第13話 お手製りんごジュース

 わたしは穂香ほのか(大)に揺すぶられて目を覚ました。

 穂香ほのか(大)は、早起きして既に着替えていたらしい。目を開けたばかりのわたしに、今日は体力測定をしてみよう、体重9kg増加分の秘密がなにかか分かるかもしれないしと言いだした。


 まぁ、週末ではあるし、わたしのパジャマは体力測定向きの凪沙野なぎさのジャージスタイルだ。 

「いいよん」とボソリと言いのたりと起き上がったわたしに、

穂香ほのか(大)は

「気を取り直してイコ~っ」

エイヤーっと手をあげて応えた。


 朝食は穂香ほのか(大)がスクランブルエッグなどを用意してくれていた。「週末くらいはわたしが作るよ」、と朝から、お姉ちゃんモードだ。


「思い起こして改めてビッくらポンポンだけれども、今やただの会社員のわたしら、レンジャー訓練に参加して、山ん中の渓谷をロープで渡ったりしてたんだもんね」


 まるで昨晩、中高生時代の辛くも充実した思い出を振り返り、ちょっと気持ちが若返った、といった風に、朝食中も穂香ほのか(大)は多弁だった。

 

 ・・・違う。

 最後の方、

「ほんと、あの頃のわたしら、自分の中になんにもなかったよね」

と小声で言い、穂香ほのか(大)はすすり泣いていた。


 たぶん、気恥ずかしいのだろう。昨日は、わたしだって、穂香ほのか(大)と二階堂先輩の前で涙を流してしまっている・・・お互い様だし、穂香ほのか(大)のリカバリー・モードなハイテンションにお付き合いするわね。

 

 朝食後の穂香ほのか(大)は、握力計を持ってきた。身体強化施術を受けた隊員で希望する者に、エムデシリが配布しているデジタル握力計である。

 

 はじめに、お姉ちゃんのターンだと、穂香ほのか(大)が握力計を握る。

 測定値:右手が75㎏、左手が72㎏ほど。


「結構落ちてるねえ」

 たしかに、身体強化施術を受けた後のわたしらの握力は両手共に、80㎏を越えていた。エムデシリでは、体力面で劣る女性こそが積極的に身体強化施術を受けるべきという米軍流の考えを採用している。

 身体強化施術を受けレンジャー徽章を勝ち取ったエムデシリの女性隊員の先輩には130㎏を超える握力を誇る方もいらっしゃった。施術に加えて鍛錬を続けているからこそなのだろうが、そのまま樹上生活に移行できそうなレベルである。


 わたしの番が来た。

 右手にフンッと力を入れ握力計を握ると数値は30㎏を越えたくらいでピークを迎えた。強化施術を受けていない13歳女子な身体なわけだし、こんなくらいなのだろうか。そう思いつつも、もう少し頑張ろうと、ふんぬっと力をとしたところで、カッと腕の中で何かが働いた。握力計の数値は瞬時に250㎏を示した。その値が、身体強化施術者用のデジタル握力計の最大値だった。

 次いで、左手にフンッと力を入れ握力計を握ると数値は30㎏近いところくらいでいったんピークする。そのままに右手と同じようにふんぬうっと力を込め続けると、同じく腕の中のカッと何かが働き、握力計は同じく最大値の250㎏を示した。

 想像以上の計測値を示したわたしを、かける言葉が見当たらなかったのか、穂香ほのか(大)はポカンと見ていた。


 わたしも、理解できない力に戸惑っている。かなり力んだこともあってか、ちょっと涙目だ。


「うーんうーんっ、てけっこう頑張らないと、この激高握力モードにはならないようだから、日常生活は多分大丈夫だと思うよ。ただ、間違って、お姉ちゃんの手を握りつぶしたりしないように気をつけるね」

イモウトモードで微笑みながら、わたしは穂香ほのか(大)の放心が止まるのを待つ。


「お~お~、流石は我がイモウトよ・・・と言ってじゃ流せない結果だねぇ」


 おそらくは、私の体重増をもたらしている何物かが、この力をもたらしているのだろう。私の両手の握力は、ボノボを上回り少なくともチンパンジーと同等だ。今は計測できないけれども、ひょっとしたらより大柄なゴリラ並みの握力なのかもしれない。

 大型の類人猿並みの握力をちっこいわたしに与えた存在は、わたしにいったい何をさせたいのだろうか?




