第4話 勉強会とは遊ぶためにある。

 昼ご飯を食べ終わった俺たちは、勉強は一時半から再開することにして少しの間ゲームすることになった。香織かおる先輩はゲームをすることに消極的だったのに、由奈ゆいなの『勝てないからって逃げるんですか?』という安い挑発に乗せられてゲームすることになった。

 俺の部屋にあるハードで出来るゲームはすべて由奈ゆいなもプレイ済みだ。そのため、ハンデとしてゲームをあまりやったことがない香織かおる先輩がゲームを選ぶことになった。

 香織かおる先輩が選んだゲームは『Start of Combo』略してSOC。

 ジャンルは対戦型アクション格闘ゲーム。

 最近の格闘ゲームに比べて通常攻撃の攻撃力が低く、大技の発動時間が長いせいでコンボの重要性が高くて、遊びでもSOCやるならまずアケコン買えと言われるくらいのコンボゲー。

 使えるキャラは、男、女それぞれにフェンサー、ファイター、ガンナーの3種類だけで、それぞれ敏捷力、火力、体力を自分に合ったバランスに調整できるようになっている。SOCをやっているプレーヤー全員がこのトレードオフに悩まされ続ける。

 まあ、簡単に言うならス○ブラのさらに上級者向けゲームで、初心者には向いていないゲームだ。


香織かおる先輩、そのゲーム慣れるまでに一時間はかかりますよ」

「別にいいわよ遊びなんだから」


 簡単に挑発に乗ってしまったわりには冷静な香織かおる先輩。


「へえーSOCか、次の大会のゲームでもあるしちょうどいいわね」


 勉強からのストレスのせいか、やけにテンションの高い由奈ゆいな

 というか、次の大会はSOCなのか今知ったぞ。


 香織かおる先輩におおよその感じを知ってもらうために、まずは俺と由奈ゆいなで対戦することになった。

 俺が選んだのは、男のフェンサーの敏捷力20・火力40・体力40。

 パワー型で相手のいかなる小細工も力でねじ伏せるのに適した調整だ。


 由奈ゆいなもキャラを選択し終わって試合開始までの準備時間(30秒)に入る。


悠人ゆうと、パワー型にしたんだ」

由奈ゆいなはやっぱりスピード型か」


 相手がキャラを決めるときは後ろを向くため、相手の正確な数値の配分は分からない。

 だが、キャラを見ればおおよそは分かるようになっている。

 フェンサーなら、火力は剣の種類が、体力は防具の数が数値によって決まっていることで見分けられる。

 俺の装備は幅広の両手剣に、胸とすね、肘の5か所に防具。

 由奈ゆいなの装備は片手剣に、すねと肘の4か所に防具。

 手数で圧倒して相手に攻撃の隙を与えないのに適した、調整になっているようだ。

 ルールはストック制で機数は1。つまり、先にダメージが生存限界を超えるか、場外へ吹き飛ばされた方が負けということだ。


――Ready,Fight!


 カウントダウンからのその声と同時に戦いが始まった。

 合図と同時に由奈ゆいなが肉薄する。

 俺が攻撃を放つよりも速く由奈ゆいなの連続技を受ける。

 高難易度のコンボ技が繰り出される。

 パワー型とスピード型の戦いではスピード型に先手を取られることは仕方ない。それに、スピード型の攻撃では俺の体力を削りきる即死コンボは存在し得ない。

 俺は、思考を切り替えると由奈ゆいなの攻撃を最低限のダメージで抑えながら攻撃が終わるのを待つ。


「ここだっ!」


 由奈ゆいなの最後の大技の手前に隙があることを見つけた俺は、カウンターを仕掛ける。体力は生存限界の4割程まで削られていた。

 カウンターは不発に終わったが、相手の大技を防ぐことのできた俺は、カウンターを避けるのが精一杯で一瞬の技後硬直を余儀なくされた由奈ゆいなに攻めかかる。

 ここで決着をつけるべく、コンボパーツを組み合わせ即死コンボに持ち込む。

 由奈ゆいながスピード型なのも手伝って体力がどんどん削れていく。


「……ッ!」


 由奈ゆいなの体力が7割以上削れたとき、俺は大技の垂直斬りを放った、否、放ってしまった。


「あぁーーー……」


 勝利が自分の手からこぼれ落ちていくを感じる。

 通常攻撃の真上から切り下ろしを放つつもりだったのに、完全に操作ミスだ……。

 大技を放つにはそれなりの代償が必要になる。垂直斬りでは長い、発動時間と技後硬直。切り下ろしがギリギリ当たるタイミングで放たれた垂直斬りは、由奈ゆいなの華麗な捌きにより空を斬る。


「決まったわね!」


 ゲーム中、無言に徹していた由奈ゆいなが初めて発した。

 後の内容はその言葉通り、俺の体力が生存限界に達するまで一度の隙も許すことなく攻め切られた。


 SOCでの、俺の対由奈ゆいなの勝率は0。つまり、一度も勝ったことがない。

 それが今日初めて0から脱却だっきゃく出来ると思った矢先、自分のミスで勝ちを逃してしまった。悔いの残る戦いだった。


「あぁーー!もうちょっとだったのに……」

悠人ゆうと、あれ即死コンボじゃなかったわよ」

「……え、噓だろ?」

「ほんとよ。だってあと少しで隠し避けコマンドで避けられたんだから」


 隠し避けコマンド、それは相手からの攻撃を受けた瞬間に決まったコマンドを押していくことで、相手の攻撃を避ける、さらには反撃すらできることもある切り札。隠しコマンドが発動すれば試合の展開がひっくり返ることなんてよくある。

