第41話「かくれんぼ」
LOVECA『かくれんぼ』
ここは豊かな国、インテレシア王国。
「ウィル! はい、うちの農場で取れたの」
「お~、なんて上質なミルクだ。ありがとう、ラルカ」
農家に生まれた少女ラルカと、両親がレストランを営んでいる少年のウィル。二人は幼少期の頃からの幼なじみで、密かに愛し合っていた。
二人は一年に一度の
「綺麗ね、ウィル……」
「あぁ……」
そして、ウィルは一年後にラルカに告白をしようと決意する。
しかし、世界では悪の魔法使いや魔女が所属する謎の組織「ミッドナイト」が、各国を巡って魔法を悪用し、人々を困らせていた。
そして今度は星夜祭で賑わうインテレシア王国が狙われた。奴らは魔法で国民を炎で焼き殺したり、落雷で感電死させたり、次々と人々の命を奪っていく。
魔の手はラルカとウィルの手にも及ぶ。ウィルはラルカを守ろうと奮闘する。
「ラルカに手を出すな!」
ババッ
行き止まりに追い詰められた二人は、魔女にとある魔法をかけられてしまう。それは人間の体を全く違う別人の姿へと変えてしまう変身魔法だった。魔法をかけられた二人は気絶する。
不敵な笑みを浮かべるミッドナイトの連中は、以前とは全く違う姿になった二人の体を抱き上げ、適当な場所へと運ぶ。
目が覚めたウィルは、木々が生い茂る深い森の中にいた。しばし探索をして、大きな川を見つける。喉が乾いていたため、手で救って水を飲む。
「なっ!?」
しかし、水面に写った自分の顔を見て驚愕する。以前は白髪でやせ形だったウィルだが、焦げ茶色の髪の筋肉質の男になっていた。しばらく硬直し、その場を動けなかった。
一方、ラルカはとある一家に保護される。彼女は気絶した後、ローレンツ王国という国の町外れの道端に捨てられ、一人の町娘に見つけられる。
目覚めた部屋に置かれていた姿見で、自身が以前の茶髪の長髪とは違い、薄い黒色の短髪の姿に変えられたことに気付く。しかし、自分の姿が変わってしまったことよりも、遠くにいるであろうウィルのことを心配する。
「ウィル……」
ラルカは帰る手段がないため、しばらくその家の世話になる。家主の家族はフィリッツ家と言い、ラルカを暖かく迎え入れてくれた。
彼らが暮らすローレンツ王国は、例の組織であるミッドナイトの攻撃を受け、壊滅的打撃を受けていた。ラルカを拾ったフィリッツ家の元の家も壊されたため、町外れに新たな家を建てて細々と暮らしているらしい。
「ラルカ~、川で水を汲んできておくれ」
「はい!」
元々農場で両親の家事の手伝いをしていたこともあり、働き者ラルカは重宝された。しかし、ウィルの心配は消えることはない。毎晩うっすらと見える星を眺めながら、ウィルの安否を祈った。
「ウィル……どうか無事でいて……」
一方、ウィルは数日間森をさ迷っていると、旅人のハワードという男と出会う。彼にインテレシア王国まで案内してくれと頼むが、彼は全く反対方向のローレンツ王国に用があると言う。見知らぬ地で一人でいるのは危ないため、仕方なく彼と共に行動する。
ローレンツ王国にたどり着き、偶然見つけたレストランで休憩がてら食事をする。
「た、大変だ~」
すると、料理人の一人が体調不良で倒れるという騒ぎが起きた。店は最近人手不足で困っているらしく、ウィルは助っ人を買って出る。
自身の経験を活かして、美味しい料理をたくさん振る舞う。その腕を評価され、店主からなんとここで働いてくれと頼まれる。
「頼むよ! 君みたいな逸材はなかなかいない!」
「うぅ……仕方ないなぁ」
最初は渋々だったが、長く働いているうちに仕事が楽しいと感じるようになる。元々料理が好きであり、心優しい仲間と時間を共にし、いつの間にかずっとここにいてもいいと思ってしまうようになる。
そして、ラルカもフィリッツ家でせっせと働いた。既に一ヶ月経っており、日に日にここでの生活に慣れてきた。そして、いつの間にかウィルのことを忘れてしまっていた。
組織の連中が放った姿を変える魔法は、時間が経つに連れて今の姿を受け入れてしまい、以前の記憶がだんだんと消えてしまうのだ。
「……」
しかし、ラルカは毎日星に祈ることだけは欠かさず行っていた。誰に祈りを捧げているのかだけを忘れ、戸惑いながらも毎晩星を見上げた。
そんなある日、たまには旨いものでも食いに行こうと、家族がラルカへ町へのお出かけを提案する。ラルカ達は町でショッピングを楽しみ、お昼にとあるレストランを訪れる。
そこは姿を変えられたウィルが働いているレストランだった。
「あれ……?」
ラルカは何となく頼んだナポリタンを頬張ると、妙な懐かしさを感じた。かつてウィルがナポリタンを作ってくれて、ラルカはソースで汚れた頬を布巾で拭かれたことがある。
「うぅっ……」
思い出が喉の奥まで浮上してきてはいるが、かつて優しい声をかけてくれたその相手をうまく思い出せない。
