第42話「欲望の影」



「ん~! 感動的だぜ」

「何度読んでもいいお話なんだよね……」


 七瀬達は暖かくなった涙腺を押さえて感傷に浸る。どれだけ早大な悲劇に見舞われようと、己の信じる愛を貫き通して必死に生き抜くウィルとラルカの生き様が、迷い多き現代の青少年の心を揺らす。


「よし決めた! 演劇はこの話にしよう!」

「え、これやんの!?」


 物語の感動に突き動かされ、和仁は漫画を天井に掲げる。対して恵美は少々気に乗らない様子だ。確かに感動的な作品ではあるが、恋愛ジャンルということもあって演技がかなり難しい。


「また2組に負けたくないだろ? 物凄い劇を見せつけて、みんなをアッと言わせてやろうぜ!」

「別に勝負なんかしなくても……まぁ、他にいいアイデアも浮かばなそうだし……」


 恵美は渋々承諾した。こうして、1組の文化祭の出し物は、LOVECAの短編漫画『かくれんぼ』の演劇を行うことになった。


「んで、誰がウィルとラルカ役をやるのよ?」

「それはもちろん……」




 和仁はニヤニヤしながら星と七瀬に目線を向ける。


「えぇ!?」

「私達!?」


 視線に気付いた二人は驚愕する。確かに、1組の生徒の中で最もこの物語を読み込んでいる二人ならば、誰よりも優れた演技ができるであろう。


「そうね、あんた達この話結構読んでんでしょ」

「体育大会を大いに盛り上げてくれたお前らには、文化祭でも最高の盛り上げりを見せてもらいてぇな!」

「いやいや、私演技とか下手くそだし! こんな魅力的なキャラ演じる自信ないって!」


 和仁と恵美の期待に反し、七瀬は役割を拒む。自分がステージに立って見事にラルカを演じる様を想像できない。それどころか、台無しにしてしまう未来が目に見えている。


「練習すればいいでしょ」

「あぁ、心配すんなって! 何なら俺と恵美が一緒に変身後のウィルとラルカ役やってやるから!」

「は?」


 和仁が自ら役割を買って出た。物語上ではウィルとラルカはそれぞれ魔法によって姿を変えられる前と、変えられた後がある。よつて、演劇では計四人が演じる必要がある。和仁は演技にそれなりの自信があるようだ。


「俺の演技で支えてやっからよ」

「待ちなさいクズ仁、何勝手に私を巻き込んでんのよ」


 しかし、勝手に変身後のラルカ役を押し付けられた恵美はご立腹だ。照明や衣装などの裏方を考えていたが、思わぬ変化球をこちらに投げ付けてきた和仁を睨み付ける。


「いいじゃねぇか。お前も演技下手じゃねぇだろ?」

「だからって……」




「……僕、ウィル役やってみるよ」


 星が静かに呟いた。変身前のウィル役を引き受けたのだ。


「みんなが楽しい文化祭にするために頑張ってるんだもん。僕も恥ずかしがってないでやってみなくちゃ」

「よく言った、星。それでこそ男だ!」

「ありがとう。ねぇ七ちゃん、一緒にやってみない?」


 そして、星は期待の眼差しを七瀬に向ける。学校生活という限られた時間の中での、文化祭というほんの一時の青春の場。若者として輝ける時間と空間を目一杯楽しむ機会を無駄にしたくはない。


 青春の1ページを、七瀬と共に輝きたい。




「……分かった」

「やったぁ! 七ちゃんありがとう!」


 期待の眼差しに負け、七瀬は変身前のラルカ役を引き受けた。大勢の群衆の前で目立つのは緊張するが、星が隣に立ってくれるのであれば乗り越えられる気がする。数秒前にはなかった不思議な自信が湧いてきた。


「一緒に頑張ろうね!」

「えぇ」






 ひとまず4人は『かくれんぼ』の演劇を行うということで話がまとまり、1組の生徒達に提案するための企画書の製作に取り組むことにした。体育大会の練習も並行して行わなければいけないため、ハードなスケジュールになりそうだ。


「和仁、主役を宮原君と七瀬に任せても良かったの? いくら二人があの話をよく知ってるからって……」


 帰り道、恵美は和仁に尋ねる。


「あぁ、あの二人以外考えらんねぇよ」


 和仁はウィルとラルカ役を二人に任せることに絶対的な自信を抱いていた。それはクラスメイトとして、親友として信頼しているからだ。


「それに……星の応援もしてやりてぇんだ。あいつ、なかなか七瀬ちゃんとくっつかねぇもん。見ててじれってぇよ」

「それは言えてるわね」


 和仁と恵美は既に星と七瀬が両想いであることを見抜いていた。どういうわけか、当事者である二人よりも周りの人間が一番理解している。いつまでも思いを伝えられず、ただの幼なじみ止まりな二人は、和仁と恵美にとっては実にもどかしい。


