第6話 らしいセーラー服で自衛隊体操サドガタン
今は春の陽気が始まる3月上旬。これからは夏服の出番の季節となっていく。
気を取り直して、夏服のらしいセーラー服を手に取った。白地の服に薄い水色のセーラーカラーという楚々としたデザインだ。割とかわいい感じ。リボンは藍色。
説明書きも、伸縮性に富んだ動きやすい素材で作られた軽量な制服です、こちらがリボンでこちらがセーラーカラーで、といったことが書かれた1枚ビラのシンプルなもの。らしいリボンは、薄手の色合いのものも付属されているようだ。ともあれセーラー服の頬には謎ボタンはなさそうで安心する。
ただ、裏書きがあった。
(あぁ、これか)
セーラー服の裏地に細いチャックがついていて、上着の下半分を外すことができるへそ出しコーデ仕様がついているらしい。その手の校則違反な格好もできるアダルトな仕様が、どうやら、らしい制服シリーズのディフォルトらしい。
要はチャックに触れないようにすればいいのよね、と三十路脳で割り切ったわたしは、らしいセーラー服を着る。
らしいセーラー服姿で、リビングの鏡の前に立ちバレエの立ちポーズを取ってみる。今のわたしには大きいくらいサイズだったがスカート丈は少し短い。不自然なほどではないけれども。
再び、ストゥニュー風のターンでくるりんと回ってみる。夏服らしく生地が軽いためか、水色基調のスカートがふわりと持ちあがる。
(うん、今のわたしには、セーラー服の方がしっくりくるかも)
とはいえ、らしい制服シリーズの一員として、何か妙な仕掛けがあるかもしれない。そう疑ったわたしは、そこそこ激しい動きをしてみようと思った。この2日ほど、
その場駆け足を鏡の前でする。前半の腕前腕斜上振から腕回旋膝半屈、腕水平振側開までを、仕込まれた動きでクックッと踊っていく。本来スカート姿でするものではないので足を蹴上げた時に下着が見えてしまうのは仕方ないとして、らしいセーラー服は、上下共に妙なところが外れたりしそうな兆しはない。
体操の中休みで首を回しながら、セーラー服で自衛隊体操といえば、
わたしが中1だったときに、桜女子学院の高3生だった
わたしは、鏡の前で、片膝屈伸から先の体操を続けながら、
セーラー服姿で保健室の先生をしていた
力を込めて体の前後屈をしながら、わたしは、
(脇の上の方に聴診器が当てられると、こそばゆくてゾクリとしたなぁ)、などと2人きりで過ごした保健室ライフの日々を懐かしむ。
ある日、「昨日ね、
と言って
その時のわたしは自衛隊体操をしたことがなかったのだけれども、「私もどれか踊ってみたいな」と言う
結果、統制運動がいいのでは、ということになって、わたしと
鏡の前で、その場跳躍をしながら、理知的な瞳のまま統制運動をしていた
「あれっ?」
鏡の前で、当の統制運動を始めたわたしは、驚いた声を出した。
(これって何の話?)
保健室でお医者さんごっこをするくらいの関係だったことは鮮明に覚えているのに、その前後の記憶がない。
自衛隊体操を知らなかったということは、わたしが大分九重のエムデシリ宿舎に入る前、つまりは小学校時代の佐賀か宮古島ということになる。
都内の女子御三家校にから都内の医学部に進学したお嬢様である
体前屈全倒振でブンブンっと両手を強く振っているわたしに全く心あたりは浮かばない。
ブンブンっと両手を振り続け体の回旋をしながら、わたしは今の身体になる前の、記憶の中の31年の人生を振り返りはじめた。
佐賀で生まれ育ったわたしは、小4の時に、母に連れられて出かけた始めての関西旅行で、宝塚ファンとなった。米国琉球準州は宮古島市に設立されたミカ校に興味を持ったのも、その流れだった。
小5の時に学校の掲示板に貼られていた「エムデシリ附属自衛高等ミサイル科学校 入学案内配布中」というミカ校の志願者募集ポスター。ポスターの真ん中ちょい下あたり、MIKAと読めるロゴの下に写されていた仲宗根先輩のご尊顔に、わたしは惹きつけらられた。
(昼間だし少しくらいはいいわよね)
と、床に激しくはぶつからないように気を配りつつ、両手両足を伸ばして連続の開脚跳躍をしていく。その間も、仲宗根先輩のお懐かしくも凛々しいお顔が浮かんでいる。
志願を相談した後に担任の先生が出してくださったパンフレットの表紙は、ポスターと同じ写真だった。ミカ校の高等科主席の凛々しい仲宗根先輩と中等科首席の美少女友利先輩とが校門に並んで映っている、お写真。お二人のミカ校制服姿は、宝塚級、いや、それ以上の衝撃をわたしに与えてくれた。
当時はお名前を知らなかったので、わたしは仲宗根先輩をMIKA様と勝手に呼んで、ミカ校入学に向けて、勉強に励みはじめたのだった。
エムデシリとは、防衛省の外郭統合体である、統合行政法人次世代ミサイル防衛線整備研究機構のこと。陸海空宙の自衛隊のミサイル装備と練度とを、21世紀半ばの軍に求められる水準以上に維持するために設立された法人である。あまりに法人名が長いので、英語名であるMissile Defense System Research Institute, Integrated Administrative Agencyの頭文字を取って、エムデシリ(Mデシリ)と略すのが正式に認められていた。
