第48話「演技」



「あ~、やっぱり意外だよね。俺がこんなことするなんて。それもそうだ、ずっと優しくて人気者の男を演じてたんだから」

「演じてた……?」

「あぁ、さっきの君と同じさ。俺の人生は演劇会だ。それを続けていくうちに、いつの間にか素敵な観客が俺の前に現れてくれた」


 昇はゆっくりと歩み寄り、恐怖でおののく七瀬を見下ろす。


「それが……君、土屋七瀬ちゃんだよ」


 意味がわからない。昇君は今までに類を見ないような不気味な笑顔で、私をじっと見つめる。確かに彼は私に思いを寄せていたことがあった。でも、恋を諦めたはず……。


「あなた……私のこと……」

「だから言ったでしょ。演技してるって。最初から君への気持ちなんてないの。分かる?」

「どういうこと……」

「んもう、分かんない子だなぁ。始めから君のことなんか好きでも何でもなかったの。ただ星のことで思い悩んでたから、少し遊んでみたかっただけ」

「そんな……」


 私に向けてくれた優しさも、真剣に星君と戦っていた姿も、全て演技……。私は彼の演劇ごっこに踊らされていたのか。


「え~っと、プリシラ……だっけ? 彼女が俺に声をかけてくれて本当によかったよ。おかげで俺の人生は薔薇色だ」


 シュッ

 昇は右手の包帯を解き始めた。手の甲を向けながら、不気味な笑顔を絶やさず包帯を引っ張る。


「……!」


 そこには数字の「3」が刻まれていた。彼こそがプリシラに協力し、KANAEの能力を手に入れた人物だった。


 そうか……体育大会の借り物競争や○×クイズで、考えられない不可解な問題が出題されたのも、団対抗リレーで私がゴール直前に転倒したのも、全て昇君が能力を使って邪魔をしていたんだ。

 包帯を巻いていたのは怪我をしていたからじゃなくて、手に刻まれた数字を隠すため……。


「その女が7つ願いを叶える能力を使えるって言うから、まずは期末テストで全教科満点が取れるようにって願った。本当に叶ったから驚いたよ」


 昇君のクラスメイトの女子生徒が、そんなことを呟いていたのを思い出した。能力を使って自分の優位性を見せつけたのか。プリシラもとんでもない男と出会ってしまったものだ。


「それからプリシラを洗脳して、何でも言うことを聞く奴隷になるよう願った。死後の世界とか欲求傾向がどうのこうの言ってたけど、よく分かんないからどうでもいいや」


 能力を与えてしまったことを逆手に取られ、プリシラは洗脳されてしまったようだ。きっと能力のことや自分の素性も明かさないように命令されているのだろう。

 だから先程から様子がおかしいんだ。スターも彼女は以前とはまるで人が違うようになってしまったと言っていた。


「ついでにプリシラと一発ヤっちまったよ。俺って可愛い女の子を見つけると、ついついヤりたくなるんだよね」


 ヤった? それってつまり……性行為!? 昇君は彼女が何でも言うことを聞く奴隷だからといって、性行為を強要したのか。


「でも彼女はちょっといまいちだったなぁ。種族が違うからかな? まぁ、女の子とヤれるだけマシか」

「あなた……」


 恐怖の次に怒りが沸き上がってきた。昇君に汚されて、プリシラはさぞ地獄のような苦しみを味わわされたことだろう。洗脳されているから、その苦しみを自覚することすらできない。

