(吏`・ω・´) “相楽先生”には話しておくわ。

 なぜだか急に厳しくなった相楽そうらくに言われ、私は前のテストをすべて見せた。


「笑いなさい。できる奴っぽい雰囲気で勉強はボロボロ、テストは毎回赤点で補習の常連の私を」

「いや、もう“できる雰囲気”なんて残り香さえしないレベルだからそこはいいんだが」


 そこはいいんだが。


「どうにも、奇妙な答案だな」

「奇妙て」

「だいたい、教師の人情として100点は獲らせたくないもんだ」


 現国が100点だった男が何か言ってる。


「そして、0点も獲らせたくない」


 数学がガチで0点だったことがある私に何か言ってる。


「一問か二問は中学生レベルの易しい問題があるのにそれを間違えて、新しく習った少し難しい問題には正答してる」

「……鋭いわね」


 ああ、思った通りだ。


 相楽にはすぐバレてしまった。


 別に、彼には隠すつもりも無かったが。


「相楽くん、いや、には話しておくわ」


 誰にも家族にも言えなかった、私の秘密。


「あのね、私、中学三年生と高一の頃の記憶があんまり無いのよ」

「は?」

「あ、高一って一回目の時のよ。去年のくるりといた記憶は何重にも保護をかけて脳に永久凍土保存してるから」

「お前の脳内ナガサフォルダがどうなってるのかはどうでもいい。それより、中三と高一の記憶が無いってどういうことだ」

「断片的にはあるのよ。割と楽しい記憶はね。でも、それ以外はダメ。苦しかったこと―――たとえば受験勉強とか……家のこととか……」


 また相楽の前で泣いてしまうかと思ったが、不思議と涙は出なかった。無い記憶について話しているから、大した感慨も湧かないのだろうか。


「それは、お姉さんも知らないのか」

「こっちから話してはいないわ。いろいろ……それどころじゃなかったし」


 また“いろいろ”だ。最近はこの言葉よく使うなぁ。


「だから、去年はけっこうびっくりの連続だったのよ。いつの間にかグリ高に受かってて、気が付いたら留年してて。浦島太郎状態で、ね」


 冗談めかして言ってみたが、ダメだった。


 作り笑いが引っ込んだ私を、相楽は黙って見つめていた。


 表情の見える部分は、眉一つ動いていなかった。


 その無表情のまま、彼は言った。


「それで、去年はどう切り抜けたんだ」

「切り抜けてないわ。ゴリ押しよ。テストはぜんぶ赤点。何とか無遅刻無欠勤で大量の補習と教師陣の大甘なお情けで進級。でも、もう無理ね」


 それこそ、中学で習った“はず”の基礎的な部分がごっそり抜け落ちた状態で、いくら新しい知を詰め込んでも身につかない。


 しかし、「実は記憶無いの」とも言い出せず、ズルズルとここまで来てしまった。


「なんで俺には言ったんだ」

「くるりの真似をしてみたのよ」


『下手に背伸びしないで、ちゃんと人に頼っていこうって決めたの』


 そんなことを言っていた、私の親友。私なんかよりも、ずっと強い人の言葉。


「借りとか貸しとか、恩とかお返しとかじゃなくて、ただ、あなたに頼ってみたの。ごめ―――いや、どうか、私を助けてくれませんか?」


 謝るのは違うと思った。


 ただひたすら、頼んで、頼って、すがりついた。


 これが正しいのかは分からないけど、嘘やごまかしはしなかった。


 と。


「ど、どうしたの!?」


 相楽がマウスガードを外し、素顔を晒す。


 人前でそうするのがどれほどのことかは分かっている。


「リハビリだ」

「は?」

「あんたといるときは、でいかせてもらう」

「……そう」

「嫌だったらそう言ってくれても」

「そういうわけじゃ! 嫌ってことは無いわ!!」

「んな血相変えて言わんでも」


 返事がそっけなくなったのは、自分の身体のせいだ。


 相楽の素顔を見た瞬間、顔面が火照りだしてしまった。


 なんだろう。普段隠されてるから見えるとドキドキしちゃう的な?


 いや、これではまるで私が特殊性癖の変態みたいじゃないか。


 私はくるりが好きなだけ。それも相手が女の子だからじゃない。天使だからだ。LGBTてんしだ。バカにするなよ。


「おい二俣ふたまた

「わっ!? な、なに?」


 頭が熱暴走を起こしかけていたようだが、相楽の声で目が覚める。うん? LGB……なんだったっけ?


「俺に言った理由は分かったが、ナガサに言わなかったのはどうしてだ? あいつはもっと頼ってほしいって言ってたじゃあないか」

「ああ、そうね。そうなんだけど」


 私は苦笑しつつ言った。


「だってくるりには、もうもの。その上、そんな心配かけられないじゃない?」


 言ってしまって、これはよくなかったかと思った。


 俺にならいいのか、と相楽に言われるかと思った。


 そうはならず、代わりに、パン、と小気味いい音が鳴った。


「……なんで自分のこと叩いたの?」

「気合を入れたんだ」

「ほぉ?」


 そう? と言ったつもりなのに、訛ってしまった。相楽のが移ったみたいだ。


「事情は分かった。だったら、目標を少し上方修正しよう」

「え?」

「その場しのぎで期末を乗り切るだけじゃない。ちゃんと基礎を固めよう」

「え?」

「この家庭教師の時間だけじゃなくて、何か授業で分からないことがあったら、その都度メッセージをくれ」

「ちょ、待っ……」

「夏休みまでに授業そのものに問題なく付いて行けるようにしよう」

「早いわよォ!」


 頭の悪い怒声で頭の回転が早い口を封じる。


「どうしたのよ相楽くん」

「どうもしない。それよりもだ」

「ああ、ダメだ」


 パワーだけでスピードは防ぎきれない。


「そうなれば、ナガサにもちゃんと言えるだろう?」

「なにが?」

「二俣の事情だ。「こんなことがあったけど、もう大丈夫だ」ってな」

「あ……」


 そう、かもしれない。


「まぁ、怒られるかもしれないけどな。いや、あんたにとっちゃご褒美か?」

「そんなわけないじゃどへへへへ」

「理性の途中棄権多すぎだろ、たまには完走してみせろよ」


 とりあえず、家庭教師と生徒の意思統一はなされた。


「ではやる気が出たところで、これからこれとこれとこの問題集ひたすら解け」

「うぅ……」

「大丈夫できるさ。ナガサへの愛と俺のプリンパワーを信じろ」


 改めてスパルタ式になったらしい。


 二時間後。


「もう、許して……」


 愛もプリンも脳のブドウ糖も涸れ果てた私が言った。


「いや、これは二俣に合っているんだろうな」

「え?」

「そういう雰囲気はあったが、二俣はけっこうなシングルタスク人間なんだ」


 相楽が、どこか満足気に言う。


「二つ以上のことを同時にこなすような器用さはないが、一つの目的や目標に向かい続ける集中力がある」


 褒められているのだろうか。


「ナガサと一緒に遊びに行くという目的しか見えてなくて、ほかのことがすべておろそかになっているのがその証拠だ」


 褒められているのだろうか?


「俺の読みは当たってた。これでやっていこう」


 家庭教師、チェンジで。


 とは言えない私だった。


【続く】


キャラプチ紹介


☆好きな教科は?


(@*'▽') 歴史系

(-_-メ)和) 理数系

(吏`・ω・´) 美術

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