幕間 ジル・ド・レーの彼女の日記
ボクの名前は有馬望愛。中学生の時からヒーローをやっている。コードネームは《ジャンヌ・ダルク》。歴史が苦手なボクでも、名前の由来になった彼女のことはよく知っている。滅亡の危機に陥ったフランスに突如として現れた救国の聖女。・・・・・・ボクには不釣り合いな名前だ。
ボクには今、彼氏がいる。名前は城崎直人。ボクは昔からナオって呼んでる。ボクたちは施設で育った。四歳ぐらいから施設にいるナオと違って、ボクは六歳から入所した。正直それ以前のことは思い出したくもない。
ナオはいつもボクの隣にいてくれる。あんまり長く一緒にいるから、一人称まで移ってしまった。大親友、もしくは相棒だった。それは今でも変わらない。大親友であり、相棒であり、ボクの大好きな彼氏・・・・・・自分で書いてて恥ずかしくなったから、これぐらいにしとこう。
ボクがナオのことを好きだって気づいたのは、ヒーローになったぐらいの頃だと思う。ナオといる時間が極端に少なくなった、それぐらいの時期。ボクとナオはある約束をしてた。『今起きてることで、隠し事は無し!』って奴だ。今起きてること、なんて前振りしたのは多分ナオの配慮なんだと思う。施設にいる子は多くの場合、辛い過去を持っている。辛い過去は無理に明かさないし、詮索しない。だけど悩みはきちんと話すこと、相談すること。今起きてる辛いことも楽しいことも分かち合う。ナオとボクが最初にした約束だ。・・・・・・でも、それが何より辛かった。
ヒーローとしての仕事は本当に辛いことの連続だ。そんな辛いことをいくらこなしても、誰も心の底から誉めてくれない。怪物を倒すボクも、怪物と同じかそれ以上に恐ろしい存在なんだ。洲本さん──おとーさんだけは優しくしてくれたけど、それもどこまで本当かはそのときのボクにはわからなかった。ボクが心の底から信頼できたのは、ナオだけだった。
でも、ボクはそんなナオを裏切ってしまった。ヒーローの仕事は、存在も含めてその全てが隠される。ボクは、何がなんでもナオに隠さなくちゃいけなかった。
ナオは、いつも傷だらけになって帰ってきたボクを心配してくれた。その度に心がズキズキ痛んだ。毎晩ボクはみんなにばれないように、布団にもぐって泣いた。
そんなことが半年以上続いた頃、ついにナオはボクから距離を取った。我慢の限界が来たんだろう。・・・・・・助かったって気持ちと、心にぽっかり穴が空いた気持ちと、その両方が同時に押し寄せた。
一言も話さない日が何日も続いた。喧嘩してる訳じゃないから普通に話すときは話すけど、それでも少し壁を感じる。それは周りの友達も思っていたみたいで、「何かあったの?」とか、「喧嘩した?」とか心配してくれる子達もいた。それだけ前までのボクたちの距離は近かったんだ。
昔のボクは孤独だった。母子家庭だったから母親は毎日仕事に行ってるし、祖父母はボクのことが嫌いだったみたいだし、母親に男が出来てからは余計にそれが強くなった。ゼロがマイナスになった感じだ。
ボクにヒーローとしての力が目覚めたのは、多分そんな孤独なときなんだと思う。母親の彼氏はいわゆるDVってのをする奴だった。ろくに働きもしていなかったと思う。・・・・・・ある時ボクはお風呂場に連れ込まれて、まぁここじゃ書けないようなことをされた。そんなときに多分、ボクはヒーローになった。気づいたときには目の前が真っ赤に染まっていたし、ぐちゃぐちゃになったいろんな部分がそこらに飛び散ってた。母親がボクを見て放った言葉は今でも良く覚えてる。「化け物」。あの人はボクにそう言った。今思えばそれも当然だと思う。でも、そのときのボクにはかなり強く刺さった。
ボクは施設に預けられた。そしてそこで、ナオと出会った。塞ぎ込んでたボクを気にかけてくれた。一人じゃないんだぞって教えてくれた。ボクの、人生最初の友達になってくれた。そんなナオを裏切って、ボクはまた孤独になった。ゼロがマイナスになって、それが今度はナオと出会ってプラスになって、そしてまた孤独になってゼロに戻る。元に戻っただけ。そうどれだけ強く思っても、やっぱりだめだった。ひとりぼっちは寂しい。
中学二年に上がった頃、突然おとーさんからこう言われた。「ナオには話しても大丈夫」って。その頃にはナオとおとーさんは顔馴染みになっていた。その頃のナオはあんまり良く思ってなかったみたいだけど。
正直ボクは喜びより不安の方が大きかった。信じてくれるくれないは問題じゃない。問題なのは、ヒーローのボクは嫌われるかもしれないってことだ。所詮ボクも化け物、怪物だ。ヒーローとしてのボクを見た人と同じように、そしてあの母親のようにボクを恐れて、憎んで、嫌う。・・・・・・それだけが、どうしても怖かった。ずっとゼロのままで良いから、嫌われたくない。そう思ってしまった。
そんなとき、ナオが病気だと知った。白血病だった。今思えば、おとーさんはボクより先にナオがそうだってことを聞いていたのかも知れない。それでも、そのときのボクにはそんな考えは微塵も思い浮かばなかった。
ナオが死んじゃうかもしれない。そのときのボクはそれしか頭になかった。約束を破ったまま、秘密を隠したまま、ナオを裏切ったまま永遠にお別れするのは、嫌われることより嫌だった。
ボクは自分がヒーローだとナオに打ち明けた。・・・・・・ナオは怒るわけでも、怖がるわけでもなく、泣いてしまった。ボクはどうして良いかわからなかった。わからなかったから、ボクはナオをぎゅーっと抱きしめた。昔ボクが悪い夢を見て怖くて泣いてるとき、ナオは良くそうして頭を撫でてくれた。もう怖くないぞってなぐさめてくれた。だからボクも、おんなじようにナオを抱きしめた。悪いのは、隠していたボクだから。
その日からまたボクたちは今まで通りに戻った。周りの友達も「良かったねぇ」と喜んでくれた。
今まで通りじゃない事ももちろんある。一つは、ボクの任務にナオが同伴するようになったことだ。ナオと一緒にいられるのはとても心強い。これだけで随分救われた。
そしてもう一つ、それは・・・・・・
ボクたちが付き合い始めたことだ。高校に入学したのと同時に、ナオがボクに告白してきた。その頃にはナオも、ボクに結婚の自由が無いことぐらい知っていた。それでもナオは、さよならするそのときまで一緒にいたいと言ってくれた。今から丁度半年前、ボクたちは晴れてカップルになった。
ボクがこんな日記を書いた理由は二つ。一つは今日、その結婚相手と、時期が決まったから。そしてもう一つは・・・・・・
ボクがそれほど長く生きられないことが、わかったからだ。
本当はこんな日記、書いちゃダメなんだろうけど、それでもボクはこれを書きたかった。ボクの生きた証を、ナオが大好きだったことを遺したかった。
長々と書いてしまったけど、これが今までのボクの人生と、この日記を書いた理由だ。
この日記を読んでいる人が居ると言うことは、きっとこの世にボクはいないのだろう。
これを読むあなたにお願いがあります。これを読み終わった後、この日記を跡形も残らないように燃やしてください。その上で出来れば、城崎直人という人にボクの言葉を伝えて欲しいのです。
ボクは、ずっと貴方のことが好きでした。
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