第4話 姉妹ヨーガと、2人のベッド

 部屋に帰ると、穂香ほのか(大)はお風呂に入るね、と言った。

「うん、驚きの連続だったろうから、ゆっくり入ってくるといいよ」

とわたしは、穂香ほのか(大)をお見送りした。

 わたしも昼下がりにゆっくり湯船につかったことで落ち着けたしね。

 

 部屋でひとりになったわたしは、再び凪沙野なぎさのジャージの上下へと着替え座布団に座ると、これからのことを考えはじめる。


 中学生らしい制服が届き、二階堂先輩の研究室をお伺いするここになったとして、どこまで話すのが良いのかしらん?

 

 おそらくは、わたしの身振りや話しぶりから、先輩は、見た目が中学生のわたしの中身が成人女性であることには気づくだろう。はじめから、中身のことも話してしまった方がいい。

 となると、未来からOL姿で転移してきたわたしが、証拠となる品を何も持っていないという説明は不自然だ(稲妻と共に全裸で出現、なんて設定は作りたくない)。

 穂香ほのか(大)には、四葉蛋白質工業のIDカードは説得力抜群だった。身体が13歳バージョンであっても、2年ほど未来から来たという設定に納得してくれた。


 少し悩んだ末、わたしは少なくともIDカードは持っていくべきだと決めた。ちょちょいとIDカードに触れて経緯を説明すれば、先輩の信を得るための時間は短くなるだろう。


 バスタオル姿の穂香ほのか(大)が戻ってきた。


「あぁ、なんかいろいろ考えちゃうね、イモウトよ。眠れなそうかも」

 

 穂香ほのか(大)は冷蔵庫に向かい、薄緑色のほろほろ酔いの缶を持ってきた。

 二十代半ばの頃、わたしは目が冱えた夜に、お部屋でほろよい系のリキュールをしばしば飲んでいた。遺伝的にお酒に弱いわたしは、アルコールにあまり慣れなかったけれども。


既にアルコールをほぼ卒業済なわたしは、プシュッと、ほろほろよいの缶を穂香ほのか(大)の姿に、ちょっと笑みが出た。

(若いな、穂香ほのか(大)よ。三十路を迎えたわたしは、夜はほうじ茶なのよ)


 クピクピっとほろほろよいの缶をあおってから、バスタオルを外して服を着始めた穂香ほのか(大)をわたしは見つめる。

 

(やっぱ、ちょっぴり可愛くない?)


 肌は記憶の中のわたしよりつやつやだし、身体のラインに好ましい丸みがある。元のわたしの24歳の時より、眼前の穂香ほのか(大)の方が女子の基礎力が高い気がする。

 脳内で記憶している昨日までの姿から7歳ほど若いせいための視認誤差か何かと結論づけたい気がするが、一方で、ナチュラル茶髪に色白な肌、という今のわたしも、南国娘だった中2のわたしとは異なる。


(もしや、ナルシシズムというもの?)


『ナルシシズムとは自己愛、すなわち自己を愛したり、自己を性的な対象とみなす状態を言う』という辞書の定義を思い浮かべながら、妙な気持ちを味わう。・・・今風に言えば、セプレ、すなわち、セルフプレジャー?などと思うわたしの前で、穂香ほのか(大)は頬を赤らめはじめた。やはりお酒は弱いらしい。


「ねぇ、おやすみのヨーガをしてみない?」

と、わたしは笑いかけた。

「よーが?」

不思議そうにわたしを見る穂香ほのか(大)。


「そうそう、お姉ちゃんが部屋に帰ってきた時のわたしのポーズも、ヨーガなんだよ」

と、わたしは、穂香ほのか(大)をお出迎えした際の安楽座スカーサナのポーズをとる。わたしはヨーガ歴5年のベテランなのだ。


 そこからは、穂香ほのか(大)を安眠へと導くべく、わたしのヨーガ指導タイムとなった。

 安楽座スカーサナからはじまって、ニャンコのポーズなど運動量の大きそうなポーズに次々と穂香ほのか(大)に取らせた。

 合間に、くぴっ、とほろほろ缶を呑んでいた穂香ほのか(大)は、ヨーガのポーズにリラックスできて気持ちよくなったのだろう。二回目のニャンコのポーズでお尻ふりふりをした後、

「このベッドで一緒に寝ていいからね」

と言って、穂香ほのか(大)は、ベッドに入り眠りはじめた。


 たしかに、人類の標準的な身長に合わせてつくらられているのだろうシングルベッドに、ちっこいわたし達2人が並んで眠ることに困難はほぼない。わたし達は基本的に寝相が良いのだ。一度眠ったら目が醒めるまで、穂香ほのか(大)はたぶんほぼそのまんまの姿勢だ。いびきの有無は、知らないけれど。

 

 わたしもベッドに入る。お昼寝をたっぷり取ったためか、眠気はやってこない。

 薄明かりの中、穂香ほのか(大)の寝顔を見つめる。

 

 バイオメトリクスと記憶を共有している穂香ほのか(大)。


(ちょっとだけね)と心の中で言い訳をして、穂香ほのか(大)のお胸に手を重ねた。

しばしお胸に無心に触れたわたしは、(ありがとね)と、穂香ほのか(大)の寝顔にお礼をしつつ、以下の通りに結論づけた。

 

§ 穂香ほのか(大)のバストサイズは、三十路な時のわたしよりも有意に大きい。たぶんEサイズに迫るDサイズ。

§ 穂香ほのか(大)のお胸は柔らかい。わたしのお胸の長期記憶よりも明らかに。


 昼に三十路ブラを手で測定済だから、サイズ差については確信がある。


 再び天井を眺める。夢伴ゆめはんで話していた限り、穂香ほのか(大)とわたしとの間で記憶に差はなかった。出身地も出身大学も勤務先も同一だ。おまけに、勤務先の社名が変わる時期も同一。指紋と静脈バイオメトリクスにも差異はない。


 静脈のバイオメトリクスの一致から、少なくとも静脈のパターンが固まる年齢まではわたしと穂香ほのか(大)とは同一人だったということが推測される。そこからの生活環境の記憶にも差異はない。そんな2人のバストサイズや柔らかさが有意に異なるなどということがありえるのだろうか?

