第44話「文化祭」



「ラルカ、この日をずっと待っていた。もう離ればなれにはさせないよ。僕が君を守るから。これからも、僕のそばにいてくれ」

「ウィル、ありがとう……私、ウィルのこと大好き! これからもずっと……ずっと一緒だよ!」

『おぉぉ~!!!』


 七瀬と星の迫真の演技に、クラスメイトは歓声を上げる。文化祭前の最後の練習で、二人は見違えるほどの演技力を見せつけた。先日のおぼつかない姿とはまるで別人のようだ。


「どうしたお前ら……めっちゃなりきってんじゃん」

「短時間でよくここまで上手くなったわね」

「えへへ……七ちゃんと僕にかかれば、こんなものだよ!」


 星は鼻を高くしながら胸を張る。美妃が製作した紳士的な衣装と相反し、どこまでも子供らしい彼の中身に七瀬は呆れる。演技に苦戦していたことを七瀬は知っている。


 しかし、彼がいきいきとした姿に、七瀬は幾度となく元気をもらってきた。


「……」


 対して、星は澄まし顔の七瀬を横目で眺める。正確には、七瀬の長髪のハーフアップを形作る髪留めを眺める。二ヶ月前、星がプレゼントしたピンクの水玉模様が施されたリボン型の髪留めだ。

 当時は渋々受け取ってもらえたという印象だったが、七瀬はあれから毎日付けてくれている。星はそんな彼女のさりげない優しさが好きだ。


「七ちゃん……///」


 彼女の後頭部で輝くリボンが、魅力的な姿を際立たせている。彼女は星にとって世界一可愛い最高の女の子だ。その事実が変わることはない。


 そして、そんな彼女を男として守ってやりたいという決意も揺るがない。彼女への愛は演技とは違う。まごうことなき本心だ。


「……」


 星はついに決心を固めた。文化祭で七瀬に思いを伝えようと。








 遂に迎えた文化祭当日、空は体育大会と同様に満天の快晴だった。葉野高校文化祭は予想以上の盛り上がりを見せた。


「おぉ……スゲェ……」


 保護者会の焼きそば、かき氷、フランクフルト、クレープ等の屋台や、ボードゲーム、迷路、輪投げ、お化け屋敷、漫才、写真や絵画の展示会、バンド演奏など、数多くのクラスの出し物で人が賑わっていた。七瀬達は屋台の甘い香りに誘われる。


「祭りだ祭りだ~!」

「文化祭のこの感じ、すごくいいよね!」


 現在体育館では三年生の演劇が行われている。七瀬のクラスの順番は最後に割り振られている。まずは出し物を自由に見て回ることにした。




 そして、やはり一番の盛り上がりを見せていたのは、あのクラスだった。


「みんなぁ~! 今日は真理亜のために来てくれてありがと~♪」

「真理亜ちゃんのためならたとえ火の中水の中だよ!!!」

「嬉しい♪ 精一杯ご奉仕するね! ご主人様💕」

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 メイド服姿の真理亜に、来客の男子生徒達は撒き餌を与えられた小魚のように群がる。鼻の下を伸ばしながら席へと案内される姿を、周りの女子生徒は軽蔑の視線で見送る。


 2年2組のメイド&執事喫茶には多くの客が訪れていた。


「あ、星君! 待ってたよ♪」

「真理亜さん……君、本当に懲りないね……」


 星の姿を捉えた真理亜が、猛スピードで七瀬達の座るテーブルへと飛んできた。真理亜はいつものように星に色気を使い、星は戸惑う。七瀬に対する対抗心は相変わらず続いていた。

 しかし、確かに彼女のメイド服姿は美しかった。袖にフリルが付いた黒い半袖ワンピースに、純白のエプロンとメイドカチューシャ。見事なメイド姿だ。


「星君、似合ってる?」

「まぁ……うん。似合ってるよ」

「やったぁ💕」


 顔立ちのよさは申し分ない真理亜の魅力を、衣装は更に引き立たせていた。星も一応彼女の美しさを認めている。しかし、だからといって、星をたぶらかすのを七瀬は見過ごせない。


