(-_-メ)和) ナガサ、ライオンにウサギの居場所を教えるんじゃないぞ。

『俺が悪いことをするのは、惨めだからだ。俺はすべての人間どもに嫌われ、疎まれているではないか?』


「……ズくん」


『俺をつくったお前という敵には、決して消えることのない痛みを味わわせてやる。』


「カズくん?」

「―――ん? どうしたナガサ。疲れたか」

「ううん。読書の邪魔しちゃってごめんね。でも」


 修学旅行先の韓国でひょんなことから行動を共にし、いろいろあって二人きりで地元に帰国する道中、福岡から乗り込んだ新幹線内で、ナガサはこんなことを言ってきた。


「なんか辛そうな顔で読んでたから」

「半分隠れてるのに分かるのか?」

「ふふん。分かっちゃうんだなぁこれが」


 当然俺の顔は漆黒のマウスガードで目と耳と頭以外が覆われていたのだが、ナガサは得意げに言った。


「ねぇ、なに読んでるの?」

「フランケンシュタイン」

「おお! 読んだことないのに読んだことある気がする!」

「こんな素朴な古典あるあるむしろ貴重だわ」


 この一泊二日の最中、いろいろと話して分かったことだが、この『グリ高の天使』様は、噂ほど天然ではないし、見た目以上にたくましい少女だった。


「わたしも読んでみたいな」

「ほら」

「え? いいよぉ。カズくんが読み終わってからで」

「俺はもう20回くらい読んでるから大丈夫だ」

「そんなに」


 呆れられたか。


 と、思ったが。


「そんなに大事にしたいお話なんだね」


 俺から手渡されたブックカバー付きの文庫本を受け取って、そんなことを言った。


「そういうとこが、聖人なんだな―――いや違う、“天使”だったか」

「ブーブー」

「痛い痛い」

「カズくんは天使禁止だよっ」


 唇を尖らせて、メアリー・シェリーの名作で俺の頭を叩いてくるナガサが言った。


「なんでさ」

「“天使”はわたしの下半分くるりの部分だから」

「ふっ―――なるほどな」


 上半分ナガサと呼ぶ俺に、天使呼ばわりする権利はない、と。


「あと単純に恥ずいんだよね」

「じゃあその公式認証マーク取り下げればいいじゃないか」

「でもぉ……一番の親友が付けてくれたから……」


 俺はまだ、その“一番の親友”殿があんな愛も業も闇も深い女だとは知らなかったので、素直に「ナガサは優しい奴だな」と思っただけだった。


「そうか―――っと」


 言いながら、ついナガサの頭の上に手を持ってきてしまい、寸前で止める。


 が。


「ふんっ」と一声。ナガサが自分から撫でられにいった。


「おいおい」

「ナガサのわたしはご褒美チャンスを逃さないのだ」


 猫のようにナガサは言う。


 ショートボブのふわりとした感触が手に残る。


「あのさ……」

「どうした」


 撫でられるナガサの視線の先には、俺の顔―――正確には俺の顔を覆うフェイスガードがあった。


「この本、『フランケンシュタイン』っていうのはさ―――」


 俺は黙っていた。


「―――ううん。やっぱりなんでもないや」


 ナガサは言った。


「うん」


 俺は言った。


※※


 ナガサとの、修学旅行のちょっとした冒険を思い返しながら、俺はいつもの場所で弁当箱を開けた。


 昼休み。疲れた。いつもより腹が減った気がする。


 ホームルームで突如として席替えがあり、俺とナガサが隣同士になったせいだろう。


「また負けた……」と、こっちがなんにもしてないのにセルフサービスで敗北を重ねていく年上の同級生は、午前の授業中、ずっと右斜め後ろから殺気を発し続けていた。


 それにしても、だ。


 ナガサと仲がいいのは知っていたが、あんな感じだとは。


 あまり関わりあいにはなりたくなかったが、こちらからも吹っ掛けてしまった以上、仕方ない。


 できるだけ穏便にナガサへの異常な愛情を収めてもらえると助かる。


「こらぁ! どこにいるのよ相楽秀和ゥ!! くるりの隣をかけて勝負よ勝負!!」


 無理かも分からんね。


「いたぁ!!」

「カズくん、おじゃましま~す」


 この学校で、誰も寄り付かない屋上―――は開放されていないので、そこに行くまでの階段の踊り場に、愛業闇深あいごうやみふか絶叫女子とナガサがやってきた。


「いつもお昼にどこへ行くのかと思ってたら、こんなところで食べてたのね」

「ナガサ、ライオンにウサギの居場所を教えるんじゃないぞ」

「えへへ、ごめんね」


 ナガサには、少しいろいろ話し過ぎたかもしれないと反省する。


「でも、わたしもカズくんと一緒にお昼食べてみたかったし」

「これ以上親友に黒星を増やして差し上げるな」


 また(勝手に)負けた二俣ふたまた吏依奈りいなは、きぃぃぃぃぃ! と山奥の猛禽もうきん類のごとき奇声を発していた。


「はぁ、はぁ、3敗目……だけど、まだまだこれからよ」

「0勝3敗ってW杯だったらもう敗退だけどな」


 超一流のアスリートより往生際の悪い女は、俺の敷いたシートの上へ傍若無人に座り、いそいそと弁当を広げ始めた。


「おいちょっと待て」

「ギブアップなら聞かないわよ」

「言うつもりはないけどこっちのセリフだよ。それよりちょっとどけ、このままじゃあナガサの座るスペースがないだろ」

「えへへ、ありがとねカズくん」

「……アリガトウ」


 どうやらまた自爆したらしい二俣がしゅんとしているのを放っておいて、俺はシートを三人分まで広げた。


「さて、昼を食べる前に誤解を解いておこうか」


 いろいろとエキセントリックな方向にこんがらがり過ぎてて、誰が何をどう誤解しているのかよく分からなくなってきていたが。


「ナガサ、話しちゃってもいいよな」

「うん。いや、ここはわたしが話すよ。迷惑かけっぱなしだしね」


 ナガサが、いつも通りの柔和な、しかし冷静な調子で言った。


「分かった。親友の介錯かいしゃくは任せる」

「えへへ、任されたぁ」

「ぐぬぬぬぬ」


 俺とナガサの気安いやりとりに、二俣はまた何かしらのダメージを受けていた。


「ねぇ吏依奈。今から話すことはトップシークレットだよ。先生にも話してないんだからね」

「へ? え、ええ分かったわ」


 ナガサの話を聞いた後、どんな反応をするだろうか。


「じゃあ話すね。ソウルでの自由時間に迷子になっちゃったって言ってたけど、本当は違うんだ。プサンには、わたしの意思で行ってたの。それに、カズくんが付き合ってくれてた」

「それって……いったい何がどうして?」

「あのね……」


 ナガサの話が始まった。


 二俣の反応は、考えたくもない


【続く】



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