黄色い百合の花
間瀬、梓とのことがあって、やっぱり六時間目の国語は最初から集中出来ないでいた。
保健室か…なんて言って行こう。いや、待てよ。なんで行くことが決定してるんだ。
心の中で自分自身にツッコミを入れている僕の目に入ったのは、教科書に書いてあった、あることわざだった。
後悔先に立たず
うーん。これは行けって言われている感じだよな。教科書会社的には全くそんな意図はないだろうけど。
「先生。頭が痛いので保健室で休んできます」
大丈夫? と心配する先生にさっさと背を向け僕は教室の後ろの扉へ向かって歩く。クラスメートの視線がズキズキと痛い。これがあるから普通授業のサボりはしてこなかったというのに何をしているんだ僕は。通り過ぎる机の上で堂々と開いている教科書から見えたのは、
後悔先に立たず
結局、どの道後悔する僕の人生って。いったい。
ため息混じりで教室の扉を開けた。
「あの、失礼します」
何か悪いことをして呼び出されたように、ひっそり僕は保健室に踏み入った。
「どうしたの? 大丈夫?」
優しい声で本気で心配されると背徳感がもの凄いことを今日で知ることが出来た。
「お腹が痛くて」
しまった。教室では頭痛って言ったんだった。でも、まぁ、いっか。
「あらそうなの」
腹痛以外の症状や今日一日の過ごし方を聞かれながら、僕は梓を探した。
一番窓側の一箇所だけカーテンが締め切っているベットがあった。あそこか。
「もう六時間目だし、帰っていいけどどうする?」
「いえ。早退は成績的に嫌なので、ここで休ませて下さい」
「あら、そう? じゃあちょっと私出なきゃ行けなくて、十五分くらいで帰ってくるから。もし、駄目そうなら、職員室にいるから」
保健室から出ていく先生を見送りながら、一箇所だけ閉まっているベットに向かって呟く。
「おい、サボり起きろ」
「何が成績的に嫌なのでよ。成績気にする人は体育ズル休みの常連になんかにならないでしょ」
薄緑色のカーテンがザァーと横に動いて、あぐら姿で右手にスマホを持っている女と目が合う。大きな黒い色の瞳と長時間、目を合わせるのは、いつまで経っても慣れやしない。むしろ年々出来なくなっている気がする。
「そもそも、誰のせいでサボってここに来たんだっけ?」
「暇だったらって言ったじゃん」
「来なかったら来なかったらで後で怒るだろ」
「まぁ、確かに」
良く分かってんじゃんとニヤけているこの女に何度振り回されたことか。
「ほら、腹痛さんも座ったら」
そう言われてベージュ色の安物の硬いソファーに腰掛ける。
「梓はなんて言ってここに来たん?」
「んーと、女の子の日って」
この返事の返しがどうしても浮かばない。嘘なのか本当なのか。サボりって言ってるし、嘘なんだろうけど、どうしたら
「いつまで黙ってるの?」
「お前が返しずらいこと言うからだろ」
「だって、本当にそうやって言ったし」
「だとしてもな」
なんでこんな奴がモテるんだろうか。世の男共はどこを見ているんだろうか。こんなちょっと容姿が良いだけのこんな思考の読みずらい女
「晴人が来るまでさ。静かだったのね」
「はいはい。どうせ僕がうるさくしましたよ」
「違うって。そういう事じゃなくて。静か過ぎたから、あるものを見つけたってことを言いたかったの」
「あるもの?」
「そう、あれ」
ただ指を指すだけで絵になる彼女が指した方向に目を向けると、窓の奥にある中庭の花壇が見えた。
「花壇が?」
まさか、高二にもなってここに花壇があるのを知らなかったってわけじゃないよな。
「その花壇に咲いている、黄色い百合の花」
「百合の、花」
夏風に吹かれ優雅に揺れ動く百合の花。別になにも珍しいものではない。梓は百合の花の何を見て興奮気味なのか。
「違う違う。百合の花じゃなくて、黄色い百合の花だって」
「別に色が違うだけじゃん」
「分かってないな。そこが重要なんだって」
いったい何が重要なのだろうか。
「黄色い百合の花の花言葉。知らない?」
「知らない」
逆に花言葉を知っている男子高校生のほうが珍しいと思う。
「なんだ。知らないのか。私と一緒だよって言おうと思ったのに」
「梓と、一緒?」
「でも教えてあげない。あっ、調べるの無しだからね」
「いや、もやもやするんだけど」
まぁ、どうせ「美しい」とか自画自賛なんだろうけど。
「じゃあ、今度教えてあげる」
「今度って?」
「今度は今度」
「じゃあ祭りの日に教えてくれよ」
「……え? 祭り?」
「そう。二日後の夜。一緒に行こう。その時に」
「何それ。晴人のくせに、この私をお祭りデートに誘ってるわけ」
「……悪いかよ」
「いや、悪くは……ない」
勢いで言ってしまったが、これはきっと間瀬のせい。今なんだか恥ずかしいのも間瀬せい。悪いのは体育の時にベラベラ話したり、祭り誘えとか言ってきた間瀬のせいだ。
「なんだか、ホントに体調悪くなってきたから帰るわ。職員室行ってくる」
うるさいくらいの胸の鼓動をなんとか鎮めようと思っても、梓を見ているとダメだった。早く、離れないと。
「待って」
扉に手をかけた瞬間に声をかけられる。
「な、なに?」
「デートに誘うの怖かった? 断られるかもとか思わなかったの?」
「……。いや、勢いだったから断られるとか考えてなかった」
「なにそれ。勢いって。なんか酷い。でも、…………楽しみにはしとく」
「……じゃあ」
そう言いながら扉を開けて、そのまま職員室には行かないで近くのトイレに立ち入る。僕は久しぶりに自分のこの顔を見た。洗面台の鏡に映る僕の口元は緩んでいた。
それから祭りまでの間の時間はあんまり良く覚えていない。光のように早くも感じたし、逆に時が止まったのかように長くも感じた。不安定な時空の歪みに落とされたような、なんとも不思議な時間だった。
「結局祭り行かないのか?」
「いや、梓と行くことになった」
「二人で!?」
「そう」
この野郎と言いながら横腹をバシバシ殴ってくる間瀬も今日はなんだかウザくない。
「まぁ、誘えって言ったのは俺だし。いやそれにしても、えー、まじか」
勝手にショックを受けている間瀬を置いて放課後の教室を出る。
「久保」
「なに?」
「楽しめよ」
「うるさい」
そう言い捨て僕は昇降口へ歩き出した。
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