第43話「懐かしき思い出」



「ぼ、ぼ僕が……君を……ま、守る……から……こ、これからも僕の……そ、そばに……いて、いい……いてくれ」

「ウェ、ウィ……ウ、ウィル、ありがとう……わ、私、ウィルのこと……だ、大……だだ……大す、す……好き」




「あんたら……」


 星と七瀬の不甲斐ない姿に、恵美は頭を抱える。今練習しているのはクライマックスのシーン、ウィルとラルカが再会するシーンだ。演じるのは変身前役の星と七瀬である。


 実は脚本担当が、変身前のウィルとラルカ……つまり星と七瀬の出番をクライマックスに作ることを提案した。

 原作では二人は変身後の姿のまま元に戻らず、物語は幕を閉じている。そこを改変し、演劇では魔法を解いて元の姿に戻るという流れになった。


「これは相当特訓が必要ね……」


 しかし、星と七瀬はご覧の通り言葉が詰まるわ体が震えるわで、演技の『え』の字も出ないレベルだ。緊張しているどころの話ではない。

 それもそのはず。自分の思い人が恋人役として演劇を共に行うのだ。互いの性的な魅力に心を揺さぶられ、覚えたはずの台詞が宙を舞ってしまう。


「七瀬ちゃん、星君、頑張って!」


 美妃が二人にエールを送る。彼女はナレーションと衣装製作を兼任している。最後に出番ができた二人のために特別な衣装をもう一種類作ったのだ。


「うん……」

「ごめんね美妃さん……」


 その他の役割の生徒達も、日に日に演技に磨きをかける。二人の晴れ舞台のために奮闘するクラスメイト達に、星と七瀬は心から感謝する。主役である自分達が情けない姿を見せるわけにはいかない。






 ひとまず演劇の練習をお開きとし、七瀬と星は放課後に2組の様子を見に行った。真理亜の話ではメイド&執事喫茶をすると言っていたが、様子はどうだろうか。




「早智さんの分、できたよ」

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 昇きゅんありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! ふへへへ大事にするねぇどひゃひゃひゃぐひょひょひょひょろろろあぁん💕」

「ど、どういたしまして……」


 まず扉を開けて飛び込んできたのは、早智の気色悪い叫び声だった。どうやら昇に自分の分のメイド服を縫ってもらったようだ。愛しの昇に衣装を作ってもらった早智は、ハァハァと息を荒らしながら滝のように唾液を垂らす。


「こっちも衣装手作りなのね」

「昇君、裁縫もできるんだ。凄いね」


 2組の生徒達はまだ作業のために残っていた。メイド服や執事服は、全て昇の手縫いで製作しているらしい。イケメンで優しくて運動もできるだけでなく、手先の器用さが加わり、ますます昇の株が上がっていく。


「昇君凄いよね~」

「この間の期末テストなんか全科目オール満点だったし、非の打ち所がないわね」

「頭も良くて運動神経抜群で、何よりイケメン!」

「おまけに性格は紳士的と来たものよ。もう完璧過ぎるわ……」


 突如現れた完璧超人な転校生に、2組の生徒達はすっかり虜になっていた。廊下には別の学年の生徒達も覗きに来ている。誰もが、彼が執事として自分をおもてなししてくれる日を楽しみにしていた。


「やぁ、七瀬ちゃん、星君」


 二人が様子を見に来たことに気付き、昇が作業を中断して近付いてきた。星とは体育大会の件もあって、すっかり仲良しだ。恋敵として戦っていたものの、今では手を引いて善き親友として接している。


「全部の衣装を一人で作ってるの? 本当に凄いね」

「大したことないよ。小さい頃から母さんに仕込まれてて、ちょっと得意なだけ」


 自惚れず謙遜する様が、いかにも丁寧に育て上げられた優秀な人間の風格だ。七瀬に告白する権利を賭けた勝負に勝ったが、やはり総合的な人間の魅力では、自分の方が劣っているように星は感じた。


「でも、手大丈夫?」


 七瀬が昇の右手を指差す。体育大会前に昇が七瀬に恋心を明かした時も、彼は右手に包帯を巻いていた。怪我を負っているにも関わらず、体育大会では難なく力を見せつけ、今は裁縫もこなしている。


「問題ないよ。少し痛むけど、動かせないほどじゃないから。文化祭までに治るかは分からないけどね」

「そう……」


 七瀬は何か言いたげにうつむく。




「……そのことなら、もう大丈夫だよ」


 直接的な言葉は交わさずとも、昇は七瀬の心情を読み取った。体育大会前の昇の告白の件だ。昇の気持ちを否定してしまったことを、七瀬は申し訳なく思っていた。彼女は星と結ばれることを望んでいる。


