第30話


その日は突然だった。

春休み前の終業式の日、私は梓衣華ちゃんから告げられた。

「私、転校するんだ」

「えぇ??」

「ギリギリまで言おうか悩んだけど、やっぱり沙梨華ちゃんには知っててほしくて、」

私は学校からの帰り道、坂を登る途中で、足を止め、放心状態。

どうしてもっと早く言ってくれなかったんだろう。

とか、私が納得出来るような理由を教えて欲しい。とか、そんな思いが一気に頭の中を駆け巡った。

けど、知ったところで未成年の私達にはどうすることも出来ない。

そんなことわかってる。

わかってはいても気持ちが全然追いついていかなかった。

なんで、大人の都合で、私たちが一緒に過ごす大切な時間を台無しにされなくちゃいけないのか。

今すぐ君を連れ出して遠くへ逃げてしまいたいと思った。

けど、思うだけで実行する事なんてできないのだけど。

そんなことしたって、その後どうなるかなんて分かりきってる。

連れ戻されて、私達は離れ離れ。

それどころか、連絡を取り合うことすら、できなくなるかもしれない。

そんなのはいやだ。

私は掴んでないと消えてしまうんじゃないかって不安になって梓衣華ちゃんの腕をつかむ。

不満とか聞きたいこととか沢山あった。

けど、言葉を呑み込む。

そして、梓衣華ちゃんを見つめ、やっとの思いで声を絞り出した。

「なんで、転校するん?」

「...。」

「やっぱ教えてくれないんやね」

「ごめんね」

もしかしたら、最後だから、教えてくれるかもしれないって思って聞いたけど、やっぱりダメか。

わかってはいたけどね。

それが梓衣華ちゃんだ。


秘密主義で、心が強いようで本当は弱くて繊細で、だから放っておけない。

そんな梓衣華ちゃんだから、私は好きになったんだ。

この感情に名前をつけるなら何だろうか?

友情でもない。

どちらかというと、恋愛感情に近いのかもしれなかった。

未発達な16歳の気持ちなんて複雑過ぎて例えるのは難しい。

私は少し前を歩く君の後ろ姿を見つめた。

この光景どこかで見たことあるな。

随分前に。

黒い髪。前下がりのボブヘア。特別華やかではない容姿。

そうだ、入学試験の日に見かけた彼女だ。

顔なんてまともに見えていなかったのに、私は確信していた。

私たちの出会いは偶然なんかじゃない。

必然だったんだ。

出会うべくして出会った。

あの日彼女を見て、どうして目が離せなかったのか、今更理由に気づいた。

君を初めて見たあの日、私は無意識に運命というものを感じていたんだと思う。


私達はもう、2度とあうことはないかもしれない。

そんなのは嫌だ、そう思う気持ちももちろんあるけど、それでもいいか、と思う気持ちもある。

だって会わない方がこの、一緒に過ごした時間はずっと私達の記憶に深く刻まれて、この時の感情、思い、鮮明に思い出すことができる気がするから。

梓衣華ちゃんも同じこと思ってくれてたらいいな。

私は、もう、会うことはないかもしれない大切な人の姿を目に焼きつけた。

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翼のない天使 みずいろ @seri1027

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