 昇君は能力を好きに悪用し、のうのうと罪から逃れている。許せない……。


「それにしても、女って本当に馬鹿だよなぁ。ちょっとイケメンで優しい男を演じただけで、キャーキャーわめいて俺を慕ってくれるんだもん。可愛いからいいんだけど」

「昇君……」

「そんな天使みたいに愛くるしい子がびくびく怯えてたり、無理やり犯されてあんあん喘ぐ姿を眺めるのが楽しいんだよなぁ~♪」


 彼の軽々しい口振りからは、微塵も罪悪感が見受けられない。腹立だしいことこの上ない。

 今目の前にたたずむこの男は、普段の人気者な美青年の欠片も感じない。ひたすら己の性欲のために女を奴隷と化し人の純情を弄ぶ汚らわしい化け物だ。


 そんな素性を隠し通すことができたのも、人生を通して培ってきた演技力のおかげだろうか。


「許せない……」

「別に許してもらわなくても結構なんだけどね」

「ご主人様、1組の演劇の閉幕まで、残り約20分です」

「了解。それまで耐え忍ぶとしますか」


 プリシラが時刻を確認し、昇君に報告する。私を拉致したのは、やはり私のクラスの演劇の進行を妨害することが目的であるようだ。




「……なんで私なの?」

「ん?」


 しかし、理解できない。女を汚す性欲モンスターが、どうして私に執着するのだろうか。

 昇君は私に告白紛いの素振りを見せた。もちろんそれは、今思えばその場限りの気晴らしのための演技だった。でも、一切の恋愛感情を抱いていない相手を、なぜわざわざ選んで拉致したのだろうか。


「私、みんなが言うほど可愛くないし、他にも可愛い子はたくさんいるでしょ。なんで私を選んだの?」

「いや、君は可愛いと俺は思うよ。だからと言って、彼女にしたいほど好きってわけではないけど」

「じゃあなんで……」


 昇君は視線を反らし、スッと手を伸ばした。




 そして、私のスカートからそそり出る白い素足を愛でるように撫でた。


「決まってるだろ。君の体がエロいからだよ」

「……!?」




   * * * * * * *




「クソッ、七瀬はどこだ!」


 スターは頭を抱えてじたばた走り回る。先程星のスマフォに連絡があり、演劇は変身したウィルとラルカが相手を思い人だと知らず、心を通わせる場面に移行したという。


 クライマックスまで残り15分と言ったところだろう。教師陣の捜索も行っているが、閉幕までの発見は望めない。真理亜も頭を悩ませる。


「何か手がかりはないの……」


 果たして、どうすれば七瀬を見つけることができるのだろうか。






「おや、布施さん」


 すると、2組の変態男子の涼太がやって来た。2組の教室はだいぶ片付いたようだ。


「それ僕の盗聴器じゃん」

「え、これ涼太君のものなの?」

「うん、女子トイレとかシャワー室に仕掛ける用のね」

「最低……」


 美妃が汚物を見るような視線を浴びせる。真理亜が使っていた盗聴器は、涼太が普段から女子生徒のプライベートな会話を録音するための私物だった。

 彼はこのような機械をいくつも保持しており、数多の変態行為に使用している。真理亜は彼から道具を借りていたようだ。


「でもすごいんだよこれ。雑音を自動で消してくれる音声調整機能付きだし、GPS搭載で回収もしやすいし」

「GPS!?」


 星が涼太に勢いよく顔を寄せる。GPSという言葉に強く反応する。


「う、うん……小型発信器にもなってるから、どこかに行っちゃってもすぐに見つけられるよ」

「ねぇ真理亜ちゃん! あの盗聴器って今も七ちゃんの髪留めに付いてるよね!?」


 星は確信を持って真理亜に問い掛ける。


「え、えぇ……」

「だったら、盗聴器の信号をキャッチすれば、それで七ちゃんの居場所がわかる!」

『あっ!』


 涼太のおかげで、星は突破口を見つけ出した。星の言葉を聞き、真理亜は学校鞄からモニター付きスピーカーを取り出し、急いで起動させる。これも涼太が変態行為に使うアイテムだ。


 モニターには学校の見取り図が表示され、とある一室に赤い点が示された。発信器及び盗聴器の場所だ。つまり、七瀬の現在地だ。


「ここだ! 2階の……一番奥の西側の倉庫!」

「南校舎2階の第3倉庫ね。今まで使ったことないけど」

「人気のないところに監禁してるってことか」

「行こう!」


 涼太のアイテムが思わぬ形で役に立った。星はすぐさま駆け出し、階段を降りていく。




“待ってて……七ちゃん!”