「真理亜……あのねぇ……」




『キャァァァァァァァァァ!!!』


 真理亜を注意しようとした七瀬の声は、入り口付近から飛んできた女子生徒の黄色い声にかき消された。そう、2組にはもう一人異常なほどの人気を誇る人間が在籍している。


「お帰りなさいませ、お嬢様。お席までご案内致します。こちらへどうぞ」


 昇が紳士的な風格を醸し出し、女子生徒達の心を容易く掴む。肩幅の広い黒ジャケットに胸元に見える白シャツ、縞模様のネクタイ、白い手袋。

 平凡な男性が着ても意味のない代物も、彼が着用することで驚くほどの端麗な執事の姿を作り出していた。


「あぁぁ……昇君カッコいい……」

「はい! 一緒に行きましょう! どこまでも!」

「ほんとイケメンすぎる……ヤバい……」

「あとで一緒に写真撮って! ついでに結婚して!!!」


 女性客は誰もが昇を求めて入店する。昇が接客を始めて数分、彼の癒しを求めた女子生徒で満席状態だ。昇は自慢のイケメンフェイス&ボイスで、女性客をどんどん虜にしていく。


「くっそ……昇の野郎め……」

「イケメンずりぃよな」

「これほど人気が無ねぇと恥ずかしいんだが」

「なんで俺は執事じゃなくてメイドなんだよ……」


 もはやその他の執事姿の男子生徒は棒立ち状態だ。完全に昇に人気を奪われて地団駄を踏む。ちなみに男子生徒の一部には、メイド服を着せられ、強制的に女装をさせられている者もいるようだ。


「浅野先生、何でも注文してくださいね! あ、よかったら先生もメイド服着てみません? ぜひぜひ♪」

「あ、いや、私は……その……」


 教室の端のテーブルで、いつものように三神が凛奈をナンパしていた。体育大会で辱しめを受けたにも関わらず、反省の様子が見られない。もはや吹っ切れたのだろうか。

 店内は常に昇を求める女性客の黄色い声で溢れ返る。もはやメイドより執事が需要のメインとなっているが、ちぐはぐな状況ながらも店は大反響を呼んでいた。


「みんな楽しそうだね」

「そうね……」






「来てくれてありがとう」

「うん。昇君、カッコよかったよ」


 十分に食事を堪能し、星と七瀬は店を出る。最後まで昇の接客は紳士的で、七瀬も思わず惚れ直しそうになってしまった。心の中で自分の本命は星だと言い聞かせる。


「七瀬ちゃんのクラスの劇、楽しみにしてるよ。店の片付けと時間被るから遅れるかもだけど、終わったら見に行くからね」

「ありがとう」


 昇は七瀬と星に爽やかな笑顔を向ける。七瀬は彼の恋心に応えることができなかった罪悪感が残っているが、それでも変わらず仲良く接してくれる彼の優しさに感謝した。






「三年の劇凄かったわ」

「あぁ、あのクオリティはヤバいな。俺達も負けてられないぜ」

「だね。頑張らないと!」


 星と七瀬は体育館に行っていた和仁と恵美、美妃と合流する。先輩の見事な演技を見せ付けられ、プレッシャーが高まる。


「まだ時間あるし、お化け屋敷でも寄ってくか♪」


 和仁が立ち止まって指を差す。丁度隣には理科室と準備室を舞台にしたお化け屋敷が佇んでいた。

 窓には血の手形が塗られ、真っ黒の入り口の扉の上に、『お化け屋敷』と書かれたおどろおどろしいフォントの看板が立っている。


「へぇ~、いいわね」


 噂によればかなり恐ろしいクオリティらしい。七瀬達は好奇心で入ってみることにした。


「えっ……」


 しかし、星だけが足がすくんで動けないでいた。彼はお化けの類が大の苦手だ。小学生の頃に七瀬の特訓を受けた際、遊園地のお化け屋敷がトラウマとなり、以降幽霊や怪物の恐怖が収まらない。


