第45話「開幕」



「ん~、文化祭だなんて、人間もなかなか面白ぇこと考えんじゃん」

「スター君、食べ過ぎじゃない?」


 ちゃっかり七瀬の母親の成海と共に、学校中の屋台を巡っていたスター。人間の考えた催し物を全文に楽しむ。両手にホットドッグとフライドポテトを抱えて食べ歩く。成海はだんだん厚みが無くなっていく財布を眺め、気分が沈んでいく。


「ん? あれは……プリシラ!」


 すると、中庭でプリシラの姿を見つけた。彼女も来ていたようだ。多くの生徒や教師がコスプレをしているが、やはりスターやプリシラの天使姿はかなり目立つ。


「ようプリシラ! 一緒に回ろうぜ!」


 スターはプリシラの肩を掴んで声をかけた。


「失礼ですが、ご主人様の命令以外は従いません」

「……はい?」


 しかし、プリシラは振り向いた直後、思わぬ台詞を口にした。


「お前、本当にどうしたんだ? 体育大会の時もそうだったけど、様子がおかしいぞ?」

「今回はご主人様の様子を確認に伺っただけであり、あなた方と時間を共にする余裕はありません。話しかけないでいただきたいです」


 そう言って、プリシラは去っていった。想像以上に冷たくあしらわれてしまった。


「プリシラ……」


 スターの疑念は更に深くなっていく。欲求傾向の調査を始めてから、天界にいた頃とは態度も言葉遣いもまるで違う。ご主人様という言葉も気になる。


「……」


 天界の住人であるスターも、未だに気付くことができなかった。文化祭の影でとてつもなく恐ろしい人間の欲望が牙を剥こうとしていることに。




   * * * * * * *




 十分満足した。楽しんだ後は、己との戦いの時間だ。私達はいよいよ体育館へ足を踏み入れた。教室内で何度もリハーサルをしたし、台詞は完璧に覚えた。私はできる。私達はできる。


「……」


 幕の隙間から外を覗くと、龍生先輩や瞳先輩、三神先生、天童校長先生、その他先生方、お父さん、お母さんなど、多くの観客が席に座っていた。

 2組の生徒達は劇と自分の店が被ってしまったけど、すぐに店を閉める時間になるため、遅れて見に行ける。この場にいない人達も含め、みんなは、私達2年1組の本気を期待している。前代未聞の2年生の演劇だ。


 みんなが私達の劇を待ち望んでいる……。


「次は最後の演目となります。2年1組の演劇『かくれんぼ』です」


 実行委員のアナウンスが体育館内に響き渡る。私や星君は手作りの特別な衣装を纏う。照明や小道具などの裏方担当の子も、例の北斗七星を描いたクラスTシャツを着用する。


 私達1組は私と星君を中心に、舞台袖円陣を組んで気合いを入れる。


「いよいよね……」

「みんな、今までよく頑張ってきた。俺達はできる限りのことはやった。あとは全力を尽くすだけだ」

「自分達の積み上げてきた努力の成果を発揮しましょう。そして何より楽しむのよ」

「うん! 最高の思い出を作ろう!」


『オォォォォォォォォォォ!!!』


 そして、私達の演劇『かくれんぼ』が始まった。






『1813年、ここは豊かな国、インテレシア王国。農家に生まれた少女ラルカと、両親がレストランを営んでいる少年のウィル。二人は幼少期の頃からの幼なじみで、密かに愛し合っていました……』


 美妃の淡々としたナレーションに合わせ、ラルカ役の私とウィル役の星君は、質素な衣装を纏ってゆっくりとステージ中央へと歩く。

 美妃……衣装作りだけじゃなくてナレーションまで率先して引き受けるなんて、積極的になったわね。かつての引っ込み思案な頃から、見違えるように成長してるわ。


 私と星君は中央で腰を下ろし、顔を上げる。最初は星夜祭の夜でラルカとウィルが野原に座り、星空を眺めるシーンだ。手作りの巨大な星空プレートが上から吊るされる。


「いつ見ても北斗七星は綺麗ね」

「知ってる? 北斗七星ってね、おおぐま座の背中と尾の部分なんだよ」


 視界に映る星や星座にまつわる話、何気ない日常生活の話、共に積み重ねてきた思い出の話など、ウィルとラルカは二人だけの語らいに心を預ける。

 同じく幼少期から共に時間を過ごしており、密かに両思いである私と星君だからこそできる名演技だ。


「あの二人、練習の時より上手いな……」

「流石幼なじみパワー……」


 舞台袖からカズ君と恵美の呟きが聞こえる。私と星君の二人だからこそ醸し出す独特の空気が、観客を微笑ましい気持ちへと誘う。うっかり見惚れていた恵美は、すぐにミッドナイト役の生徒に指示を出す。


『そして、ウィルは密かに誓うのでした。来年の星夜祭に指輪を贈り、ラルカに告白しようと。しかし、二人の間にとてつもなく大きな壁が立ちふさがってしまうなど、この時の二人は予想だにしませんでした……』


 不穏な内容のナレーションに続き、赤黒い証明が私達を照らす。舞台袖からぞろぞろと現れたのは、謎の組織『ミッドナイト』の凶悪な魔女や魔法使い(の衣装を着たクラスメイト)だ。

