(吏`・ω・´) そのナガサっていうのはなに?

 私はくるりをひしと抱き寄せて、相楽そうらくをしっしっ、と追い払いにかかる。


「くるりと過ごす麗しい時間は終わったのでしょう。早く帰りなさい」

吏依奈りいな、さすがに失礼すぎるよぉ」

「黙っていなさい」


 私は少し語気を強くして言った。


「このお邪魔虫……じゃなくて相楽そうらく……くん、は、あなたをたぶらかしてるかもしれない」

「ええ!?」


 顔の半分隠れた男子は何も言わない。


「よく考えてみて、迷子になったソウルからプサンは400㎞も離れてるのよ。ちょっとありえないわ。あなた、くるりがボーっとしてる間にさらったんじゃないの?」

「吏依奈ッ!」

「まぁ待てよナガサ」


 今度はくるりが珍しく怒気を帯びた声を出したが、それを相楽は制した。


「今日は疲れただろう。その話はまた明日にしよう」


 表情が隠れているのもあって、相楽が何を考えているのかは分からない。


「ふん、別に今ここで話を付けてもいいのよ」

「いや、俺もそうするつもりだったんだけどな。アンタを見極める時間が俺にも必要だと分かった」

「私を見極める? 何を偉そうに」

「……そうかも」

「く、くるり……!?」


 まさかの親友に背中を撃たれ、私は動揺する。


「いやまさかこんな百合のやべーやつだとは思わなかったから」

「誰がなんだって?」

「とにかくだ」


 相楽は勝手に話を進める。


二俣ふたまたが本当にナガサの親友として相応しいかどうか、きっちり見定める」

「……それは、こっちのセリフよ! くるりと二人で一泊二日なんてうらやまし……不純なことをしでかした男を、私は認めないわ」

「別に認めなくていいけど、その穴だらけの風船みたいにプスプス漏れる欲望リビドーはどうにかしろ―――それに」

「なによ?」

「いや、アンタも、

「え?」


 虚をつかれた。


「俺を疑うのはいいとして、ナガサの“迷子”自体は、“ボーっとしてる”で片づけるのか」


 責めるでもない、ただ感想を言っただけといった声だった。


「じゃあな。また明日」

「うん、バイバイ、カズくん」

「……」


 くるりが手を振る。


 私は、何も言い返せなかった。


「ねぇ、吏依奈」

「……なに?」

「これだけは知っておいてほしいんだけど、カズくんは、優しい人だよ」


 くるりの言葉は、ほとんど耳に入っていなかった。


 私が、くるりのことを知らない?


「……ま、いいわ」


 私は自分に言い聞かせるように言った。


 私はくるりの一番の親友。


 それだけは譲れない。


 相楽秀和ひでかず、思い知らせてやる。


 ※※


 翌日。


 修学旅行の余韻と今日から始まる授業への憂鬱が入り混じった表情で、同級生たちが登校してくる校門前。


 私二俣吏依奈の心には一点の曇りもなく、私だけの天使がやってくるのを今か今かと待ち受けていた。


 空は今にも雨が降りそうな曇天日和であったが。


 あと、傘を忘れてきた。浮かれすぎだった。


 仕方ない。


 黒目の大きな瞳、端正な顔。

 柔らかなショートボブの髪。

 小柄だがすらりとした体躯。


 制服も体操着も、きっと葉っぱで局部を隠しただけであろうと似合うはずだ。


 ウヘヘヘヘヘ……。


 はっ!? いけない、よこしまな想像で天使を汚すところだった。私の脳内では完璧に再現されていたけど、ギリギリセーフ。


 とにかく、どこを切り取っても何をしても、トイレに行っている時でも可愛いのだ。天使はトイレになんか行かないけど、行かないけど! 仮に!!