 かつてのひ弱な泣き虫から一変、男らしく強く成長できた星だが、お化けだけは唯一克服できずに高校生となった。


「無理無理無理! お化け怖いもん!!!」


 普段の頼もしい姿が消え、頭を抱えて怯える星。七瀬も情けないとは思いつつも、可愛らしくて思わずクスッと笑ってしまう。和仁が星の肩に手を添えて語りかける。


「大丈夫大丈夫。所詮文化祭の催し物だぜ? 脅かし方なんてたかが知れ……」




『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ』


 次の瞬間、中から悲壮な叫び声が聞こえ、出口から客が逃げるように飛び出してきた。


「……」


 星は出口で待つことになった。






「ひぇぇぇ……寒い……」

「かなり本格的ね」

「文化祭でこのクオリティは凄いわね」

「やべっ、鳥肌立ってきた」


 萎縮しながらゆっくりと屋敷内を進む四人。お化け屋敷はプロジェクションマッピングや最新の音響効果などが使用され、かなり本格的な造りをしていた。四人は弱腰になってしまう。


「昇きゅゅゅゅゅゅゅん!!!」

『うわぁぁぁぁ!?』


 すると、突然ロッカーの中から白い塊が飛び出してきた。壮大に脅かしてきたお化けに驚き、悲鳴を上げる一同。


「え? 早智!?」

「おや? 誰かと思えば七瀬ちゃん達じゃん」


 脅かしてきたお化けは、2組の女子生徒の早智だった。なぜここにいるのだろうか。


「なんであんたがここにいんの? メイドやんなくていいの?」

「今休憩時間だから」


 お化け屋敷をやるクラスの生徒が、彼女のおぞましさに目を付けて助っ人を依頼したようだ。おかげでお化け屋敷は客の悲鳴が止まらないほどの盛り上がりを見せた。


「昇君もお化け屋敷気になるって言ってたし、もしかしたら会えるかもって思ってね。ここで人を脅かしながらずっと待ってるの。あぁ……昇きゅん……あわよくば愛しのあなたの唇に、私の唇をぶちゅ~っと重ねてぇ……うへへへ……うふぇふぇふぇ……ハァ……ハァ……///」


 彼女は相変わらず脳内が昇で侵食されていた。よだれを垂らしながら何度も「昇君昇君……」と呟く。隙あらばキスをしようと思っているらしい。その様は幽霊の衣装と相まって、非常に不気味だった。


「早智、ある意味最恐のお化けね」

「こんな人にまで好かれる昇君が気の毒でしょうがないよ」




 七瀬達は最後まで進み、出口を抜けた。早智の恐ろしさに全てを持っていかれ、その後のお化けの印象が希薄だった。


 パシャッ


「みんな、どう? 文化祭楽しんでる?」

「あ、涼太君」


 出口で待ち構えていた涼太が、七瀬達にカメラを向けた。早智と同じ2組に在籍している生粋の変態男子生徒だ。


「みんなの楽しむ様子を写真に撮ってって頼まれてね~」


 涼太がカメラを持ってると聞いた文化祭の実行委員会が、文化祭を楽しむ生徒の様子を撮影してほしいと頼んだらしい。彼の女子生徒の盗撮によって鍛えられた撮影技術が、まさかの活躍を見せていた。


「へぇ~、どんなの撮ったの? 見せてよ」


 七瀬達は涼太が撮った写真を見せてもらった。しかし、案の定写っていたのは全て女子生徒の写真ばかりだった。しかもほぼ巨乳の人物や、露出度の高い衣装を着た者ばかりである。

 彼の顔を見ると、鼻の下を伸ばしてニタニタと笑っていた。やはり彼は変態なのだ。


「えへへ……次は誰を撮ろうかなぁ♪ じゃあね~」


 遠ざかる彼の後ろ姿を、七瀬達は複雑な心境で見送る。


「ぶりっ子気取りの小悪魔に、超絶イケメンのモテ男、凄まじい執着心の女子に変態スケベ野郎。んで、担任もナンパ好きときたもんだ」

「2組って結構個性的な人多いよね」

「うん。もはや個性しかないよ」


 改めて自分達がおかしな人間に囲まれた学校生活を過ごしていることが、かえっておかしく思えて七瀬達は笑ってしまう。

 彼らの特出した個性も、文化祭で魅力的に輝いている。学校行事は普段は見られない仲間の意外な一面を引き出す。それを大いに実感した一同。


「七ちゃん、文化祭って面白いね!」

「ふふっ、そうね」


 演劇を成功させることに囚われていたが、難しいことを忘れて純粋に文化祭を楽しむことができた。星と七瀬は一緒に楽しめることができる幸せを噛み締め、互いに微笑みかけるのだった。


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