第50話「救出」
破壊した窓から、僕は倉庫に入る。倉庫の奥で七ちゃんに覆い被さり、身ぐるみを剥がして性的暴行を加えようとしている昇君を見つける。美妃さんやスターもぞろぞろと後に続く。
それにしても……
「昇君、君だったんだね。もう一人のKANAEの能力を持っている人って……」
黒幕の正体は昇君だった。彼のバックにプリシラと思われる天使の女の子もいる。事実が衝撃的過ぎて受け止め難い。
しかし、僕はすぐさま戸惑いを怒りに変換してみせた。僕の大切な七ちゃんを、今にも汚そうとしているからだ。
「星君……」
「七ちゃんから離れろ」
「どうしてここまで……」
昇君は僕がここにたどり着けないように、学校中を僕のトラウマであるお化け屋敷に変貌させた。
しかし、僕は校舎中に漂うお化け達に、怯えつつも果敢に挑み、ここまでたどり着くことができた。昇君にとっては想定外の事態のようだ。
「七ちゃんを守るのは、僕の使命だから」
「彼女に何の魅力があるって言うんだ? ただ体がエロいだけの貧弱な女だろ」
昇君は本性を隠すことなく、僕に吐き捨てる。今までみんなに見せてきた完璧超人の姿は、どうやら演技らしい。七ちゃんは自分への暴言が積み重なる度に、涙腺が押し上げられて泣いてしまいそうだ。
違う。昇君の言うことは間違っている。僕は知っているよ。
七ちゃんは……
「七ちゃんは弱くない」
僕は真剣な眼差しと声で言い張った。
「なぜそう言える?」
「今の僕がここにいるからだ」
僕は男としての強さを身に付けた。それは、女である七ちゃんに教わったものだ。言葉だけ聞くとおかしな話であるけれど、七ちゃんがいなければ僕は強くなれなかった。
「小さい頃から泣き虫で、気弱で、誰かにすがり付いて生きていくことしかできない僕は、七ちゃんがそばにいてくれたおかげで強くなれた。七ちゃんは人間としての本当の強さを持ってるんだ。それは、誰かに手を差し伸べられること」
「何……?」
「僕の男としての強さは、女である七ちゃんにもらった。だから七ちゃんは強いんだ。確かに今は力は弱くなったかもしれない。でも、いつでも僕のことを思ってくれて、弱い人に手を差し伸べられる強い女の子なんだ」
僕の言葉を聞いて、同じく七瀬に救われた美妃が微笑む。七ちゃん本人も潤んだ瞳で僕の真剣な眼差しを受け止める。彼女の口に貼られたガムテープが、初めて嬉し涙で湿る。
「だから、七ちゃんを馬鹿にするな! 君みたいに暴力と恐怖で支配するのは、本当の強さじゃない! 君は男の……いや、もはや人間のクズだ!」
「何だと……」
昇君の眉間に大量のシワが寄り、頭上に湯気が立ち込める。怒りが限界点を超え、爆発寸前だ。
「テメェみたいに……なよなよした男に言われたくねぇ!!!」
もはや言葉に品が無くなった昇君は、拳を握って駆け出す。僕に向かって強烈な一発を振りかざす。僕はすかさず攻撃を受け止められるように構える。
「みんな!」
すると、窓の外から涼太君が顔を出した。
「助っ人を連れてきたよ!」
ガシッ
「昇きゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅん!!!!!」
そして、穴からダイブして入ってきたのは、2組の変人女子生徒、早智さんだった。
「つっかまぇたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うぅっ!?」
ロケットのように勢いよく飛んできたため、昇きゅ……昇君も一瞬反応が遅れた。早智さんは昇君に抱き付き、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら彼を床に押し倒した。
「うへへぇ……昇君だぁ……えへへ……いただきまぁ~す♪」
「お、おい待t……むぐぅ!?」
慌てる昇君の唇に、早智さんは自分の唇を重ねる。そのまま濃厚な口付けが続く。食い物である女に、自分が食い物にされてしまう昇君だった。
「むふぇふぇふぇ……やったぁ……昇君の唇、奪っちゃったぁ♪」
「うぉえ……」
唾液まみれの口元を触り、早智さんは性的快感を覚える。そして、彼女の頬には数字の2が刻まれる。そう、キスしたことにより、KANAEの能力が昇君の体から彼女の体へと移動したのだ。
でかした涼太君! 早智さん!
