第2話「動機が不純で何が悪い。文明が発展したのは戦争とエロのおかげだ」②

 いつまでたっても現れないスマホの持ち主に、俺はいい加減腹が立ってきていた。

 拾ったスマホに、レビューの星の数が1にも満たないようなクソゲーアプリとか、月末にサービスが終了するアプリでもインストールして、10連ガチャをURが出るまで何十回でも回してやろうかと思った。だがやめた。


 それにしても、仮にスマホを落としたなら俺ならどうなるだろうか。どうするかは先に述べた通りだとして。

 やはり無料通話アプリに友人から送られてくるチャットが気になるだろう。

 だが、それはどちらかといえばどうでもいいことかもしれない。

 それよりも、ゲームアプリのログインボーナスがもらえなくなるのは痛い。俺は無課金勢だから本当に痛い。

特にこの3日間のうちには、推しのキャラクターの誕生日があったりもした。

 ツブヤイターでハッシュタグをつけて、同胞たちと共に尊いお方が生誕された日を祝うことができなかっただけでなく、ゲームアプリで貴重な限定アイテムをもらい損ねた可能性があったわけだ。

 俺の場合、推しのキャラクターはゲームごとに大体ひとりはいて、合計で何人かはいるわけだが、それぞれの誕生日は一年に一度しかなく、来年配布されるのは別のアイテムになるから、取り返しがつかない大惨事だ。

 考えただけでゾッとした。


 まぁ、こいつはゲームアプリをひとつも入れていないようだったし、この3日間誰からもチャットも通話も、メールや電話すらかかってきていなかったが。

 もしかして友達いないの?

 それともスマホ二台持ちとか?


 同じ学部なら学内で見かけたときにでもスマホを渡してやればいい話なのだが、そうしなかったのには俺なりの理由があった。


 持ち主の秘密を知ってしまった以上、俺はその秘密を利用しようと考えていたのだ。


 実に紳士的な考えだと我ながら思う。

 そう、俺は、この私小説もどきの冒頭で、自らの趣味が美少女フィギュアのパンツを眺めることだとカミングアウトしてしまうくらいには、頭に変態がつく方の紳士なのだ。


 そんな紳士な俺にはひとつの夢があったわけだが、それについてはスマホの持ち主が現れてから話そうと思っている。無事現れてくれたらいいのだが。

 だから先にその持ち主について記しておこうと思う。


 スマホの持ち主は、俺と同じ大学、同じ学部に通う、同じ1年の女の子だ。

 名前は西日野亜美(にしひの あみ)という。

 遠目にしか見たことがなかったが、小柄で童顔の女の子だった。中学生に間違われることもあるのではないかと思うほど、その外見は幼く見えた。


 そういえば、一度だけ講義で隣の席に座ったことがあった。

 鮮明に覚えているのは、ストレートの長い黒髪に、つけまつげなど必要ないほど長いまつげに縁取られた瞳、ファンデーションと口紅くらいしかしていないだろう控えめな化粧と、一応は流行をおさえた洋服から伸びる細く白い腕や脚。服の上からわかる控えめな大きさの胸だ。


 彼女はまるで良く出来た3DCGゲームのキャラクターのようだった。

 中学生の頃から三次元の女には全く興味がなかった俺でさえ、彼女を初めて学内で見たときには衝撃を受けたくらいであったから、彼女を狙っている男はたくさんいることだろう。


 だがそれはきっと恋ではなかった。

 彼女の外見が俺の好みであったというだけで、俺は彼女の性格をはじめとする内面には全く興味がなかったのだ。

 付き合いたいとも思わなかった。

 美少女フィギュアのようなものだ。彼女は俺にとって愛でる対象でしかなかった。

 あと出来れば、俺が家で夜な夜な美少女フィギュアにして妹にドン引きされているように、彼女のパンツが見たかった。


 だから俺が彼女のスマホを拾い、そのロックを解除しようとしたのは、その中に一枚くらいはあるだろう彼女の写真欲しさだった。

 おそらくないだろうと思いながらも、自撮りのエロ画像を期待してもいた。


 金持ちの家で厳しく育てられた、それなりのお嬢様であろう彼女が、抑圧された何かしらを解放するために自宅の自室で人知れずエロ画像を自撮りしていたら。うん、やばいよね。鼻血出そうになるし、あれがあれするよね。

 俺はそんなことを夢想しながら、講義中にロックを解除すべく0000から9999までの番号をひたすらに入力し続けた。


 そして俺は、彼女が二年前に、高校二年で塵芥賞と直列賞を最年少同時受賞しながらも、その授賞式にすら顔を出すことがなかった覆面作家の、破魔矢梨沙(はまや りさ)であることを知ったのだった。


 ちなみに、自撮りのエロ画像なんてものはもちろんなかった。

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