第5話 性格と思考は表裏一体。

 スピード型のガンナーの装備はハンドガンとすね、肘の4か所に防具。

 攻撃方法は銃撃か打撃。

 スピード型フェンサー対スピード型ガンナーの戦いでは、お互いに軽量で激しい打ち合いになり、コンボを狙うよりは、いかに相手の隙を突いて大技を放つかが重要になってくる。


――Ready,Fight!


 合図と同時に二人が動き出す。

 俺は、初め由奈ゆいなの圧勝を確実視していた。だが、それは間違いだと、香織かおる先輩の初動を見て思い知らされた。

 香織かおる先輩の動きは確実にやっている人間のものだった。

 実は、初めに違和感を感じたのは、香織かおる先輩が迷いなくキャラ選択している時だった。だが、その時は違和感の正体に気付かなかった。

 きっかけがわかると次々に違和感は蘇ってくる。今思えば香織かおる先輩は、ゲームに馴染みがないと言っている割には、アケコン操作に苦戦している様子がなかった。それに、香織かおる先輩の口から明確なプレイ時間や腕前を聞いたわけではなかった。

 由奈ゆいな以外とゲームすることの少ない俺は、いつの間にか〝アケコンは操作出来て当たり前〟という固定観念にとらわれてしまっていた。

 香織かおる先輩が脳内で、腹ぐr……策士の笑みを浮かべているのが想像できる。


「…………ッ!」


 開始の合図と同時に、俊敏しゅんびんな操作で動き出した香織かおる先輩に動揺したのか由奈ゆいなが軽く息を吞む。だが、操作ミスすることはなく、すれ違いざまにダッシュ横攻撃の突き、初撃を放つ。

 香織かおる先輩がその攻撃を避け、立ち位置が逆転する。

 だが、一方的に攻撃を仕掛けられるほどの隙を由奈ゆいなは与えてくれない。

 コンボできないと判断した、香織かおる先輩は蹴りを放ち由奈ゆいなと距離を取る。

 一旦仕切り直して、お互いに相手の出方をうかがう。

 アケコンの操作音が止み、息づかいさえ聞こえない静寂が訪れる。


 ほぼ同時に二人が動き出す。

 先に攻撃を仕掛けたのはまた由奈ゆいなだった。

 由奈ゆいなは正確で速い操作を武器に連続で攻撃を仕掛ける。完全にガン攻めのスタイルだ。

 香織かおる先輩は、由奈ゆいなの連続攻撃をガードし続ける。

 SOCでのガードは、他のゲーム以上にタイミングがシビア。さらに、通常技ですらノーダメージで防ぐことはできない。その結果、ガードよりも相手の攻撃を避ける、回避を使う割合が高い。

 それなのに、えてガードを使うのには目的がある。

 最小限の被ダメージ量で抑えた香織かおる先輩は、由奈ゆいなの強攻撃を避けたあと、再度踏み込んだ反確(反撃確定)の瞬間に反撃をする。

 由奈ゆいなが反確な隙を晒すことは少ない。今のタイミングでの最善手さいぜんしゅはもう一度距離を取ることだった。

 普段判断ミスの少ない由奈ゆいなを惑わせたのは、香織かおる先輩の執拗なガードの繰り返しのせいだろう。

 攻めているという感覚と手ごたえのない現実とのギャップから焦らせ。無理攻めを誘発させる。いい性格をした戦術だ。

 そこからの、香織かおる先輩の攻撃は、由奈ゆいなにも引けを取らない正確さと速さで繰り出された。 

 同格のプレイヤーが戦ったとき勝敗を決めるものは何か。それはミスだ。

 一度判断を誤ると拮抗きっこうしていた状況が崩れ、焦る。その結果ミスがミスを呼び負ける。もしこれが死闘だったら一発逆転の一手があったかもしれないだが、これはゲームだ。奇跡など存在しない0と1の羅列に過ぎない。


 その後、由奈ゆいなの反撃むなしく場外に吹っ飛ばされて、香織かおる先輩の勝ちになった。


「私の勝ちね、伊波さん」


 平然と香織かおる先輩が告げる。


「…………ッ!もう……一回」

「もう一回よ!鶴岡先輩」


 由奈ゆいなはスティックをカタカタ震わせながら微かに笑っていた。

 それは、天使の微笑みにも獰猛な動物の獲物を狙う目にも見えた。


「あのー、次は俺の番じゃ……」


 俺がおずおずと発した言葉は完全にスルーされた。


「いいわよ伊波さん、何度でも捻り潰してあげるわ」

「勝手に言ってなさい」



「ハハッ、ハハハハハ」

「一度勝ったくらいでいい気にならないでほしいわね」



「フフッ、さっきまでの勢いはどこにいったのかしら」

「……もう一回よ!」



「もう一度するわよね?」「もう一回よ……ッ!」「もう一度」「もう一回」「もう一度!」「もう一回!」……



 その後、由奈ゆいな香織かおる先輩が何戦したのか覚えている人はいなかった。ついでに時計の長針が何周したのか覚えている人もいなかった。もしかしたら、俺の存在も…………。