 昇も七瀬のことを愛しているが、星との勝負に敗北したことで、彼女との恋路は完全に諦めた。昇は彼女の罪悪感を優しく受け止め、星に七瀬のことを託した。


「ありがとう……」

「……」


 昇は星に目線でメッセージを送った。星も昇の意志を読み取り、覚悟を決めた眼差しで返した。そして、敗北しても自分のことを応援してくれる昇に、心から感謝した。








「や、やめろぉ~、ラルカに手を出すなぁ~」

「うーん……まだ迫真に迫った感じではないわね」

「うぅぅ……難しいよぉ……」


 星は七瀬の家に残り、夜遅くまで演技の練習を行った。多くの仲間達の期待に応えるために、一刻も早く演技力を高めなければいけない。しかし、一向に役になりきることができない。


「ちょっと休憩してもいい?」

「えぇ」


 星は台本をテーブルに置き、ベッドに腰を下ろす。あまり目立ちたがりやではない二人にとって、演劇の主役はかなり荷が重い。


「ごめんね七ちゃん……僕が巻き込んだみたいなものだよね……」


 演技とはいえ、二人は恋人役だ。お互い両思いではあると気付いているものの、未だに思いを伝える勇気は湧かない。その事実が頭に引っ掛かり、演技にも拍車が掛からない。責任を感じた星はいつになく弱気だ。


「そんな……」


 まるでかつての弱気な彼が降臨したようだ。七瀬は何とか励ましたかった。修学旅行から体育体育まで、幾度となく星には勇気付けられている。いつしか手を差し伸べた時のように、小さな頭で力になれることを考えた。




「そうだ、アルバムでも見る?」


 なけなしの厚情で捻り出したのが、思い出に浸ることだった。懐かしさが心を癒してくれることだろう。七瀬は本棚から小学校と中学校の卒業アルバムを引っ張り出した。適当にページをめくり、二人が写っている写真を眺める。


「あぁ~、懐かしい! この子クラスメイトだったよね!」

「星君、覚えてる? この子あなたのこといじめてたのよ?」


 小学校5年生の頃の思い出の写真を振り返り、星が一人のクラスメイトの男子児童を指差す。彼はひ弱な星の性格に目をつけ、殴る蹴るなどの暴力を加えていた。酷い暴言を吐いていたことも、二人の記憶に刻まれている。


「だけど、七ちゃんが助けてくれたじゃん。あの必殺技凄かったよ!」

「必殺技?」


 星の軟弱な姿を放っておけず、七瀬は男勝りの腕力を見せつけていじめっ子をねじ伏せたことがあるという。その辺りの七瀬の記憶はやや曖昧になっていたが、星は救世主の活躍をしっかり覚えていた。


「あれだよ。スーパーウルトラダイナマイトスマッシュ! いじめっ子達みんなコテンパンにやっつけちゃったよね! あの時の七ちゃんすごくカッコよかったよ!」

「やめて……恥ずかしいから……///」


 必殺技の名前を聞いた瞬間、当時の景色が脳内で鮮明に甦り、七瀬は頭を抱えて赤面した。スーパーウルトラダイナマイトスマッシュ。七瀬が考えた究極のパンチ技だ。ただ勢いと腕力に任せてまっすぐ殴るだけの単純な技である。

 小学生の七瀬はこの必殺技を駆使し、いじめられて泣いていた星を救い出した。


 星は真面目に捉えて感心していたが、七瀬はなんて恥ずかしい名前を考えていたのだと、唐突に甦った黒歴史に悶絶する。


「今の僕ならできるかな? 今度試してみよ!」

「ちょっ、恥ずかしいんだけど!!!!」

「なんで? 恥ずかしくないよ? あの時の七ちゃん、本当にカッコよかったよ?」

「あぁもう!!!///」


 星がパンチの構えをして、七瀬はそれを必死に押さえつけようとする。幼い頃の醜態を堂々と真似されると、自分が辱しめを受けているような気分になる。

 しかし、いつの間にか先程までの演技に対する不安な気持ちは解消され、うまく役になりきれる自信がひしひしと湧いてきた。


「ふふっ、もう一頑張りしようか」

「そうね」


 懐かしい思い出に触れ、多少なりとも気が楽になった。七瀬は笑顔を取り戻した星に安心する。ようやくかつての自分のように、星の力になれてホッと胸を撫で下ろした。

 幼い頃から温もり溢れる時間を共有してきたのだ。究極の絆で結ばれた者が隣にいれば、どれだけ大きな苦難苦闘も乗り越えられる。


 二人の最大の武器は、『幼なじみ』という関係だ。


「じゃあ、いくよ!」

「えぇ!」


 台本を手に取り、台詞を放つ二人。文化祭当日まで、自分の出せる最大限の力で練習に取り組んだ。この文化祭を永遠に忘れられないほどのかけがえのない思い出として、新しいアルバムに綴るために。


 そして、いつか来るであろうこの恋心に決着をつける時のために。


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