昼食を終え、ラルカは席を立つ。しかし、誰かは知らないがせめて思いだけは伝えようと、「美味しかったです ありがとう ラルカ」というメモを残し、レストランを後にする。
そのメモを見つけた店員が、シェフ達に報告する。ラルカという名前を聞いたウィルが激しく反応する。
「ラル……カ……あぁ!」
そして、ラルカのことを完全に思い出す。店長に無理を言って早退させてもらい、走ってラルカを追いかける。しかし、一日探しても見つけられず、残念そうに店に戻る。
数日後、ウィルは偶然旅を続けていたハワードと再会する。
「ハワード、頼む」
彼にラルカという少女を探すように言うが、変身する前の姿しか覚えていないため、難航すると思われる。それでもウィルは必死に頼み込む。ハワードは様々な手を尽くして捜索する。
「うぅぅ……」
ラルカは星を眺めながらウィルを思い出そうと奮闘する。ラルカを拾った少女は事情を聞き、少女の協力を得る。ラルカの心にほんの少しの希望が灯る。
しかし、組織の連中が再びローレンツ王国を襲う。
「燃えろ燃えろ! みんな死んじまえ~!」
町は壊滅的被害に遭い、ラルカの家にたくさんの国民が押し寄せる。ラルカ達は救助を行う。
偶然レストランの店員達も食事を提供するために来ていた。ラルカの家のキッチンを借りようと、ウィルがやって来る。当然二人は初対面であるため、お互いを愛しの相手だとは知らない。
「……」
しかし、ラルカはウィルが料理をする様を見て、レストランの時と同じような懐かしさを感じた。まかさ彼がウィルなのか。
ある日、ハワードがインテレシア王国に避難所があり、そこで国民達の避難を受け入れてくれるという情報を得る。ローレンツ王国の国民は、避難所への大移動を計画し、出発する。
「先には行かせないぜ!」
その道中で再び組織の攻撃を受け、ラルカとウィルが負傷する。二人は攻撃から逃げる最中にハワード達とはぐれてしまい、孤立してしまう。仕方なく二人だけでインテレシア王国を目指すこととなる。
「あなたは本当に料理が好きなのね」
「あぁ、美味しそうに食べてくれる子がいてな」
道中で微かに記憶に残る思い出を語り合う。その内容が妙に一致しており、目の前にいる相手こそが自分の思い人なのではないかと疑問に思う。しかし、ラルカは気のせいだと思い込んで先へ進む。
しかし、翌日に再び組織の連中が襲ってきて、ウィルは崖から転落し、荒れる川濁流に飲み込まれる。生存は絶望的だ。ついにラルカとウィルは永遠に離ればなれになってしまった。
「うっ……うぅ……」
ラルカは涙を流しながらも先に進む。
たどり着いたインテレシア王国は壊滅状態になっており、組織の連中との激しい戦いが繰り広げられていた。
戦いが一段落付き、ラルカは残っている生存者と共に休息をとる。ラルカは先日までウィルが持っていた食料の箱を開けると、中にはナポリタンが詰まっていた。
『ラルカへ、いつまでも、どこにいても、君を愛している ウィル』
共に添えられた手紙には、そう記されていた。やはり自分が出会ったあの男はウィルであることを知り、泣きながらナポリタンを食す。
「ウィル……うぅっ……」
ウィルは死んでしまったが、彼が残した意思を胸に抱き、必死に生きていくことを誓った。
そしてウィルの死から数ヶ月が経った。生存者達はインテレシア王国を建て直し、伝統である星夜祭を開催する。
「ウィル、綺麗ね……」
毎年ウィルと交わしていた北斗七星を見るという約束のため、ラルカは星がよく見える場所に行き、夜空を眺める。彼は死んでしまっていて来ないことは承知だが、彼と共に眺めているような気分になる。
「あぁ、本当だね」
突然男が現れ、ラルカに声をかける。その人物は体中包帯だらけになりながらも笑顔を向けるウィルだった。彼は濁流に流されながらも生還し、ラルカに会いに来たのだ。
「ウィル……ウィル!」
ラルカは彼の元へ駆け寄り、胸に思い切り飛び込む。星夜祭の夜に一緒に星を見るという約束を、ウィルはしっかり覚えていた。二人はお互いに探している相手と再会を果たしたのだ。
「ウィルが……生きてる……」
「当たり前だ。君を置いて死ぬわけにはいかないよ」
そして、ウィルはポケットから指輪を取り出し、ラルカの指にはめる。
「どんな時も、何があっても、もう君を一人ぼっちにさせない。僕は君が好きだ。これからもずっと一緒に生きていこう」
「ありがとう……ウィル……私も大好きよ……」
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、二人は強く抱き合って愛を誓う。婚姻を交わした二人を、数多の星々が宿泊していた。
結局元の姿に戻ることはなかったものの、長い長いかくれんぼの末に無事相手を見つけ出し、尊い愛を育んだ二人だった。そしてこれからも、二人は星を眺めながら強くたくましく生きていくのだろう。
LOVECA『かくれんぼ』 完
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