 由奈ゆいなは安定の女フェンサーを使い続け、香織かおる先輩はフェンサー、ファイター、ガンナー、何でもござれで戦っていた。

 それでも、由奈ゆいな香織かおる先輩の戦いは五分五分で、どちらかが勝ち続けるような展開にはならなかった。


「……なかなかやるわね、鶴岡つるおか先輩。経験者なのに……それを隠して勝負を吹っかけてくるような陰湿な思考回路は置いておいて……、強さだけは認めてあげても……いいわよ」

「私も……あなたの、その相手が自分より強くても……上から目線を貫く態度だけは…認めてあげるわ」

「あんたは……、あたしの強さと胸を認めなさいよ……」

「伊波さん、まだそんなこと気にしていたの……。あなたどこまで胸でいじられたいのよ……」


 ゲーム中の呼吸が浅くなっていた分、帳尻を合わせるかのように二人は息が切れ、ヘトヘトの状態だった。


香織かおる先輩、1つ聞いてもいいですか?」

「いいわよ」

香織かおる先輩っていつからそんなにゲームが上手だったんですか」

「さあ、いつからかしら」


 香織かおる先輩は、ほのかに笑いあっけらかんと言った。


「じゃあ、なんで俺達にゲームが得意なこと隠してたんですか」

「ホントよ。いつからなのよ!」

「2つ目になってるけど、……まあいいわ。駆け引きかしら」

「駆け引き?」

「そう、私のゲーム観を真っ向から否定して、私により強くなる原動力を押し付けてきた人との」


 俺達と関係があってゲームの上手な奴…………まったくわからん。


「あたしたちにゲームの強さを隠してたことがどう駆け引きになるのよ?」

「それはいずれ分かることよ」


 香織かおる先輩は、そう言ってから時計を見た。


「あらもうこんな時間、勉強会はお開きね。帰るわよ伊波さん」

「あたしは夕飯食べてから帰るわ」

 平然と言った由奈ゆいな香織かおる先輩の表情が一瞬だけ凍り付く。

「そんな突然言い出しても、あなたの分は用意されてないでしょう?」

「平気よ、さっき羽衣に聞いたら大丈夫だって言ってたし」

「そ、そんなこと言っても家にはご飯が用意されてるんじゃ……」

「大丈夫よ、いつものことだから」

「あなた恋人でもない男の家でその妹のご飯を食べておいて、い、いつもの……こと……ですって!」

「幼なじみなんだから普通でしょ」


 由奈ゆいなの言葉で香織かおる先輩の周りに黒いものが立ち込め始める。


「私、幼なじみキャラ嫌いなの。幼なじみなんて、ちょっと前から知り合いだったからって、図に乗って男のこと独占しようとしたりして、結局ぽっと出の女に男を寝取られる。一見哀れなヒロインに見えて、その実彼女持ちの男でも昔からの知り合いというだけで遠慮なく言い寄る最低のビッチなのよ」


 由奈ゆいな香織かおる先輩の纏う空気に圧されながら息をついた。


鶴岡つるおか先輩、それどこの小説での話よ……」

「まあ、それはいいとして悠人ゆうと君の妹にご馳走になるんじゃなくて、ご馳走することも覚えた方がいいわよ、伊波さん」

「ちょっと、それどういう意味よ!?」


 由奈ゆいなの料理なんてインスタントの塩ラーメンが関の山だと思うが、それを口にしないくらいのコミュ力は俺にもあった。


「それじゃあ悠人ゆうと君、伊波さんまた明日放課後に会いましょう」


 そう言って鶴岡つるおか先輩は颯爽と帰って行った。


 ◇◇◇


 香織かおる先輩が帰って由奈ゆいなも帰宅したあと、スマホの通知に気付いた。

 通知は丸校将棋部のグループからだった。ちなみに去年までに引退した先輩たちはすでにグループを退会していて、グループには香織かおる先輩と俺、由奈ゆいな、清也の4人だけが入っている。


清也せいや》『あれ、今日って部活ないんですか?』

清也せいや》『おーい。おーい。おーい』

清也せいや》『マジで誰も来ないんだが!』

 ~1時間後~

清也せいや》『5手詰め詰将棋つめしょうぎに飽きました』


清也せいや》『……今日は帰ります。鍵は返しておきます』

 ~たった今~

悠人ゆうと》「悪い、家で勉強会やってた」


 俺は、そんなセリフとアニメキャラが土下座しているスタンプを送った。

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