルは、うまくいったようだった。

ただし、その『奇跡』とも言える結果は、あたしが不幸を背負ったからではないか? というようなものだったのだが。


・・・清水はあれから、すこしずつ純粋な藍乃の心に惹かれてゆき、一年後には見事に 男女博愛主義バイセクシャル の思いを開眼させたのだった。


藍乃は卒業後モデルブレイクし、忙しい暮らしを送りながらも、彼をずっと愛し続けている。


・・・あたしは、”雑貨デザイナー” なんぞになるために、セコセコと店めぐりや小物集めにいそしんでいた清水を横目に、自分だけの特別な力を使って、成功してやろうと目論もくろんでいた。


ーーだって、ねえ?

不公平でしょ? ほとんどこれ以上ないほどのリア充を作り上げてやったのに、こっちはポシャる恋愛ばっかだなんて。


たいてい親友のモデル ”Aino” に恋してしまう彼氏候補をよそに、あたしは読心術テレパスを最大限に生かせる進路を考え、進んでいったのだったーー









「ーーおい、あのリムジン、中河 雨音だぞ!!」

「なんてこった・・・ヤツ・・が現れたってことは、この密会デートは、本物だってことか!」

二人の記者が、物陰からあわてた風に写真を撮りはじめた。


ほかには、別の暗がりで、「デスク! 一番でかい見出しけといて下さい! え? そうですよ!! あの大河ドラマ俳優が、『父と娘みたいな関係で、何もありませんよ』って笑ってた、ロリコン不倫です! 育成条令ぶっ込めますよ!!」

「あいつ終わったな」

などと、せわしない話し声が聞こえている。


「ふっ。みんな、甘いわねえ・・・」

あたしは、平社員にして唯一使用許可が出ている役員クラスの社用車から離れ、ドライバーに待機しているよう指示を出した。


ここにあたしが来たのは、明日発売の記事に、最後におもしろい写真が撮れたらな、ぐらいの軽い気持ちである。

とっくに他誌には負けるはずのない、充実した週刊見出しは完成しているのだ。



ーーあれから、10年の時が過ぎ去っていったーー 



あたしは、存分に悩みながら大学時代を過ごし、自分の進路について、どこまでも考え抜いていたのだった。

そして出した結論は ーー

まあ、誰が誰を好きか分かれば一番金になるのは、芸能界だよねえ。


その答えにたどり着いたあたしは、響きは気に入らないが、パパラッチとして才能を発揮することに決めたのだった。


「・・・キャップ。あの中河がもう帰っていきますよ? あいつ、”店” の外から一枚二枚撮っただけで、何が分かるってんだ」

どこかの新入りが、そんな減らず口をあたしに向かって叩いていた。

しかし、その上役うわやくは、

「バカ! 中河はなあ、特にでかいヤマは、皆に教えるように動いてくれてるだけなんだよ。

じゃねえとほかの週刊誌が軒並のきなみつぶれちまうだろうが!!」


少しでも誌面を充実させるために、あたしには見向きもせず、そのなかなか見所のある『週刊 陽翔』キャップは、獲物に目を光らせていた。



スキャンダル醜聞ツイスター嵐女



のちにそう呼ばれることになったあたしは、芸能界の重鎮からすら畏怖の対象として見られ、言語道断な不倫を行っている者はからは、根こそぎすべてを奪っていったというーー!





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