 強力な技なためにコマンドを押すタイミングがシビヤに設定されていて、発動するにはかなりの技術が必要になってくる。

 隠しコマンドを十全に扱えるプレイヤーなんてほとんどいない。

 だが、由奈ゆいなが避けられると言うならそうなんだろう。由奈ゆいなはゲームに関しては強がりやブラフを言うやつではないから。


「意外ね。伊波いなみさんだけじゃなくて悠人ゆうと君もゲームが上手なんて」

「まあ、オタクですから」

「根拠のないことを堂々と言えるなんてある意味立派ね、悠人ゆうと君」

鶴岡つるおか先輩もオタクなんですから、せいぜい頑張ってください」


 由奈ゆいなが自分の得意分野で香織かおる先輩を見下すかのように言った。勉強のストレスのせいもあるのかもしれない。


「私は、ただアニメ好きであって、伊波いなみさんみたいに胸までゲームに捧げるような人と同じにして欲しくないのだけど」

「ボッチなんだから体面なんて気にしても無駄なのよ」

「あなたこそ学校では、趣味は読書とか真面目なこと言ってゲームの攻略本読んでるじゃないの」

「……ッ、何で知ってるのよ!」

「露骨にこっちを睨むのやめてよ、由奈ゆいな!」


 確かに一斉読書の時間に、聖書くらい分厚いゲームのルールブック読んでたのは知ってるけどさ。


「ふっ、やっぱり読んでるのね」

「図ったわね、鶴岡つるおか先輩。ふんっ、そんな性格だから永遠に友達の一人もできないボッチなのよ」

「ボッチ、ボッチうるさいわね。だいたい、あなただって――」

「二人ともそこまで!続きはゲームで白黒つけようぜっ!!」


 由奈ゆいな香織かおる先輩の会話を遮って、ゲームをすることで気持ちが落ち着くよう導く。


「「今のは、ないわね」」

「うっ、なんか寒気が」

悠人ゆうと君、人伝ひとづてだけど、無駄にカッコつけるとダサいを通り越してキモく見えるらしいわよ。人伝だけど」


 なんで今だけ息が合ってるんだよ……。




 次の試合は由奈ゆいな香織かおる先輩の対決になった。香織かおる先輩には操作方法や多少のアドバイスをするために俺が付くことになった。

 先に、由奈ゆいながキャラと数値の配分をした。

 次は香織かおる先輩の番だ。由奈ゆいなにはアドバイスを聞かれないよう部屋の外に出てもらった。

 実は、SOCでは相手のキャラと戦型をある程度予測して自分のキャラと戦型を決めるというのも重要になってくる。

 そのため、普通のゲーマーは全キャラ、全タイプを使いこなせるようにする。

 だが、由奈ゆいなは違う。由奈ゆいなはスピード型の女フェンサー以外は使わない。それでも勝てるのは、由奈ゆいなのアケコン操作が人一倍正確でスピード型に適しているからだ。

 だから、由奈ゆいなと対戦するときは由奈ゆいなと同程度の正確な操作ができる人間以外は、パワー型を選ぶのが定石になっている。

 あらかたの操作方法教えた後、そう俺は香織かおる先輩に説明した。


 それなのに……。


「なんで、香織かおる先輩スピード型にしてるんですか……」


 香織かおる先輩は手つきで女、ガンナーを選択すると数値をスピード型の配分にしていた。


「いいのよ、これで」


 そう言って香織かおる先輩は不敵に笑った。

 なぜそこまで、自信があるのか若干の違和感を覚えたが、勝敗は目に見えていた。

 香織かおる先輩のような未経験者や多少触ったことがある程度のプレーヤーには、相手が俺ならまだしも、由奈ゆいなに勝てる可能性はゼロに等しい。

 それは、由奈ゆいなが一度のミスも犯さないせいで隙がないからだ。




 香織かおる先輩のキャラ選択が終わって由奈が部屋に戻ってきた。

 試合開始までの準備時間(30秒)に入る。


「スピード型にしたんですね、鶴岡つるおか先輩」

「そうよ」


 由奈が俺を見てくる。その視線には「ちゃんと説明した?」という意思が含まれていた。


「俺は、パワー型を勧めたからな」


 俺の答えを聞いて、何か考えている様子だった由奈は得心したらしく、微かに笑った。


「ふっ、負けた時の保険なんて流石さすが腹黒いだけはありますね」

「あら、別に私負けるつもりなんてあなたの胸同様、更々ないわよ」

「……ッ!ここで勝ってあんたに胸と強さ、どっちも認めさせてやるわよ!」


 そう言うと由奈ゆいなはいつもはストレートにしている髪を後ろで一つにくくり始めた。馬のしっぽポニーテールの完成。

 これは由奈ゆいなが本気を出すときの合図だ。

 ちなみに、俺相手にこの髪型になったことはない。初心者相手にどんだけ本気なんだよ……。


 そうこうしているうちに準備時間は経過していき


――Ready,Fight!


 お馴染みの合図で試合は始まった。

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