第六話 最強≠最強

 勝負がついたのはモニターから確認できた。交戦から僅か一分弱の出来事だった。


「・・・・・・状況終了。対象の生命反応無し」


 おっちゃんの持つ無線機からそんな望愛の声が聞こえる。怪物を倒した直後だからか、声は沈んでいる。・・・・・・早く迎えに行ってやらないとな。

 メインの望愛を映していたモニターは依然として真っ黒だ。今頃帰還しているのだろう。


「了解だ。ご苦労様。今迎えを寄越すからまってろ」


 そう言いながらおっちゃんは横目で俺を見てちょっとニヤつく。おっさんの微笑みなんざ望んじゃいねぇ・・・・・・と言いたいところだが、今に至っては話が違う。

 ありがたくおっさんの微笑みを受け取って、俺はテントから飛び出し、望愛のいる場所まで駆け抜ける。元陸上部の本気を見せてやらぁぁぁぁ!!!!




 十分後、人気の無い深夜の山中にポツンと一人、汗をダラダラ流して荒い呼吸をする男が立っていたそうだ。・・・・・・無論俺だ。

 正直山道を侮っていた。元陸上部の勘も案外宛にならない。ストレスで望愛が倒れるより先に、こっちが酸素欠乏でバタンキューしそうだ。

 虫の音一つ、風の音一つ鳴らない蒸し暑い山を、俺は汗だらだらの疲労こんぱい状態で登る。

 山道には、望愛の遺した大きな足跡が残っている。道には迷わないな。

 ・・・・・・っと、そろそろ望愛が待ってる所にやって来た。

 ツンと血の匂いが鼻を突く。夏だから余計に強烈だ。思わず俺は鼻を覆う。こんなもんずっと嗅いでたら鼻がもげるわ!


「望愛ぁー、来たぞー?」


 キョロキョロ辺りを見渡してみるが、姿が見えない。目に入るのは大きな血溜まりと、その中心で事切れる首の無い大きな化け物の死体。血の匂いはこいつの仕業らしい。

 ドローンは戦闘終了と同時に(充電節約のため)撤収してしまったから、本部に聞いてもわからない。


「望愛ぁー?」


 俺は極力怪物の亡骸を見ないように、望愛を探す。

 ・・・・・・どこに行った? いつもなら呼べば自分から飛び出してくるのに。

 そうだスマホ・・・・・・は流石に車に服と一緒に置いてきてるか。ほんとにどこ行った?



 そうして真っ暗な森を懐中電灯だけで探すこと数分、俺はやっと望愛を見つけた。

 なんだ、木の影に隠れてたのか。かくれんぼのつもりだろうが、鷹の目と呼ばれたこの俺から逃れることは────って、


「・・・・・・望愛? おい、大丈夫か!? おい!」


 そこには明らかに体調を崩し、木を背もたれにしてへたりこむ望愛の姿があった。フルフェイスは外しているし、脱水症状も見られない。顔色は悪いが熱中症と言うわけではなさそうだ。


