ジャンヌ・ダルクの彼女とデートは、大概波乱が付き物だ

第八話 デートは始まる前からもう波乱!

 既に見慣れてしまった、清潔感のある真っ白な部屋に、俺は白衣を着た顔見知りのおじいちゃん先生と二人で向かい合わせに丸椅子に腰掛ける。・・・・・・今日は夏休み初日。俺は今、病院に来ている。


「うーん・・・・・・」


 定期検診の結果を見たおじいちゃん先生は、あからさまに難しそうな顔をする。・・・・・・先生、なんかネタバレを食らった気分で嫌なんですが。


「やっぱり、ですか?」


 俺の言葉に、先生はゆっくりとうなずいて、固い口を開く。


「・・・・・・だね。城崎君。また、頑張れそうかい?」


 先生は俺にそう聞く。答えはもう、決まってる。


「お金はあります。うちの両親が遺してくれてました。・・・・・・覚悟は出来てますよ」


 治療が生易しいもんじゃないことぐらい、前回の経験から分かっている。それでも俺は、望愛にバレないように治さなくてはならないのだ。



 ──やはり俺の白血病は再発していた。



「・・・・・・わかった。取り敢えず、新しい薬を処方するね。それでどこまで抑えられるか、やってみよう」


「抑えてみせます。なんとしてでも」


 もう俺は、あとには引けないのだ。





 そんなやり取りをして薬を受け取り、手続きうんぬんをした後、俺は病院から出た。

 涼しかった病院から一歩出る。照りつける日射し、日本の夏特有のじめっとした暑さ。今にも頭がくらくらしそうだ。

 そんなとき、


「あ・・・・・・」


「ん・・・・・・おお、ナオかぁ! 今帰りぃ?」


 幼馴染みの男と出くわした。


 透き通るような白い肌、ほっそりとした線。肩まで伸びる長い髪。整った顔立ちもあってか、パッと見性別がわからない。

 彼の名は赤穂泰久あこうやすひさ。小学校の時からの友人だ。中性的な見た目と性格の良さから、男女ともに人気のあるうらやま・・・・・・けしからん男だ。


「そ。ヤスは?」


 俺達は日陰に入って立ち話を始める。


「俺か? 俺は今暇してるぞぉ。・・・・・・にしてもあちぃなぁ。ちょっとコンビニ寄らねぇ? 俺が奢るからさぁ」


 そう言ってヤスは子首をかしげる。答えはもう、決まったも同然だ。


「よし乗った。今すぐ行くぞ」


 ・・・・・・奢って貰えるのなら行かない手は無いだろう。言っておくが俺はジュース欲しさに釣られた訳じゃないからな? それはともかく、何買ってもらおうか・・・・・・。

 やっぱり王道のコーラか? いや、新作のゆずラムネも良さげだな・・・・・・。



 そうして俺達はコンビニでジュースを買い、近くの公園に行った。


「・・・・・・日陰でも暑いってどういう事よ?」


 俺達は公園の真ん中にある藤棚の下のベンチに腰掛ける。地面は熱によってゆらゆらと揺らめき、セミ達はいっそうビートを上げて騒ぎ立てる。


「この国はそろそろ溶けるんじゃねぇかぁ?」


 そう言いながらヤスはさっきコンビニで買ったサイダーをゴクゴクと旨そうに飲む。

 ・・・・・・なんでお前はジュース飲むだけでそんなに色っぽいの? そりゃ男からも狙われる訳だわ!


「そんなに旨い?」


 俺は思わずそう聞く。するとヤスは弾けんばかりの笑顔でこう言った。


「旨いぞぉ~! ・・・・・・あ、そうそう聞きたいことあったの忘れてたぁ」


 ・・・・・・こいつはいつも突然話を振ってきやがる。望愛といいヤスといい、俺の回りにはマイペースしかおらんのか!!


