第47話「悪魔の正体」



 他のクラスメイトは他の場所を探してもらい、星と美妃、スターは2組の教室にやって来た。2組の生徒達はメイド喫茶で使ったテーブルや椅子を畳んでいる。中には真理亜の姿もあった。


「ねぇ、真理亜ちゃん、今いい?」

「ほ、星君!? 急に来てどうしたの? 申し訳ないけど、お店は終わりだよ」


 声のトーンが格段に上がっている真理亜。七瀬との態度の差が明らかだ。


「あ、ううん、そうじゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあってね」

「さっき、七瀬ちゃんが誘拐されたの。この学校の誰かに」

「はぁ? 誘拐?」


 美妃が会話に入った途端、真理亜の声色が急変する。せっかく星と話していたのに、邪魔をされてとても不機嫌そうだ。もはや星の前といえど、女子生徒がいるだけで気にせずに本性をさらけ出している。


「何か知ってることない?」

「知るわけないでしょ。七瀬のことなんかどうでもいいし」

「七瀬ちゃんのことを悪く言わないで!」

「うっさいわね! この根暗女!」

「二人共落ち着いて!」


 言い争いが更に激化する前に、星が間に入って二人をなだめる。やはり真理亜は星や他の男子生徒には温厚であるが、女子生徒には当たりが強い。


「真理亜、お前一回七瀬からKANAEの能力奪ったよな? 能力を使ったことのあるお前なら、俺達の天界アイテムのことは詳しいはずだ」


 今度はスターが探りを入れてきた。真理亜は一度KANAEの能力を使い、星の恋心を無理やり自分に向けさせた事実がある。今回の犯行も、真理亜が仕組んだものだと疑っているようだ。


「はぁ? 何言ってんの? 意味わかんないんだけど」

「ねぇ真理亜ちゃん、本当に知ってることはない?」


 星が改めて落ち着いて尋ねる。星の優しい声を聞いて、真理亜も心を落ち着かせる。彼女は知られたくなかった秘密を明かすように、渋々と口を開く。


「天使のアイテムとかとは関係ないけど、実は……」


 真理亜はスカートのポケットから、あるものを取り出す彼女の手のひらに乗っていたのは、小型の機械だ。


「これ、盗聴器。これで七瀬のこと盗聴してた。何か弱みを握れるんじゃないかって。あいつの髪留めに仕掛けてたの」

「盗聴器……髪留め……あっ!」


 真理亜が見せた盗聴器を見て、星は納得した。文化祭が始まる前、恵美が疑問に思っていたことが解決した。

 真理亜が七瀬のクラスの演劇の題目を知っていたのは、七瀬の髪留めに仕掛けた盗聴器を介してこちらの会話を聞いていたからだ。演劇の最初の七瀬と星の場面も、盗聴器で音声だけを聞いたらしい。


「あいつの髪留めを取って仕掛けたの……夏休み前に……」


 夏休み前の体育大会の特訓で忙しかった日、嫌がらせで七瀬の髪留めを奪ったあの時に、真理亜は密かに盗聴器を仕掛けていた。七瀬は毎日同じ髪留めを付けていたため、KANAEの能力の存在や使い方まで筒抜けだった。


「なんでそんなこと……」




「星君なら、わかるでしょ……」


 突然真理亜は涙を流し始めた。


「私だって、星君のこと……大好きなんだよ……」


 真理亜は嗚咽と共に思いを漏らす。普段から男をたぶらかし、思い通りにさせる悪女だった真理亜。しかし、彼女も女性であることに変わりはない。純粋な恋心を抱くこともあるのだ。その相手が星だった。


「好きな人をどうしても渡したくなかった……いつも星君の隣にいる七瀬が羨ましくて、妬ましくて仕方なかったの……」


 常に自信家であった彼女だが、今の姿からは普段の横暴さが見られなかった。星の目には、純粋に恋に悩み苦しむ一人の少女に見えた。彼女は自身のプライドや感情を抑えられず、過度な犯行に至ってしまったのだ。


「……ごめん、真理亜ちゃん。僕は君のことを恋愛対象として見ることはできない」


 相手の心を傷付けてしまうと理解しつつ、星は勇気を出して本音を口にした。

 自分のことを好いてくれるのは嬉しい。しかし、既に星は七瀬以外の女子を好きになることはできなかった。真理亜は涙を拭い、愛しの星に笑ってみせた。


「うん……はっきり言ってもらえてよかった。ごめん、星君」

「うん、僕のこそごめん。でも、勇気を出して言ってくれてありがとう。もし君がよければ、これからも友達として仲良くしてね」


 星は握手しながら、真理亜を起こす。真理亜も薄々気付いていたのかもしれない。これ以上アプローチをしても、星の心がこちらに傾くことはない。星の心は、いつだって七瀬の方を向いている。