 なみだ目混じりのイモウトモードに、お姉ちゃんゴコロをすくぐられたのかどうかは分からないが、穂香ほのか(大)が、今度は腕相撲をしてみようと言い出した。いやいや、こんな謎の力持ってるらしいわたしと腕相撲なんてかなり危ないよ、とわたしは固辞したのだけれど、ちょっとずつ力を加えていってくれるならばたぶん大丈夫、何事も試してみないと分からないよ、と、穂香ほのか(大)は譲らない。仕方がないので、両手を前に合わせてう~んと何度か力を入れてみて、カッと来る力がやはり存在すること、その発動条件のようなものをどことなくつかんでから、穂香ほのか(大)と、おそるおそる手を組んだ。


 身体強化施術を受けてから、九重くじゅう連山の合宿所で先輩方と幾度となく腕相撲をした経験がある穂香ほのか(大)がはじめは連勝をした。わたしの方が、力が急爆発しそうな腕が怖くて、思いっきり力を入れられなかったのだ。

 そうするうちに、わたしは、さほど頑張らなくともクッと力を込める術があることを見い出した。わたしは穂香ほのか(大)の手のひらを握りつぶしてしまったり腕の筋を痛めてしまったりすることなく、両腕で穂香ほのか(大)に連勝できるようになった。両腕共に三連敗したところで、穂香ほのか(大)は、もうだめーと、横になってヨーガ風な服従のポーズをした。

 

 そこから先は、といっても水元公園に行って、霊長類最強かもしれない筋力を人前で体力測定してみたりすることはさすがにできない・・・はずなのだが、今日の穂香ほのか(大)はテンションが高い。

 ・・・このままでは、九重部屋や佐渡ヶ嶽部屋に行ってお相撲さんと勝負してみようなどと言いかねない・・・お相撲のお腹に突進するのはちょっと楽しそうだが、ふんぬっと力を入れてみたらそのまま壁までお相撲さんをぶちかましてしまう・・・ような壁ドン事件が起きてしまっては、わたしは人外確定だ。

 

 なので、わたしは先手を取って、わたしの握力を利用してお手製りんごジュースをつくってみようよと、提案をした。凪沙野なぎさのジャージの上にスカジャンを羽織るうちに提案は通り、わたし達は、近隣のJA週末出張ストアへとお買い物に出かけた。皮ごとジュースにしても大丈夫という超減農薬りんご(大)を一箱買い、「お嬢ちゃん力持ちだねえ」といわれながら、10㎏くらいの箱を部屋までひとりで軽々と運んだ。わたしの謎力、持久力もあるらしい。

 穂香ほのか(大)とわたしとで丁寧に一つ一つりんごを水洗いした。ボウルを用意し、わたしはフンッフンッと、一つ一つのリンゴを両手を軽々と砕いてジュースに変えていく。そのジュース作りを呆れながら笑って見ていた穂香ほのか(大)は、あくまで二階堂先輩への報告用だと断りながら、わたしのお手製りんごジュース作成の様子をムービーに記録していった。

 途中から豊穣ビールを片手にクピクピしつつ、3リットル容器ボウルいっぱいに迫るわたしの人力リンゴジュースの製造工程の過半を、穂香ほのか(大)はムービーにしていった。


「お疲れ様」

 穂香ほのか(大)は、わたしの肩をポンと叩いた。

 人力リンゴジュースをふたりで粗越しをして皮や種や破片を除いて麦茶用の容器とタッパーに入れていく。麦茶用の容器は、2人の飲み放題用としし急速冷蔵室に入れた。タッパーに入れた分は二階堂先輩へのお土産分だとして、穂香ほのか(大)が冷凍した。

 冷凍室をパタンと閉じた穂香ほのか(大)の後ろ姿に、

(お手製りんごジュース作りのムービーネタとの合せ技、二階堂先輩に受けるといいね)と心のなかで、応援エールをわたしは送った。

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