(@*’▽’) リィ?
午後三時。日傘がぜんぜん役に立たない暑さだったけれど、バス停から徒歩一分というカズくん宅の立地に助けられた。
そういえば、カズくんの家の中までお邪魔するのは初めてだ。
お母さんの在宅介護をしているのは
詮索はしたくないけど、大切な友達の事情は少しでも知りたいと思ってしまう。
おこがましいにもほどがあるけど、何かできることがあるならやりたいとも思う。
しかし、そんなことは考えられなくなるほど、わたしは衝撃を受けることになる。
「お邪魔します」
「カズくん、わたしも来ちゃったけど、お邪魔だよね?」
「いや、ナガサも来ると思ってお菓子用意しておいたぞ」
出迎えてくれたカズくんが笑って言う。マウスガードは着けていなかった。なんとなくだけど、ちょっと嬉しかった。
「……
結局いつも通りの呼び名で落ち着いてしまった
問題はその次だった。
「なんだ、リィはやけに可愛いカッコしてるな」
サラッと吏依奈のコーデを褒めたのは置いとこう。
「りぃ?」
「ああ、昨日会った時に“リィ”って呼ぶことに決まった」
「うらやましいよおおおおお!!」
「ええ!?」
わたしの大声にカズくんが素のリアクションを返すが、それどころじゃないよっ。
「可愛いがね! わたしも呼びてーがね! ていうか吏依奈、なんで教えてくれんかった!?」
「いや、本当に普通に忘れてたわ」
この恋のシングルタスク乙女ちゃんめ。
つまり話は簡単だったんだね。
お互いにあだ名で呼びたいけど、吏依奈はカズくんのを思いつかなくて、いろいろグシャグシャ悩んだ結果『誰にも負けない特別な呼び名が欲しい』って発想にぶっ飛んでいった。
うんっ。我ながら親友のめんどくさい思考プロセスをしっかり追跡できちゃって怖いよっ。
※※
カズくんの部屋で手作りのお菓子(クッキー)とジュースを頂いていると、彼が言った。
「ちょっと母親の様子を見に行ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「待って相楽くん、お母様にご挨拶したいのだけど」
「……ん、分かった」
吏依奈の求めに応じて、カズくんはわたしたちを大きな介護ベッドや車椅子といったものが所狭しと並ぶ部屋に案内された。
「母さん、今日は客を連れて来たぞ」
わたしは前に会ったことがあるが、その時よりも痩せていた。わたしくらいの背格好で、目元はカズくんに似ている。
「手を取らせていただいても大丈夫かしら」
吏依奈が言った。緊張した声だった。
「いいよ。ただ、右半身は感覚が無いから、左手を握ってやってくれ」
「うん」
そのとき、家の玄関が開く気配がした。
「ちょうど父親が帰ってきた。待っててくれ」
「はい」
「はいはーい」
吏依奈は握った手を自分の額に持ってくると、静かに言った。
「相楽くんの―――間違えました。
「……」
カズくんのお母さんは、一人息子の恋人にご挨拶されても、やはり何の反応も示さない。
しかし。
「くるり、お母様が手を握り返してくださったわ」
吏依奈が嬉しそうに言った。
「こんなに綺麗な子が彼女になってくれて嬉しいんじゃないかな?」
「そんなわけ……ないじゃない」
「そうかな?」
失語があり、意識レベルも低いと聞いているので何を考えているのかは推し図るしかないが、わたしはそう信じたいと思った。
と、重い足音が近付いてくる。
カズくんのとは違う。吏依奈の部屋で勉強してるとき何度も聞いたけど、彼の足音は忍者のように静かなのだ。
ということは。
「吏依奈、まずいかも」
「え?」
「カズくんのお父さんと鉢合わせする」
「……!」
顔面蒼白。これはマズいよぉ。吏依奈がテンパって何かやらかす前兆だよぉ。
「はぁ、お前も毎日何だか慌ただしいな」
疲れをにじませた口調で、ひとりの大人の男の人がリビングにやってきた。
「もう少し母さんと一緒にいてや―――れ……」
「お邪魔しています。二俣吏依奈と申します」
「
一応自己紹介したけど……うわぁカズくんパパ、目がキョトンとしちゃってるよぉ。
「それで……えっと、その秀和、さん? くん? とは―――うう……仲良く、させて頂いています」
そして見事にヘタレる
「ああ―――そう、か。いや、私は、秀和の父、です。え~……よろしく」
カズパパも同じくらいしどろもどろだから、おあいこかな?
うん、まぁ女っ気の無かった息子がいきなり学校の女の子二人連れてきたってなったら、だいたいああいうリアクションになるんじゃないかなぁ。
それに、吏依奈はミスコンに推されるくらいの美人さんだし。はっ!? ミスコンはわたしも出るんだった。
そこへカズくんがマウスガードを着けて戻ってきた。
「じゃあ、行ってくるよ父さん」
「ちょっと待て秀和ゥ!?」
「ここ数年聞いたことない声量で呼び止められたな。―――なんだよ」
「…………いや、お前、すごいなと思ってな」
「おいリィ、ナガサ、ウチの大黒柱が言語中枢いわしとるんだけど何言ったの?」
―――違うよカズくん、何もしてないのにそうなったんだよ。
なんて言ったら「俺の父は初心者が扱うPCか」って返されるだろうから黙っていた。吏依奈の口はもう塞いであるよ。
「じゃ、行こうかリィ、ナガサ」
わたしたちはまだなんだか困惑しているお父さんを置いて図書館に向かったのでした。
【まだ 続く】
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