「ナオ・・・・・・。大丈夫、ちょっと疲れただけだから・・・・・・」


 そう言う望愛は、明らかに大丈夫そうな様子ではない。


「大丈夫な訳ねぇだろ。おんぶとお姫様抱っこ、好きな方選ばせてやる。制限時間は五秒な」


 早く下山して涼しい所でベッドに寝かせてやりたい。風もない熱帯夜でこんなところにいたら、本当に熱中症になってしまう。


「・・・・・・おんぶ」


「りょーかい。フルフェイス貸してみ。リュックん中入れるから」


「はい・・・・・・」


 望愛は力無く抱えていたフルフェイスを俺に差し出す。


「はいさ」


 俺は若干はみ出し気味なフルフェイス入りリュックサックを前に掛けると、背中に望愛を背負った。この際返り血うんぬんは気にしない。スーツの撥水性に期待しよう。


「えへへ・・・・・・ナオの匂いだぁ・・・・・・」


 背負われた望愛は、そう言って俺の首筋をすんすんと嗅ぎ、背中に顔を埋める。


「俺汗かいてんぞ?」


 あとちょっとくすぐったい。


「大丈夫、ナオだもん」


 何が大丈夫なんだ? そんな疑問を抱きながら、俺たちはもと来た道を下りる。



「・・・・・・ねぇナオ?」


 望愛が突然話しかけてくる。さっきよりは体調が戻ったみたいだ。


「ん?」


 望愛がこう言う話の切り出し方をするときは大体、怒らせたときか、二つのものを選ばせるときか、答えの無い悩みを吐き出すときだ。・・・・・・今回のは一番後ろの奴だろう。


「・・・・・・ボクって強い?」


 やっぱりそうだった。


「場合によるな」


「場合って?」


 うーむ・・・・・・。また難しいことを。そもそも強いってなんだ?


「スポーツじゃまず俺はお前に勝てない。格ゲーでも無理。勉強は・・・・・・社会と国語以外でお前に勝てる自信無い。なんならその自信もそろそろ崩れそうだ」


 ちなみに社会と国語は超僅差で俺の勝ちだ。多分すぐに抜かされる。


「俺がお前に勝てることなんてそうそう無い。望愛が出来ることは俺じゃ歯が立たないし、望愛に出来ないことは俺じゃ絶対に出来ない。そう言う意味じゃ、望愛は確実に俺より強い。ヒーローとしての覚悟だってあるしな」


「過大評価だよぉ~・・・・・・」


 望愛は少し恥ずかしそうに言った。事実だからしょうがない。


「でも、」


 でも、


「でも・・・・・・?」


「一個、俺が自信をもってお前より強いって言えるところがある。そんでもってそれは、お前の弱い所だと思う」


 こればっかりは誰にも負けない。負けてはいけない俺の強みだ。


「・・・・・・何?」


望愛愛のああい


「はっ・・・・・・!?」


 よし! その反応待ってた! ちょっと元気になってきたか?


「これだけは負けねぇからな? 第一、望愛は自己肯定感が低すぎる! もっとナルシストになれよ?」


 望愛は自分のことを悪人、罪人、怪物だと思ってる節がある。そうやって縮こまって苦しんで苛まれる姿なんて、俺は二度と見たくない。

 望愛を苦しめる奴は、たとえ本人であっても許さん!


「でも・・・・・・」


「でももヘチマもあるか! 俺の大好きな望愛をどうこうする奴は、望愛本人だとしても怒るからな?」


「だっ・・・・・・!! もぉ~!! ・・・・・・ナオのバカ」


 望愛にバカと言われるならそれは本望だ。・・・・・・事実俺はバカだから何も言い返せない悲しみはあるが。


「俺はもう望愛が一人で卑屈になって悩んで苦しむ所は見たくねぇんだよ・・・・・・」


「ナオ・・・・・・」


 惚れた女にはずっと笑っていて欲しい。そう思うのは至極当然のことでは無いだろうか? 少なくとも俺は、望愛にはそうであって欲しい。

 そもそも弾けるような笑顔が可愛い望愛に、泣き顔は似合わない。臭いセリフを吐くが、雨天曇天に太陽が見えないのと同じだ。暗い顔は、望愛の良さを潰してしまう。

 ・・・・・・ヒーローを辞めることが出来れば、それも少し良くなると思いたい。辞められれば、の話だが。



 話しているうちに、山道の入り口が見えてきた。望愛の体調もちょっとは良くなったようだ。


 ──ぐるぐるぐる・・・・・・


 それに、望愛のお腹の虫も絶好調のようだ。


「腹減ったろ?」


「・・・・・・うん」


「何作ろうか?」


「うーん・・・・・・はちみつミルク飲みたい!」


「はちみつミルク?」


「うん! だめ?」


「だめくない。頑張った望愛へのご褒美だからな!」


「やったー! はちみつたっぷりね!」


「りょーかい!」


 望愛は俺の背中で、にへ~っと笑った。

 司令部のテントが、すぐ向こうに見えた。

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