「お互いに恋人役でもさせてやれば、少しは気持ちに気付くかもしれねぇからな。この機会に距離が縮まるように、俺はあいつらの背中を押してやりたい」

「和仁……」


 恵美は思わず和仁の言葉に聞き入ってしまう。自ら変身後のウィル役を引き受けたのも、同じ苦労を共に背負うためだろう。

 普段は呆れるほどにおちゃらけているが、しっかり仲間の姿を見つめ、心情を理解してやっている彼の思いやりに、恵美は不覚ながらも励まされる。


「それに、ウィル役になれば堂々とお前とキスできるしな♪」

「最低……」


 一瞬にして普段のおちゃらけた和仁に戻り、幻滅する恵美。からかうための冗談とはいえ、物語上のキスシーンを心待ちにしている意向に寒気を感じる。


「……///」


 しかし、なぜか和仁とならキスをしても構わないと思ってしまう自分がいて、無意識に頬が赤くなってしまう。それほどまでに、恵美は和仁のことを仲間として信頼していた。








 そして夏休みや体育大会を経た一ヶ月半後、クラスメイトの同意を得て、1組の出し物は演劇『かくれんぼ』を行うことを決定した。


「教室の本棚に漫画置いとくから、暇な時に読んどけよ~」

「希望の役割があったらすぐに言ってくださいね」


 恵美と和仁が教壇の前に立って説明すれ。ウィルとラルカの変身前と変身後の姿役はそれぞれ決まっているため、話し合いを進めながらその他の役割も決めていく。


「いやぁ、演劇かぁ~」

「緊張するなぁ……」

「最高の劇を見せてやろうぜ!」


 クラスメイトはやる気に満ちていた。演劇は毎年体育館のステージ上で行うため、多くの観客が押し寄せる。緊張する者や胸を高鳴らせる者と、反応は様々だ。




 ガラッ


「フンッ、演劇やるからって調子に乗らないでよね! 私達『メイド&執事喫茶』の方が、文化祭を大いに盛り上げてみせるんだから!」


 突然真理亜が1組の教室に乱入し、いちゃもんを付けてきた。彼女も自身の悪行を反省し、ぶりっ子な態度は控えるようになった。しかし、誰に対しても本性をさらけ出すようになり、これはこれで問題だ。


「真理亜、話し合いの最中に抜け出すな」

「ひぃぃぃ……」


 秒で担任の三神に捕まった。


「あ、浅野先生! もしよかったら今晩一緒にご飯でも……」

「三神先生……」

「あ、はい、すみません」


 いつも通り凛奈をナンパする三神。体育大会で醜態を晒したにも関わらず、真理亜とは違ってまるで反省していない様子だ。恵美が睨み付けていることに気付き、三神は真理亜の襟を引っ張られて2組の教室へ戻っていった。


 バタンッ


「2組の連中は相変わらずだな……」

「……」

「ん? どうした? 恵美?」


 姿が見えなくなった真理亜達を、恵美は尚も睨み付けていた。




「真理亜の奴、なんで私達が演劇やるって知ってるのかしら?」


 七瀬達は他に危惧すべきことがある。七瀬とは別のもう一人のKANAEの能力の保持者の存在だ。

 プリシラが体育大会を見に来ていたこととや、七瀬が○×クイズや団対抗リレーで見た流れ星の件で、もう一人のKANAEの能力の保持者が学校関係者の中にいることが発覚した。生徒か、それとも教師か……。


 次の文化祭でも何かよからぬ行為をしてくる可能性は十分にある。それに備え、恵美は自分達が文化祭で演劇を行うことは極力外部に漏洩させないように、クラスメイトに水を指していた。


「確かに。まさか誰かバラしたか?」


 しかし、真理亜は既に知っているようだ。なぜ知っているのかは分からない。こっそり話し合いを聞いていたのだろうか。


「……」


 恵美は彼女が再びKANAEの能力を保持していて、能力を使って悪事を働くのではないかと危惧していた。仮に彼女ではないにしても、この学校の誰かが裏で能力を悪用しているのは確かだ。


「みんな、くれぐれも気を付けてね」


 恵美はクラスメイトに十分に注意喚起した。人間の欲望は時に闇を纏って牙を剥く。青春の一時である文化祭を、何者かのよからぬ陰謀で汚されたくはない。七瀬達は何事もなく楽しめるように心の中で切に祈った。


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