第七話 でぶりーふぃんぐ

 任務を完遂したヒーローは、前線司令部(ここみたいなテント)で帰還報告デブリーフィングを行う。

 ただし、追尾式ドローンでの観測が発達した現代ではもはや儀礼化しており、ヒーローの体調や精神状態の確認ぐらいの意味合いしか持たない。

 が・・・・・・現在望愛は、バッチリ体調を崩している。メディカルスタッフの検査結果では、なんでも過労が祟ったとの事らしい。・・・・・・おバカが。

 もっとも、当の本人は検査が終わった頃にはけろっとして「ナオー、お腹空いた~」とか気の抜けたこと言っていたが、一応大事を取って即座に帰宅の運びになった。



「望愛ぐっすり寝てんなぁ」


 運転席の兄貴が、バックミラー越しに微笑む。

 望愛の寝顔は本当に可愛い。まだ家までは時間がある。ゆっくり休めよ?


「すぴー・・・・・・すぴー・・・・・・ナオぉ~、そこダメだって・・・・・・すぴー・・・・・・」


 ・・・・・・おい待て、ダメってなんだ!? 夢の中で俺は一体何を!?


「・・・・・・良い夢見てるみたいだな」


「その生暖かい視線を今すぐやめろ」


「ははは・・・・・・」


 兄貴はそう言って笑ったあと、急に真面目な顔になって話を切り出した。


「・・・・・・ナオ。あの事、いつまで望愛に隠しとくつもりだ?」


 あの事? ・・・・・・あぁ、あれか。あんなこと、


「言えるわけねぇだろ? かも、なんてことが望愛に知れたら、任務どころの話じゃねぇよ」


 あれは中学一年から二年の間にかけての事だった。俺の血は突如、白く凍った。丁度望愛と距離を置いていたときの事だ。

 ・・・・・・望愛からの衝撃のカミングアウトがあった翌月、俺は骨髄のミニ移植をした。結果は見事に成功。そこから三年間は何とか安定していた。そのはずだった。

 年始早々の定期検診で俺は、再発した可能性が高いことを宣言された。望愛がたまたま用事でついてこれない日で本当に良かった。



 本当は望愛に任務なんて行ってほしくはない。だがあいつは行かざるを得ない。

 それならせめて良いコンディションで挑んで無事に帰ってきて欲しい。心に不安を抱いたまま任務に挑むなんて、あまりにも危険すぎる。

 だが、俺の意見を聞いた兄貴の表情は浮かない。


「・・・・・・本当にそれが、望愛のためになるのか?」


「・・・・・・当たり前よ。知って大ケガするより、知らない方が良いに決まってる」


 それに、まだ本当に再発したと決まったわけじゃない。・・・・・・もしそうでも、何とか薬だけで抑えてみせる。


「兄貴、何があってもこの事、漏らすなよ?」


 俺は最後にそう、兄貴に釘を刺した。



 そんなこんなあって数時間後、俺達はようやく家に帰ってきた。空はもうずいぶん明るい。夏の朝は早いのだ。


「兄貴ありがと」


「またねー、ノリ兄!」


 車を下りた俺達はそう言って兄貴に手を振る。


「おう、またなー!」


 兄貴もそう返すと、すぐに車を飛ばした。・・・・・・さて、俺はゆっくり朝寝でもするか。っとと、忘れるところだった。


「望愛、はちみつミルク作ってやるから、先に手洗って席についときな」


「うんっ! ナオありがとー!」


 望愛はそう言ってにっこにこで家の中に駆け込んで行く。俺はそんな望愛の後ろ姿をしっかりと目に焼き付ける。



 ・・・・・・望愛、お前のためだったら、俺はなんだってしてやれるんだからな。



 セミ達が、せわしなく鳴いている。

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