 星空を模していたプレートは、すぐさま国民が強力な魔法で苦しめられる地獄絵図を映すスクリーンに切り替わる。


「あら幸せそう。ラブラブなカップルを見てると、祝福を送りたくなるのよねぇ~」

「やめろ! ラルカに手を出すな!」


 真っ黒なドレスを纏った魔女が、ニタニタと不敵な笑みを浮かべながら私達に近づく。ウィル役の星君はラルカ役の私を背中に隠す。彼の背中はとても大きい。


「お前達……許さない!」


 ミッドナイトは全国各地で魔法による破壊活動を行っている。星君は憎しみを抱くウィルになりきり、迫真の演技を見せる。


「別に許してもらわなくて結構よ」


 魔女は杖から電撃を放つ。その電撃は私達を包み込む。青白い照明に照らされ、私達は胸を掴んで苦しむ。魔法で攻撃を受けてしまった。私達の姿を全く別の人間へと変えてしまう魔法だ。


「うっ……な、何を……」

「その魔法は特別でね。時間が経つに連れて忘れていくのよ。魔法を解くには、何物にも負けない屈強な愛を手にすること」

「忘れる……愛……? うぅぅ……」


 私達は意識を手放し、床に伏せる。ステージの照明が消え、暗闇に飲み込まれる。




「……ふぅ、緊張したぁ」

「ナイス演技よ、七瀬、宮原君」


 舞台袖に戻ってきた私と星君。恵美からタオルを受け取り、私は額から垂れる汗を拭き取る。私達の残りの出番はクライマックスだけだし、待つ間はクラスTシャツに着替えようかな。


「じゃ、行ってくる」

「うん。頑張って」


 後は変身したウィル役のカズ君と、変身したラルカ役の恵美の出番がほとんどだ。二人は所定の位置に歩いていき、照明が点いて次の場面が始まる。



 私は何となく舞台袖の奥で談笑する女子生徒の会話に耳を傾ける。


「次の場面までに昇君見に来てくれるかな~?」

「来てほしいよね~。でも緊張しちゃって台詞忘れちゃいそう」


 ふと、舞台袖の奥で談笑する女子生徒の会話が聞こえた。昇君の話題だ。私は何となく耳を傾ける。やっぱりクラスメイトの中にも、昇君のことを好いている生徒は多いみたい。


「そういえば、七瀬ちゃんって昇君に告白されたことあるんだっけ?」

「え、あ……その……」


 突然話題がこちらまで飛んで来て、口を休めていた私は戸惑う。告白されたことがあるのは、一応事実だ。結局私が星君の気持ちに応えることにしたから、昇君は私との恋路を諦めた。


 何度思い返しても申し訳ないことをしてしまったなぁ……。


「ま、まぁね……でも色々あって、彼の方が諦めた感じになったけど」

「え~、残念! でも仕方ないかぁ」

「じゃあ今、昇君はフリーってことだよね? どうしよ~。私狙っちゃおうかな~」

「ほぼ学校の女子生徒全員ライバルみたいなものだよね。でもイケメンだし、付き合いたいなぁ~」


 昇君のことはともかく、私は星君のことを考えなくては。彼はいつになったら告白してくれるんだろう。楽しみでもあり、不安でもある。




 離れたスペースで休んでいたけど、何かすごく気になる会話が耳に飛び込んできたよ。話の内容は上手く聞こえなかったけど、昇君の名前はなぜか拾うことができた。七ちゃんが女の子達と昇君のことについて話している。


「……」


 やはり昇君のような男子は、たくさんの女子の注目の的だ。七ちゃんにも好評価を言わしめるほどなんだから。気のせいかな。昇君のことについて話す七ちゃんの顔が、ほんのりと赤く染まっているように見える。


 同時に七ちゃんもまた、美しく魅力的な女性だ。昇君も彼女に惹かれた事実がある。彼が手を引いたのはいいものの、七ちゃんのような有料物件を今後も他の男子が目を付けないはずがない。

 体育大会で勇姿を見せたこともあって、七ちゃんはかなり男子生徒の中で名が通っていることだろう。


「はぁ……」


 僕、本当に七ちゃんにふさわしい男なのかな……。


 いけない、またそんなこと思っちゃったよ。僕の七ちゃんへの思いは本気だ。七ちゃんだって僕のことを愛してくれているのは分かってる。なのに、どうしてまだこんな後ろ向きなことを考えちゃうんだろう。


 やっぱり、未だに思いを伝えられない僕には、七ちゃんを幸せにすることなんか……


「宮原、どうした?」


 近くにいた男子生徒が、思い悩む僕に気付いて声をかける。僕は我に返って返事をする。


「え? ううん、何でもないよ! あ、先生、ちょっとトイレ行ってきます!」


 僕は凛奈先生に伝え、舞台袖の階段を下りる。ステージの隅にある出口から出ていく。


「あ、はい。すぐ戻ってきてくださいね。気を付けて」




 私は外へ出ていく星君の背中を眺める。彼がどんな顔をしているのか、背を向けていたのに何となくわかってしまう。


「先生、私も行きます」 


 私は立ち上がり、星君の後を追いかけるように出口へと走った。何か嫌な予感がするのだ。


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