(@*'▽') カズくん、吏依奈の部屋に行ったの?

 来週には梅雨に入るとニュースで言っていた。


 暖かな日差しとバスの揺れでとっても眠たい朝の登校時間を名残惜しむ日が、少しずつ近付いてきている。


 そして傘を忘れず持ってくるのも苦手なわたしには、つらい季節がやってくる。


「おっはようカズくんっ!」

「ああ、おはようナガサ」


 バスから降りると、鼻から下あごまで覆い隠す真っ黒なマウスガードを付けた男の子が待ってくれている。


 少し前の雨の日には、彼が傘に入れてくれて、そのあとでもう一人の親友に代わった。


 これからもそうであって欲しいと思う。


 絆を、結び続けておきたい。


 ありがたや、ありがたや。


「何を人に向かって手を合わせてるんだ」

「カズくん大明神様に一日一回のお祈りだよぉ」

「やめろ。そういうのは妄想の天使を崇める邪教徒で足りてる」

「さすがにそこまでこじれているとは思いたくないなぁ親友として」


 肩を落とすと同時に、そこから下げた鞄の鈴がリンと鳴る。


「んん!?」


 そこではたと気付き、わたしは衝撃の事実を告げる。


「どうしようカズくん! カバンにお弁当しか入ってないよぉ!」

「朝からゴッツいファンタジスタかましよんな」


 カズくんに笑われる。恥ずかしい。


「う~、ここへ何しに来たんだろうわたしぃ~~~」

「食糧だけはきっちり確保してるのが流石のナガサだ」


 重ね重ね恥ずかしい。


「違うんだよカズくんっ。今日はちょっと忙しかったのっ」

「知ってるよ。毎日母親と家族分の弁当作ったり洗濯したりしてるんだろ? それに、内緒でこっそりバイトもしてる。そりゃあ、うっかりも出るよ」

「弟と妹がなかなか起きてこなかったからぁ」

「分かった、分かった」


 ぽん。


 ぶざまな言い訳を続けるわたしの頭を、カズくんが撫でてくれる。顔を隠してるから表情は分かりづらいけど、目や声やこういった仕草で、彼が本当はどういう人間なのかはよく分かる。


はマルチタスク人間なんだなぁ」

「なんのお話?」


 ただ、ここ一週間くらいは、分からない発言がたまに出てくる。


「いや、なんでもない」

「ふぅん。ねぇ、教室行こうよ」


 う~ん。


「……次のバスで二俣ふたまたが来るみたいだから、少し待ってやろう」

「そうなんだ。優しいねぇ」

「いや、そうしないと後がうるさそうだからな」


 う~ん?


 カズくんの言った通り、5分後のバスから吏依奈りいなが降りてきた。


「おっはよー吏依奈!」

「おはようさん二俣」

「あらお二人さん。わざわざ待っていてくれたの? 別にいいのに」

「カズくんがね、もうすぐ来るからって」

「だったら今朝これ見よがしに『バス一本逃した』って送ってくるんじゃあない。いつもナガサより早く着て待ってるのが日課の奴だ。何をするか分からん」

「人をヤバいやつみたいに言わないでくれない?」

「だまれ邪教徒」

「誰が邪教徒よ!」

「あはは!」


 って、何だか今のやり取りで気になることがあった。


 なぜ一本乗り逃したって情報だけで正確に時刻まで分かったのか。


 それじゃあまるで、みたいじゃないか。


「朝から腹立つわね。あっ! 腹立つと言えばねぇちょっと聞いてよくるり!」


 吏依奈は今日も朝からパワフルだ。


相楽そうらくくんの既読スルーがひどいのよ」

「二俣のナガサテロがひどいんだ」


 カズくんの既読スルーはわたしも結構食らってるから置いておいて。


「わたしテロ?」

「なんてことはないわ。ちょっと相楽くんとのトークラインで私のくるりフォルダが火を吹いただけよ」

「街を灰燼かいじんに帰すレベルでな」


 わたしの肖像権がすごいことになっていそうなのは置いておいて。


「吏依奈、わたしの写真なんか送ったってカズくん困っちゃうよ?」

「そうかしら。一枚ずつにタイトルと、いつどこで何をしているかを添えて送っているのだけど」

「……」

「ほらナガサ、感心よりも恐怖が先にくるだろ?」


 その親切がまったくカズくんに伝わっていないのは置いておいて。


「なんでそんな流れになったの?」

「相楽くんが、私に失礼なことを言ったのよ」

「言ってない。てっきり二俣は私生活もナガサ尽くしかと思ってたら、そうでもなかったと言っただけだ」

「それも正確じゃないわ!」


 教室へと歩きながら、三人で話す。何となく、背の高い二人が小柄なわたしを挟んで頭越しに言い合う格好になる。


「この人、『部屋にくるりのA3ポスターでも貼ってそう』なんて言うのよ?」

「……貼ろうとはしてたよね?」

「…………」

「攻めに回った瞬間よもやのカウンターを合わせられとるやないけ」

「ぐぬぅ……!」

「あはは!」


 カズくんの容赦ないツッコミはいつも面白いなぁ。


「で、写真も飾ってないから、『偶像崇拝はしないのか』って冗談で言ったら、ナガサDos攻撃が始まったというわけだ」

「人の写真をサイバーテロ呼ばわりはやめてよぉ……あれ? ってことは」


 カズくんの言葉から、わたしはあることに気付いた。


「カズくん、吏依奈の部屋に行ったの?」

「……」

「……」

「どしたの?」


 カズくんと吏依奈が何か目でやりとりしている。


 こういうことが、これもここ一週間くらいで増えた。


 うう~ん。


 まぁ、今日のところは―――。


「で、ナガサお前、今日の授業どうするんだ?」

「あぅ」


 人のことより、わたし自身のドジをどうにかせねば。


 先生が来た。朝のホームルームが始まった。


 と、そのとき。


「先生」


 カズくんが声を発したことに、クラスが少しざわつく。


 いや、それ以前に誰の声だか分からない混乱が先に来ていた。


 彼が先生に当てられるとき以外で発言するなんて滅多にないからだ。どんな声をしていたか分からない生徒も多いと思う。


「ナガサ」


 そんなカズくんは、わたしの方を目だけで見て(もともと目しか見えないんだけど)小声で言った。


「俺に任せろ」

「カズくん?」

「あの、机くっつけていいですか? 永作ながさくに教科書見せてやりたいので」

「カズくん……!」

「いいえ一日中です。家に教科書もノートもぜんぶ忘れてきたみたいなので」

「カズくん!」

「ちなみに弁当だけはちゃんと持ってきてるらしいです」

「カズくん!?」


 誰かが「プッ」と吹き出し、すぐに笑いが教室中に満ちていった。


「まぁ……永作がそれでいいなら、いいんじゃないか?」


 先生も少し口角が上がっている。


「よし」

「部分的によしとできないよっ!」

「何かを得るのに犠牲はつきもの」

「意図して味方を撃った人間の言いぐさじゃないよぅ!」


 チラッと右斜め後ろを見る。吏依奈はほかの子たちのように爆笑したりはせず、こちらを見て優しげに微笑んでいた。


 うう~ん?


 やっぱりなんか、いつもと違くない??


【続く】


キャラプチ紹介


☆季節はどれが好き?


(@*'▽') 春。

(-_-メ)和) 冬。

(吏`・ω・´) 冬。

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