頭をかくとき 上

 外が明るくなり、朝を迎え、昼が訪れてもなお、望愛は目を覚まさなかった。


 俺の力は、どうやらもう使えないらしい。

 負荷をかけすぎたとかなんとか、そういう理由らしかった。


 俺は望愛の手を握り、すぐそばに座る。

 包帯を巻かれた望愛の手は、温かかった。



 どうやら兄貴は、やることを全て済ませたらしい。

 大勢の黒服達が、兄貴のそばに控えている。

 何でも、洲本のおっちゃんの口利きがあったらしい。


 烏丸は、死んだ。

 奴との関係性は、兄貴が全て話してくれた。


 昔は高名なヒーローだったこと。

 ヒーローを辞した後は、世界を守るために自分の遺伝子を継ぐ次世代を作ることに奔走し、自身はヒーロー機関の長にまで上り詰めたこと。

 そして、望愛と兄貴の、実の父親だったこと。


 初めて会ったとき、望愛があんなに怯えていたのは、そういう理由だったのかもしれない。


 望愛はまだ、目を覚まさない。



 日は落ち、夜が来て、また日が昇った。



 もしもこのまま目が覚めなければ、なんて嫌な想像をしてしまう。

 望愛が居ない世界に、意味はない。

 俺が生きる、理由はない。


「望愛、望愛・・・・・・」


 眠れる姫は、王子さまのキスで目覚めるらしい。

 俺は王子さまにはなれない。精々ヒール役の怪物が関の山だ。


 ──望愛、生きてくれ。


 俺はお守りを取り出し、握りしめ、祈る。

 神や仏を信じたことはないが、もしも祈って望愛が救われるのなら、金輪際心を入れ換えよう。

 だから、頼む。目を覚ましてくれ・・・・・・生きてくれ・・・・・・



 瞳から、雫がこぼれる。それは吸い込まれるように落下し、望愛の手の甲に落ちて、弾ける。

 そのとき、望愛の手がピクリと動いた。


「・・・・・・!」


 俺は驚いて顔を上げ、望愛を見る。



「ここ・・・・・・は?」




 そこには、目を覚ました望愛がいた。


 涙腺から熱いものが込み上げてくる。

 それはとめどなく溢れだし、ベッドのシーツを濡らす。

 俺は、望愛を思い切り抱き締めた。

「良かった・・・・・・良かった・・・・・・」

 自然と声が出る。

 もう離すもんか。ずっと一緒だ。頭の中にそんな言葉が浮かび上がる。


 そばにいた兄貴も涙ぐみ、うんうんとうなずく。

 ここからだ。ここから、俺達の物語をはじめ────




「あの・・・・・・誰、ですか?」



「・・・・・・え?」



 病室が、凍りついた。

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