   * * * * * * *




「い……嫌!」

「もう……大人しくしなよ。いくら人気のない倉庫だからって、そんなに暴れたら気付かれちゃうかもしれないでしょ」


 私は必死に抵抗するけど、手足を拘束されている上に、昇君が押さえ込んで上手く動けない。彼は格好の餌にありつく獣のように、舌を舐め回しながら私を見下ろす。


「……あっ!」


 抵抗の途中で思い出した。そうだ、私にもKANAEの能力がある。真理亜から奪い返した時、右手首に刻まれた数字は1だった。残り1回、上手く使って昇の脅威から逃れよう。


「のぼr……ん!? んん!」

「させないよ」


 しかし、願いを言い終える前に、昇君に片手で口を塞がれてしまった。願いは声に出して言わなければ叶わない。

 すぐさま抵抗を再開するけど、当然ながら屈強な男の体を前にしては、か弱い女の力では為す術なくねじ伏せられる。


「これ以上叫ばれたら面倒だな……プリシラ」

「はい」


 ビリッ

 昇君はプリシラからガムテープを受け取った。一枚引きちぎり、私の口にべったりと貼り付ける。それでも私はひたすら叫ぶが、声が言葉になることはない。


「んー! んん! んんんー!!!」


 ガムテープで声が籠ってしまい、威勢のいい叫びにはならない。昇君は無駄な抵抗を続ける私に、芸術品を眺めるような目を向ける。


「あぁ~、これこれ。こういうのを見たかったんだよ。その叫び声、たまんねぇ~。あぁ興奮する。もっと聞かせてよ」

「ん! んんー!」

「うわっ、エロ! やっぱり君は他の女の子と違って色気だけは完璧だね。俺の目に狂いはなかったみたいだ。うわぁ~、早く犯してぇ~」


 喉に限界を感じ、叫ぶことができなくなった。ガムテープの僅かな隙間から、酸素を吸引する。死に際の雛鳥のような弱々しい息の音が、更に昇君を欲情させる。


「……」

「何? その目」


 口が役に立たなくなると、唯一できる抵抗は目力だ。恐怖を無理やり取っ払い、心の土台を怒りで固める。女を食い物にする醜い怪物を、私は渾身の限りを尽くして睨み付ける。




 バシッ

 すると、昇君は私の頬を勢いよく平手打ちした。体ごと吹っ飛び、山積みの段ボール箱に打ち付けられる。彼の暴力性を象徴するように、ドサドサと荷物が散乱していく。頬も全身もものすごく痛い。


「こっちはびくびく怖がる様を見たいの。冷静になられちゃ困るんだけど。まさか俺に勝てると思ってる? 女のくせに何ができるって言うんだよ」

「……」


 微かにぼやけた視界が、崩れた段ボール箱の隣に転がるメガネを捉える。叩かれた勢いでメガネが飛んでいってしまったらしい。拾いたくても、手足を動かせない。動かせたとしても、力が入らない。


「君達女の子はね、素直に男に従えばいいの。弱々しいくせに体つきは卑猥なんだから、抵抗せずに腰振ってろよ」


 彼の罵倒が続く度に、私の抵抗力は弱まっていく。あまりに軽々しく放たれた小さな言葉だったけど、この世の全ての女性を中傷するに十分だった。


 なんで私、こんな男に騙されたんだろう……。


「セックスするしか取り柄がねぇんだから、俺達男の言うことを聞いてりゃいいんだよ!!!」

「んん……」


 昇君の怒りのこもった罵声により、心の土台はあっという間に崩れ去る。残骸の山に残ったのは、男という生物に対する恐怖だけだ。


「んんん……」


 いつの間にか口元のガムテープは湿っていた。何の抵抗も敵わず、無力な女として生まれた自分に絶望した。


 私だって………好きに女として生まれたわけじゃない。貧弱で非力な生物に望んで成り下がったわけじゃないわよ。

 でも、性差を生む理不尽な時の流れには逆らえない。男は大きくなるに連れて力を手に入れ、逆に女は力を失う。


 私は弱い女である自分が、本当に嫌いだ。


「そうそう。君は女なんだから、そうやってメソメソして怯えればいいの。男に勝てるわけないんだしさ」


 彼の言う通りだ。女である私は、男である彼に勝てない。このまま何の抵抗も叶わずに、こんな最低なクズ男に食い物にされてしまうのか。


「へへっ、もう諦めなよ」


 昇君の気持ち悪い笑顔が近付いてくる。恐怖と苦痛で動けない。やめて。来ないで。嫌だ。怖い。


「んん……」


 誰か……助けて……。


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