第12話 九重連山の記憶断片

 二階堂研究室を出て、わたしたちの帰路につく。

 霊長類研究所を出たところで、穂香ほのか(大)がわたしの手を取った。年齢差は親子ほどではなく、見た目そっくりでミクロちゃんな2人が手をつないで歩いているのが、珍しいのだろう。帰り道の夕方のキャンパス内では、わたしたちはより多くの視線を集めることとなった。


 そんな中、穂香ほのか(大)は

「イモウトのこと、さっき、9kg分のメッセージをインシデント後の宮古島市から携えてきて・・・みたいなことを、言っちゃったけどね。そんなこと関係なく、イモウトはイモウトのままで、ここで過ごしていいんだからね」

と、まるでわたしが、本当に見たまんまの13歳だと思う、というようなことを言う・・・んん~、穂香ほのか(大)は気を使ってくれているらしい。先ほどのわたしの涙に、何か思うところがあったのかな。

 

 しばらく、無言のまま歩いてボノボの森に入った後に、わたしは、

「それじゃあ、イモウトができたって、母さんに報告しなくちゃね」

と言った。


 ☆

 

 日が沈む頃に入った夢伴ゆめはんで、和定食を食べながら、わたしが事実上の扶養家族であるままでは、今後の家計が大変になりそうだということで、わたし達は一致した。あまり心配させるのも何なので、近い内に相談したいことがあるといった程度のことを、穂香ほのか(大)が母さんに連絡することになった。

 たとえ、わたしがインシデント後の宮古島に関する何らかのメッセージを携えてこの時代にいるのだとしても、今まで得られた情報に有意と思われるものはないに等しい。長期戦を挑む覚悟は必要だろう。母さんに支援をお願いすることは、おそらく必要となる・・・わたしが都条例違反なアレコレの稼ぎに乗りだしたりするのでもなければ。

 

 部屋に帰ると、今日も2人でお風呂に入り、灯りを落としてヨーガをしてから、わたし達は、大分のエムデシリ九重くじゅう連山の合宿所の時のことを話し始めた。


 5年以上も過ごしたというのに、わたし達の口から出てくる、九重くじゅう連山の思い出は断片的だった。その頃、わたし達は病んでいた、ということなのだろう。トラウマとなる事を経験した人に精神科医が割り振るという典型的な診断名、解離性障害の診断も受けていたし。


 中学の教員免許を持つエムデシリの教官からのリモート授業は、概ね皆勤賞だった。通信科のMエムコウの受講も続け、高卒資格を得た。夜は、レンジャー合宿訓練を行うエムデシリの女性隊員のいずれかと必ず同室となった。多くは随分と年上の隊員さんたちで、皆、優しかった。わたし達に気を使ってくれていたのだろう。

 義務とはされていなかったものの、合宿所朝礼後の自衛隊体操にもほぼ毎日参加した(米軍式の体育カリキュラムが組まれていたミカ校には自衛隊体操はなかった。わたし達の自衛隊体操は九重くじゅう連山仕込みである)。


 体育科目に相当する剣道も続けた上に、中3からはエムデシリ一般隊員の強化合宿にも、ゲスト参加を始めた。高2の時に、成年のエムデシリの隊員さんに混じって身体強化施術も受け、エムデシリ内の女子レンジャー訓練にも参加させてもらった。

 このまま行けば将来の最年少&史上最小のレンジャー徽章持ちになれるぞ、と、レンジャーを取得なされた先輩方にはお褒め、もとい、おだてをいただいた。

 けれども、高3の夏には、一般大学に進学したい旨を申し出てた。。申し出に許可をいただいた上に、インシデントの関係者インサイダーとしての義務と引き換えに、大学の学費をエムデシリの奨学金で無償給付いただくという配慮までをいただいた。


 すべての課題をなんとかこなし進路も見つけられたわたし達だったが、受動的に生きていた・・・心の奥底に、与えられた課題をこなし続ければ、たとえ何もできないにしても、ミカ校の皆に何か良いことが起きるのではないかという奇蹟を求める祈りのようなものを抱えていた・・・そして、そんな祈りは届かないという現実も知っていたわたしが次に逃避した先が、大学だった。

 

 わたし達は、淡々とこうした記憶を確認しあうと、手を軽く握りあって、だいたい同時に眠りについた。

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