 ……いや、別に行くけれど。


 どうもくるりのことを考えると私は変になってしまう。


 とにかく。


 おはようから次のおはようまで、ゆりかごから輪廻転生の果てまで一緒にいたい、私の大切な親友だ。


 いいえ、違う。


 もはや私の中では親友を超えている。


 すでに彼女は私の一部。

 否、私がくるりの一部。

 否否、それすらおこがましい。


 毎日くるりの顔が見られればいい。

 あの子が毎日見る洗面台の鏡になりたい。

 それが叶わなければ、せめて手鏡でもいいから。 


 おおくるりを舞い下ろせし神よ。


 彼女の手鏡に私はなりたい。


「あの子、何一人で空を仰ぎながらブツブツ喋ってるんだろう」

「そういう宗派だろ」

「信教の自由だね」

「寄る辺のない時代に信仰は大切だ」

「そっとしておこう」

「儀礼的無関心というやつね」


 口に出てたようだ。妙に民度の高いグリ高の生徒たちによって不問に付されたが。またギリギリセーフ。


 チリンチリン、と私とくるりの将来を祝福する鐘のような鈴の音が聞こえてきて、心と魂が喜びに宙を舞った。なんなら身体も数㎝浮き上がっているかもしれない。


 だって、かのグリ高の天使が、今日も私を含めた友達から「迷子にならないように」とつけられた大量の鈴をつけたカバンを肩にげて御登校だ。


 まぁ天使なんて呼んでるのは私くらいしかいないんだけど。


 そんなことでくるりの天使ぶりが減少するわけもなし。


「く~るりぃ~、おはよ~♪♪♪」

「あっ、吏依奈おっはよ~」

「ああ、おはようさん二俣」


 歌うように踊るように舞い遊ぶようにひらりゆらりと呼びかけた私に、くるりと相楽秀和が返事をした。


「キャレヨキョノキョトコ!!!!」

「……吏依奈、なんて?」

「朝っぱらから人類の可聴音域ちょい超えのトーンで興奮するのやめろ」


「誰よこの男!」と言ったつもりだったが、ただ変な声が出ただけだった。


「誰も何もないと思うんだけど……」

「この北中の東〇グールと恐れられた顔が目に入らんのか」


 くるりと相楽から順番に真っ当な指摘をされる。っていうかそのマウスガード、そんな風に自分からネタにしてくるんだ。


「そんなことよりギルティ! ギルティよ相楽秀和!」

「何の罪状で?」

「くるりと連れ立って登校してる。どうせ昨晩からくるり宅に張り込んでついてきてたんでしょ」

「勘ぐりの下衆みがエグい」

「あははぁ。じゃあカズくん寝不足だね?」

「乗るなナガサ」

「ほらぁ! くるりも言ってる! 取り消しなさい今朝の記憶ゥ!!」

「この女、退くことを知らんな。その背に逃げ傷なしの大海賊かよ」

「あはは」

「面白がるなナガサ」

「あとそれ! 意義あり!」

「どこだよ」


 私はずっと指摘したかったことを言う。


「そのナガサっていうのはなに?」

「吏依奈、それはね」


 相楽の代わりにくるりが答える。


「永作瑠璃の下半分をとってくるりって話したら、じゃあ上半分がかわいそうだから俺はナガサって呼ぶってカズくんが言ってくれたんだ」

「ギルティィィィィ!!」

「なにが?」

「分からないの!? あなたは一人で「ナガサと呼ばれるときのくるりの笑顔」を独占しているの! 罪! 法廷に持ち込むレベル!!」

「あだ名の独禁法違反かね」


 かように怒り心頭の私だった。


 が、そこへくるりが、


「逆に新鮮で嬉しいんだ、ナガサってあだ名。吏依奈も呼んでいいよ?」


 と嬉しそうに言った。


「――――――」


 何かが音を立てて崩れ落ちた。


「負けたわ」

「なにがさ」

「今日はこれくらいしておいてあげる! また会いましょう!! これで勝ったと思わないことね!!!」

「クラシカルな三下三拍子やめろ。どこへ逃げても同じ教室だよ再会数分後だよ袋のネズミだよ」


 相楽が何か言っているが、私は体制を立て直すために急いで撤退する。


「なんかすごい騒ぎ、三角関係? 修羅場かな?」

「いや、決めつけはよくない」

「女の子同士っぽいけど?」

「恋愛の在り方は人それぞれ」

「深入りはいけない」

「多様性というやつね」


 ほんとに民度高いわねこの学校。


【続く】


キャラプチ紹介(質問形式)


☆今まで付けられたあだ名で気に入っているものは?


(@*'▽') ナガサ。

(-_-メ)和) カズ。

(吏`・ω・´) ……(あだ名をつけられたことがない)。

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