 

 生物学的に考えられる仮説は、以下のようなところかな。

 

§ わたしと穂香ほのか(大)の遺伝子は同一。だけれども異なる環境要因が、バストサイズ等に大きな差異を導いた。

§ わたしと穂香ほのか(大)の遺伝子は微妙に違う(後天的に性格と胸囲に関わる体細胞の遺伝子が変異したのかも)。

§ その両方。わたし達の遺伝子は微妙に違っていて、環境要因も微妙に異なる。


 一番目の仮説は無理そうだ。女性ホルモンの分泌量などでバストサイズが大きく変わることはないだろう。ただ、わたしのいた世界と今いるこの世界とは、バストサイズに与える何かの要因が異なる並行世界、と仮定すればありうるのかも。


 そして、別の可能性に思い至る。


§ 穂香ほのか(大)は元祖わたし。わたしは、かつての穂香ほのか(大)をコピーした存在。13歳相当に育った時に、31歳らしい記憶を植え付けられて野に放たれた。


 人間丸ごとコピーマシンが、バイオメトリクスもコピーしてしまう。この説ならば、並行世界を考える必要はなくなる。わたしの中の31歳らしい記憶はどこから来たの? ということにはなるけれども、


(うーん、よく分からなくなってきた)


 再び穂香ほのか(大)の寝顔を見つめる。

 安らかな寝顔だった。わたしがいろいろ話した諸々を彼女なりに受け入れてくれたように思える。

 

 むくりと起きあがり、わたしは台所に向かう。冷蔵庫をあけて、薄緑色のほろほろよいの缶を取り出す。

 穂香ほのか(大)が呑み干した、テーブルの同じ色の缶とコンっと乾杯してから、プシュッと缶を開けた。クピッと、久しぶりにほろほろよいを口に入れる。炭酸のしゅわしゅわを味わいつつ、ベランダに出た。


 もう一口クピッとほろほろよいを喉に流し込む。

 

(いずれにしても、今は分からないことだらけなんだね)

 夜の公園の暗がりを視野にいれつつ、そう思った。


 部屋に戻り、しばらくしてから再びベッドに入った。絶賛就寝中の穂香ほのか(大)のセミロングな髪にそっと触れた。そして、わたしの中学生らしい髪に触れた。

 

 そして、もう一口だけほろほろよいを呑んで後くらいに、脳がクラリとして眠りについた。

 

 ☆

 

「もうっ」

社会人スーツに着替え済の穂香ほのか(大)に頭をグリグリされながら、わたしは目を醒ました。


「ぜんぜん起きないんだから」


穂香ほのか(大)は、わたしの眼前に2つのほろほろ缶を突き出し、プリプリ顔で、穂香ほのか(大)は言い放つ。

「未成年者は飲んじゃいけないだからね」


「そうなのかもね」

と、ぐてっとしたままわたしは同意する。

 

 両手のほろほろ缶を台所に持っていった穂香ほのか(大)は、戻ってきてカシッとわたしの両肩を掴む。

 

「まだ実感はないのかもだけれど、今のあなたの身体は中学生」


 そういった穂香ほのか(大)にわたしは頷いた。たしかに、アルコールを分解する酵素は、今のわたしにはほとんど存在しないのかもしれない。体内に生まれたアルデヒドがわたしを苦しめている。

 

 よろしい、頷きを返した穂香ほのか(大)は、

「あと、私の胸をいじくっていたでしょ。目が醒めてどう反応したものか困ったんだから」

とわたしにジトっと目を向けた。


 ☆


 通勤バックを肩にかけ、じゃあねと玄関を出る穂香ほのか(大)をなんとか見送った。

 アルデヒドに苦しむわたしは、昼までは余裕でベッドに入っていられる気がする。というか、立ち上がるのが辛い。

 

 昨晩作った焼きそばは、結局、わたしの遅めの昼食となった。あとは、冷蔵庫に入っていたヨーグルトを食べて夕方を迎えた。


 ☆


 その晩、穂香ほのか(大)は、ヨーガの最中に、昨晩よりも速いペースで、薄紅色の方のほろほろ缶をあおる。昨晩に続いて穂香ほのか(大)へのヨーガ・レッスン中のわたしは、ニャンコのポーズを披露しながら、穂香ほのか(大)とは反対方向に上半身を捻った。

 すると、穂香ほのか(大)の両手がむんずとわたしの慎まやかな胸を掴みさわさわとした。


 ひゃん、となったわたしに

「昨晩のお返しよ」 と返した穂香ほのか(大)は、しばらくしてから、「B65ね」と測定結果を述べる。


 どうせ中2の頃の記憶をたどっただけなのだろうが、明日ブラを買ってこようかという申し出には、素直にお願いしておいた。

 

 すると穂香ほのか(大)は、昨日出したメッセージに二階堂先輩から返信があったことをわたしに伝えた。

 研究室への訪問は、明後日の夕方となった。

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