「早智さん今だ! 『プリシラを元に戻してください』って言って!」
「え? な、何?」
「早く!」
「えっと……ぷりしらをもとにもどしてください?」
早智さんは戸惑いながらも、僕に言われた言葉を声に出して呟いた。彼女の頬に刻まれた数字が1に変わった。
「んん……あ、あれ? 私……ここで何して……」
プリシラが我に返り、辺りを見渡す。ずっとマネキンのように突っ立っていた彼女は、早智さんが願った通り正気を取り戻した。
「やった!」
「涼太君! ナイス!」
「いえいえ、女の子を性的な目で見るような奴は許せないからね」
「涼太君は人のこと言えないよね……」
自慢気に胸を張る涼太君に、僕は冷静にツッコミを入れた。
「あ、早智さんもありがとう!」
「え、何が? ていうか、これどういう状況?」
理解が追い付かない早智さん。色々と使い回して申し訳ないけど、僕は先に七ちゃんの元へ駆け寄る。彼女の口を塞いでいるガムテープを剥がす。
「七ちゃん、大丈夫?」
「ハァ……ハァ……ありがと……」
昇君に押し倒されている間は、呼吸も忘れるほど恐怖におののいていただろう。死の瀬戸際から生還したかのように、荒く息を吸い込む。
七ちゃんの体はまだ震えている。まともに歩ける状態ではなさそうだ。僕は倉庫の隅に落ちていた彼女のメガネを拾い、彼女の顔にそっとかけてあげる。
「さぁ、行こう」
「うん……」
そして、彼女を抱きかかえて出口へ向かう。
「……待て」
しかし、一人残された昇君は、口を拭いながら立ち上がる。乱暴に早智さんを押し退け、心の底から怒りを込み上げ、拳を握って一同を睨み付ける。
「七瀬ちゃんは俺のもんなんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、僕の腕に身を預ける七瀬に向かって、おぼつかない足取りで駆けていく。まだ懲りないのか。でもいいよ。七ちゃんは何度でも守ってみせる。来い!
ビュッ
「うがっ!?」
すると、突然昇君が上半身を後ろに反り返し、背中を床に打ち付けて倒れる。そのままぐったりと脱力し、寝息を立てながら深い眠りにつく。彼の額には矢のようなものが突き刺さっている。
「二人に手出しはさせないからな」
窓の外へ顔を向けると、弓を構えるスターがいた。あれは確か、標的を瞬時に眠らせる天界アイテムだ。七ちゃんがこの間教えてくれた。スターは説教をする親のように、意識を失った昇君に告げる。
「スター……ありがとう……」
「いいってことよ」
七ちゃんがかすれ声で礼を言う。
「あ、プリシラ! 大丈夫か?」
「スター、なんでここに……。ていうか、ここどこ? 私、今まで何して……」
「知らない方がいい」
倉庫でいつまでもたたずむプリシラの元へ、スターは駆け寄って手を引く。
その後、別行動で捜索していた教師達も倉庫で合流し、昇君は警察に通報され、連行されることとなった。未成年ではあるものの、相手の同意無しに性行為を強制したことにより、青少年保護育成条例違反の罪に問われた。
こうして、七ちゃんの救出劇は幕を閉じた。いや、まだ終わらせてはいけない劇が残っている。
「もうすぐ警察の方が到着します。悪いけど、七瀬さんには事情聴取を受けてもらいますね」
「え!?」
凛奈先生が冷静に告げる。ダメだ。それではいけない。僕達はのんびりと警察を待っている訳にはいかない。文化祭の劇の閉幕はすぐそこまで迫っているのだ。時間を確認すると、閉幕まで残り3分を切っていた。
「そんな! 今すぐ劇に戻らないと!」