「なんぞ?」


「あぁ、えっとなぁ・・・・・・」


 何、そんなに聞きづらいようなことを突然聞こうとしてたの? 勿体ぶられると非常に気になるのだが。


「ナオ。・・・・・・結果、どうだったんだ?」


 ヤスはやっぱり聞きづらそうに、真面目な顔でそう聞いてきた。

 あぁ、なんだそんなことか。俺は人差し指と中指を立ててヤスにこう言った。


「三年越しの第二ラウンド開始ってとこだな」


「そうかぁ・・・・・・。なんか、ごめん」


 そんな申し訳なさそうな顔すんなよ。こっちが逆に申し訳なくなるわ。


「・・・・・・望愛には言ったのか? 今、一緒に住んでるんだろ?」


 今さらだが、普段間延びしたような口調のヤスは、真面目モードになると口調が普通に戻る。まさに今、ヤスは真面目モードなのだ。

 ・・・・・・もしかしてわざとキャラ作ってんのか?


「言ってると思うか?」


 俺が望愛に言う訳なかろう。


「・・・・・・俺は二人をずっと近くで見てきてた。最初暗かった望愛がお前のお陰で明るくなっていったのも知ってるし、お前が望愛のことをずっと気に掛けてたことも知ってる。それに、望愛がお前のことをずっと好きだったのも知ってた」


「おい待て、その話初耳なんだけど!?」


「初めて言ったから当たり前だろ? ・・・・・・とにかく、」


 あ、はぐらかされた。


「俺は二人の繋がりがどれだけ強いか、よく知ってる。だから思うんだよ・・・・・・望愛には、すぐにバレるぞ?」


 ・・・・・・そうかもしれないな。でも、もしそうなったら、それはそれで良いのかもしれない。あいつはどのみち来年には結婚が控えている。

 俺のわがままで、ここまでずるずる引っ張ってきたんだ。ケジメは、俺がつけなきゃいけない。

 玉の汗が頬や首を伝う。俺はそれをぬぐって、答えた。


「・・・・・・そのときはそのときだ」


「・・・・・・バカだなぁ」


「悪いか?」


「悪いぞ?」


「そうか」


「そうだ」


 俺達はジュースを飲み干すと、さっさと解散した。これ以上外に居ては、命に関わる。・・・・・・特に色白のヤスは、日焼けすると後々しんどいだろうからな。


 俺は公園から出る。その日一日、帰り道のど真ん中で仰向けになって事切れたセミの死骸が、頭から離れなかった。




 そんなこんなで俺は家に帰り、その後は延々望愛とクーラーを効かせたリビングでゴロゴロしていた。


「ナオ~、フローリングにお腹出して寝そべると気持ちぃよぉ~?」


 望愛はそう言って腹を出してフローリングに寝そべる。可愛い。


「ほんとだ、こりゃ良いなぁ~。お前さては天才か?」


 そう言いながら俺もへそを出して望愛の横に寝そべる。フローリングはひんやりとしていて確かに気持ちがいい。


「バレてしまってはしょうがない。貴様をくすぐり殺してやるぅ~!」


 突如そう言って立ち上がる望愛。

 ほう、俺とサシでやり合おうってか!


「バカめ! 返り討ちにしてくれるわ!」


 貴様の弱点はここだぁー!

 俺は、望愛に飛びかかると、お腹をくすぐり回した。


「ちょ! お腹ダメだって! あはははは!!」


 望愛はゲラゲラ笑って、手足をじたばたさせる。


「ほれほれ、ここがええんじゃろ


「ギブギフ! ボクの負け! 死ぬぅ~! あはははは!!」


 よーし、勝った! 俺はガッツポーズを掲げた。


「参ったか!」


「降参降参! 煮るなり焼くなり好きにしろぉ~!」


 ほう。その言葉、後悔すんなよ?


「どう調理してやろうか・・・・・・」


 ぐへへ・・・・・・


 俺がそう考えていた、まさにその時だった。



 ピコンッ!


 俺のスマホが鳴った。


「・・・・・・ん? ヤスからメッセだ」


 さっきの伝え忘れでもあったのか?


「なんて~?」


 望愛が俺の肩に顎をのせて、画面を覗き込む。


「えっとなぁ・・・・・・」


 その瞬間、俺達は驚愕した。



 ──おいお前ら、デート行ってこい。



「「え?」」


 俺達の、波乱の夏休みが幕を上げた。

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