 ならば、この自分の叶わない思いを、七瀬に託そう。真理亜はようやく自身の恋に決着を付けることができた。


「真理亜ちゃんは黙ってれば可愛いんだから、普段からぶりっこ気取るのやめた方がいいよ~」

「う、うるさいわね!///」


 真理亜に心を許した美妃も、調子に乗って真理亜をからかう。美妃の一言で、真理亜の涙腺は完全に枯れてしまった。


「で、でも、このまま気まずいのも嫌だし、仕方ないから……その……あんたや七瀬とも仲良くしてあげるわよ!」

「真理亜ちゃん、そういうとこだよ……」

「人間ってよくわかんねぇなぁ」


 スターが首をかしげながらも、満更でもない笑顔で星達を見つめる。まだ高飛車な性格は原型を留めてはいるが、真理亜がこれ以上誰かを貶めることもないだろう。星達は彼女との明るい未来を期待した。




 しかし、まだ問題は終わっていない。


「真理亜ちゃん、七ちゃんの居場所を教えて。七ちゃんがいないと、僕達は演劇を完遂できないんだ」

「お願い! 真理亜ちゃん!」

「七瀬はどこだ!」


 1組は七瀬の失踪で混乱している。流石に七瀬を拉致するという妨害は達が悪い。

 今も演劇は続いている。一刻も早く七瀬を取り戻し、クライマックスまでに舞台に戻らなければいけない。星達は真理亜に迫り、七瀬の居場所を尋ねた。






「待って。私知らないわよ」


 真理亜は首をかしげた。


「え? どういうこと?」

「どういうことも何も、七瀬がどこにいるかなんて知らないってば」

「君がプリシラに命令して七ちゃんを拉致したんじゃないの?」

「プリシラ? 誰それ。私、あいつに盗聴器を仕掛けただけよ。拉致なんてしてない」


 星達も首をかしげた。真理亜が盗聴器の件を明かしたことにより、七瀬を拉致した人物は彼女だと思い込んでいた。しかし、彼女は七瀬が拉致されたことには関わっていないらしい。彼女の戸惑う姿からして明白だった。


「え?」

「じゃあ……」

「誰が……」




 星達は姿の見えない黒幕に困惑した。




   * * * * * * *




「んん……」


 私はぼやける景色の中を必死に泳いだ。その甲斐あって、目の前に広がるベージュ色の靄が、積み上げられた段ボール箱であることを理解した。その輪郭から波紋が広がるように、朧気だった世界が形を取り戻していく。


「ここ……は……」


 気が付くと、私は倉庫のような圧迫感のある部屋に横になっていた。授業で使う教室の半分ほどの広さで、数多くの荷物で溢れ返っている。おまけに電気も点いていないため、居心地の悪さだけが折り紙付きだ。


「どこよここ……」


 荷物がたくさん積み上げられているから、どこかの倉庫のように見える。確か私はトイレに行った星君を追いかけて、突然後ろから誰かに眠らされて……。どうやら眠っている間にここに運ばれてしまったらしい。


 とりあえず私は体を起こし、視界を正常に傾ける。


「え?」


 そこで腕が背中に回され、関節部分が硬いロープで拘束されていることに気付いた。脚も同じく拘束されていて、開くことも立って歩くこともできない。上半身を起こすだけで精一杯だ。


「何これ……」




「ご主人様が戻られるまでお静かに願います」

「わっ!?」


 その声が聞こえるまで、まるで気配を感じなかった。積み上げられた段ボールの山に並んで、天使の格好をした女の子が立っていた。瞬時にスターの同期の天使であるプリシラだと認識した。


「あなた……もしかしてプリシラ?」

「ご主人様が戻られるまでお静かに願います」


 先程の言葉と一言一句同じだ。まるで機械のような感情のない声質。しかし、瞳の輝き、肌や羽の質感、微かに聞こえる鼻や口の息は、生物の命を思わせる。彼女こそプリシラで間違いないと、頭の中で結論付けた。


「ねぇ、あなたでしょ? 私を眠らせてここに連れてきたの。なんでこんなことをするの?」

「ご主人様が戻られるまでお静かに願います」

「ご主人様って誰なの?」

「ご主人様が戻られるまでお静かに願います」


 答えてくれる様子が全くない。彼女はそういう性格なのかな。だとしたら不気味過ぎる。

 彼女の言うご主人様とは、一体誰なのか。彼女もスターと同じく人間の欲求傾向の調査に来ているのであれば、実験のために協力している人間がいるはず。ご主人様とはその人物のことを言ってるのかな。


 私は得体の知れない恐怖にがんじがらめになった。


「ご主人様って一体……」




 ガラッ

 倉庫の扉が開き、何者かが入ってきた。




「……え?」

「どうも~、ご主人様で~す」


 その人物は非常に陽気で浮わついた声で話す。その声は違和感があるが、七瀬にはどこか聞き覚えのあるものだった。


 その正体は……






「昇……君……?」

「あぁ、そうさ。俺だよ、君を拉致ったのは」


 2年2組の男子生徒、平居昇君だった。


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