自衛高等ミサイル科学校は、この統合行政法人に附属する中高一貫校であり、非公式ながらミカ校と略すのが通例となっていた。
暗記は割と得意なわたしは、小6となりミカ校に願書を出す頃にはこれらの事柄を、エムデシリの正式名称の英語名含め、すべて記憶していた。
腕前上脚後振で足を後に上げ伸びをしながら、わたしの苦手はリケジョ科目だったなぁ、と思い起こす。横須賀の陸自工科校が男子校であるのに対応し、エムデシリ宮古島のミカ校は女子校であるが、理系科目に重点があることに代わりはない(ロボット兵全盛のご時世でも、陸自の工科校での方は相変わらず野営などにも力点があるとのことだったが)。
センサーによる測量を駆使する現代兵器の運用の基礎には、力学や電磁気学などの基礎素養が欠かせないのだ、たぶん。
(素養が大事なことだけは知識として知っていたんだけれどもねぇ。)
腕屈伸膝半屈でうねっと膝を曲げながら、仲宗根先輩への憧れのもと、なんとか筆記と面接の入試を突破してからの、ミカ校での落ちこぼれライフをわたしは思い返す。
公式を教えられても、空気抵抗を受けての砲弾の落下点の計算から躓いた。深い原理までは知らなくていいと教官が
ミカ校で落ちこぼれた後には、エムデシリ大分のレンジャー宿舎で5年を過ごした。教練を続けてくださった教官の方々は、優良な成績を収めれば防大に特例推薦で入れてくれるとのことだったが、天候に応じた射撃管制用レーダーの使い方などなどと続く講義カリキュラムには、相変わらずアップアップだった……併せて自衛隊体操を、ここでエムデシリのお姉さま方に仕込まれた。
深呼吸で息を整えながら、ミカ校一般教育をクリアした後の逃げ道として東都理科大に入学してからのことも思い浮かべはじめた。
……5分弱の体操を終えたわたしは、鏡の前でセーラー服を左右にひらひらさせてみて、妙なやぶれなどはがないことを確認した。らしいセーラー服が大丈夫そうかどうかを検証するという当初の目的は達成できたようだ。
けれども、体操途中でわたしの脳裡に浮かんだ、
「
そう、
……わたしがイラブタンが二之巫女姫に、などいうのは意味不明すぎる。それならば、サドガタンが二之姫なのでは。……いやサドガタンって何よ?わたしは新たに浮かんできたサドガタンという語の方が気になり出していった。
☆
久しぶりの自衛隊体操は……らしいセーラー服の検証するという思いの外に、わたしの三十路脳内人生を再検証する必要性をも突きつけてくれた。
らしいセーラー服をゆっくりと脱いで、ブレザーの横のハンガーにかけた。ハンガーにかかると、らしい制服たちは、それぞれに、ほんとにそれらしい制服に見える。まぁ、12歳から18歳にセーラー服もブレザーも着たことがなかったわたし視線では、なんだけれども。
それからは、もういいやと、昼風呂にした。ちゃぽん。自衛隊体操を踊りきり軽く汗をかいた身体を浴槽に沈める。
脳内年齢31歳……なつもりのわたしは、
むー、と、目を瞑る。
バスタオル姿のまま、わたしは
はじめに桜女子学院のホームページをチェックする。制服は今も記憶通りの紺のセーラー服だった。お次は第二女子医大のホームページ。こちらも初めて見るサイトだ。附属病院もあるらしい。
白い病棟の写真を見ながら、ふと、「第二女子医大 附属病院 白井香織」で検索してみた。
ヒットした。なんと
馴染みのあるお顔なのに、出会いや別れの記憶がない
わたしは、通勤バッグから丸まったスレートを取り出し、
ディスプレイに指を近づけ、ちょちょいと一筆書きをして、
はい、わたしの黒歴史ちゃんコーナーへようこそ。ここには、妄想を書いたメモ、とか、描いてみた、とか、痛いもの含め思い出写真とかがあるのであります。
リア充とはとてもいえない、というか、大分のレンジャー宿舎生活以来、プライベートでは居住地から数キロメートルの範囲を滅多に出ないというリア狭生活を続けているわたしなのだが、現代を30年を越え生きれば、リアルな思い出も、あるにはある。
予想通り、
けれども、わたしの探しものはちゃんとあった。
同い年の元カレ、ユウ。出会ったのはわたしが26歳の時。1年半、お付き合いをしていた。まぁ、それなりのムービーや写真は残っている。
その頃から既に3年以上を経て、気持ちの整理はとうについているわけで、わたしの三十路脳の記憶の痕跡とスレート内の記憶とを現場検証的な気分でパラパラと比べていった。
少なくとも、ユウに関する記憶については、わたしの三十路脳はほぼほぼ覚えていた。比較的最近の記憶だからかもしれない。
でも、記憶力だけはいいはずのわたしの脳は、サドガタンという単語にまつわる思い出はまったく持っていなかった。
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