「七瀬さんは怪我をしてるわ。無理は禁物よ。保健室で治療を受けながら待機しましょ」
凛奈先生は僕達が体育館に戻るのを阻止する。七ちゃんの頬の傷はかろうじて浅い。問題ないようにも見える。
しかし、傷付いているのは体だけではない。凛奈先生は七ちゃんの精神面を配慮し、警察が到着するまで保健室で休ませてあげることを提案してきた。それでも僕は納得できない。
「先生、それじゃダメなんです! クライマックスは僕と七ちゃんが出ないと!」
「星君、気持ちは分かる。でもね、七瀬さんはとても怖い目に遭ったの。このまま無理やり劇に出させるのは可哀想よ」
「そ、それは……」
「星君、私達には劇を完遂させるよりも、大事なことがあるんじゃないかしら。七瀬さんにこれ以上負担をかけさせるわけにはいかないでしょ?」
凛奈先生は僕の肩に手を乗せ、優しげな瞳で見つめる。大切な生徒を守りたいという心が現れている。この先生の誠心の前では、どんな言い訳をしようにも通用しない。
「……はい」
僕はやるせない気持ちを押し込んで受け入れた。そうだよね。七ちゃんは今肉体的にも精神的にも傷付けられている。そんな彼女に無理をさせようとしていたことに気付けないなんて、僕はなんて最低な男なのだろう。
やっぱり僕なんかが、七ちゃんを幸せにしてあげることなんか……
「……できます」
すると、段ボール箱に腰掛けていた七ちゃんが、静かに呟く。彼女の瞳は揺るぎない決心で輝いていた。
「先生、私はできます。もう大丈夫ですから」
「でも、七瀬さん……」
「確かに昇君が言ってた通り、私はひ弱な女子です。腕っぷしは強くありませんし、些細なことで落ち込んだり怖がったりする臆病者です」
七ちゃんは立ち上がり、ゆっくりと歩みを進める。さっきまで怯えていたのに、昇君の性的暴行を加えられて泣いていたのに、彼女は恐怖を震い払って、勇敢に立ち上がった。やっぱり七ちゃんは僕が憧れた強い女の子だ。
「でも、私は大丈夫です」
そして、彼女の足は、僕の前で止まる。
「だって、星君が一緒だから。星君が一緒なら、どんなことも乗り越えていける」
「七ちゃん……」
「先生、私は星君と一緒に劇に出ます。せっかくみんなで力を合わせて作り上げる文化祭、最後まで全力で取り組まないといけないんです。どうか……」
七ちゃんは凛奈先生に向けて頭を下げた。
「先生、僕からもお願いです。わがままを言ってごめんなさい! でも、七ちゃんと最高の思い出を作りたいんです!」
「私も、二人の晴れ舞台を見届けたいです! お願いします!」
「俺からも頼む! こいつらの頑張ってる姿、俺も応援したい!」
僕や美妃さん、スターも並んで頭を下げた。七ちゃん本人も自分は劇に出場できる万全の態勢だと言っている。決して無理をしているわけではない。それは彼女の真剣な瞳が物語っていた。
凛奈先生は静かに微笑んだ。
「……実行委員会に連絡しておきます。私達のクラスの演劇を延長させてほしいと」
「あ、ありがとうございます!」
「私達の演劇が最後の演目でよかったわね。でも、くれぐれも無茶はしないように」
「はい!」
僕達はあまりの嬉しさに、倉庫内で思い切り跳び跳ねた。真理亜さんや涼太君、早智さんも一緒に喜びを分かち合う。
「星君、よかったわね」
「うん! 絶対に成功させよう!」
よかった、本当によかった。この救出劇に力を貸してくれたみんなの期待を裏切るわけにはいかない。僕と七ちゃんは互いに見つめ合い、絶対に演劇を成功させることを誓った。
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