第5章「文化祭」
第40話「次なるイベント」
「というわけで、一つ願いを聞いてもらうわよ」
「はいはいわかったよ……」
放課後に龍生と瞳は中庭に集合した。二人は敗北した側が優勝した側の願いを何でも一つだけ聞くという約束をしていた。体育大会を盛り上げるための、団長同士の秘密裏の賭け事だ。
龍生はこの約束を利用し、彼女への告白を計画していた。しかし、結果は白団の優勝。龍生が瞳の願いを聞くことになった。
「んで? 願いは何なんだ?」
ガシッ
瞳が龍生の腕に抱き付いた。
「私と付き合って……///」
「へ?」
彼女の頬がほんのりと赤く染まっている。それは決して夕日に照らされているからではない。彼女も龍生のことが好きだったのだ。龍生の目には競技で見せつけた勇ましい姿とは異なり、今は女の子らしく可愛らしい姿に映った。
「おまっ、まさか、俺のこと……///」
「何でも願いを聞くって約束でしょ? 守りなさいよ……///」
「お、おう……///」
こうしてまた一組、この学校に新たなカップルが誕生したのだった。
「さぁさぁ七瀬、お食べ」
賢士朗が七瀬の前に料理を運ぶ。土屋家では体育大会の優勝を逃した七瀬の慰め会が行われていた。七瀬は学校から帰ってからずっと
「体育大会、見に行けなくてごめんな。七瀬、大活躍したって聞いたよ。よく頑張ったな」
賢士朗はまるで分かっていない。七瀬が先程からうつむいているのは、体育大会で優勝できなかったからだとか、そんな低次元な理由ではない。星からの告白の件が頭から離れないからだ。
「あなた、そっとしといてあげて」
成海は女として七瀬の心を理解し、深く言及しないでいた。星がいよいよ告白に向けて本格的に動き出し、彼との関係が『幼なじみ』から一変しようとしているのだ。食事もまともに喉を通るわけがない。
「ふむ……」
星との恋に心を揺さぶられる七瀬を、一緒に食卓を囲むスターはジーッと眺めていた。人間のことはまだ分からないが、彼女の体の中で複雑な感情がうごめいていることは確かだ。
理解はできないが、興味は湧いてきた。
“人間って、案外面白ぇかも”
今後も七瀬の生活を監視し、人間の複雑な感情を理解しようと奮闘するスターだった。
「みなさん、クラスTシャツが届きましたよ~」
『お~』
凛奈が1組の生徒達の前でTシャツを広げる。文化祭用に業者に発注していたオリジナルクラスTシャツだ。シンプルな水色均一の背景の上に、北斗七星が描かれた爽やかなデザインだ。
「まさに今回の文化祭にぴったりなデザインだな。なぁ? 星、七瀬ちゃん?」
「……///」
「……///」
星と七瀬にクラスメイト全員の視線が向けられる。二人は依然としてよそよそしいままだ。お互い恋愛感情があることがわかって、まともに話すことができない。
白熱した体育大会が幕を閉じ、9月中旬を迎えた。教室内は10月に行われる文化祭の話題で持ち切りだ。体育大会に次ぐ一大イベントとして、多くの生徒達が心待ちにしていた。
「いやぁ、それにしても文化祭の方も苦労したぜぇ……」
それは遡ること約1ヵ月半前。夏休みがもうすぐ始まろうとしていた頃、生徒達は体育大会の練習と並行し、10月に行われる文化祭の計画も進めていた。文化祭では各クラスで一つずつ出し物を行うこととなっている。
「え~、それでは出し物について何かアイデアある人……」
文化祭実行委員の2年1組代表の恵美を中心に、1組の生徒達は全員で何の出し物をするかを話し合う。
「メイド喫茶やろうぜ! メイド喫茶!」
「そうだな! ピチピチJKのメイド姿は眼福だ!」
「ご主人様って呼ばれてぇなぁ~♪」
男子生徒からはメイド喫茶が大いに推薦された。普段から変態的な思考を欠かさない彼らは、女子生徒がメイド服を着てホール内を歩き回る様を想像して興奮した。中には興奮のあまり、鼻血で机を汚す変態もいた。
「うわぁ……」
「男子最低……」
「キモいんだけど……」
女子生徒から悲鳴や批判の声が上がる。1組の女子生徒は比較的常識人が揃っているため、男子の変態的な思考に反吐が出る。
「メ、メイド喫茶は希望するクラスが多いので、難しいかもしれませんね~」
「浅野先生もメイド喫茶やることになったら、メイドさんになっておもてなししてくださいね。デュフフフ♪」
「ひいっ」
凛奈は男子共のおぞましい表情に背筋が凍る。担任である彼女までいやらしい妄想に巻き込んでしまうほど、彼らの変態的思考は虫酸が走るものだった。女子生徒が下衆な存在を見るような目で睨み付ける。
「え~、他に何かアイデアは?」
恵美が尋ねるが、代替案がなかなか出てこない。ひとまず次の話し合いまでに最適な案を考えるということになり、文化祭の話は幕を閉じた。
恵美は和仁や七瀬、星、美妃を巻き込んみ、話し合いを再開した。このままでは変態男子生徒の案が通り、本当にメイド喫茶をやらされることになる。一同は星の家に集合し、それを阻止するために部屋に缶詰めになって思考を巡らせた。
ちなみになぜ星の家であるかは説明が面倒なので省略する。
「おい作者! 本当にめんどくさがりやだな!」
「体育大会の次は文化祭ねぇ。まぁ、普通の授業風景書いてもつまらないし、学園モノは学校行事で話を進めるしかないわよね」
「二人共、メタ発言好きだね……」
和仁と恵美のメタ発言を苦笑しつつ、星は全員分の麦茶を用意する。文化祭の出し物となれば、決まるのにかなり時間がかかりそうだ。
「俺的にはメイド喫茶でも全然いいんだがな」
「黙りなさい。いいから他の案を考えて」
メイド喫茶は女子生徒の反対意見が多い。メイド服のような代物は思春期の高校生には刺激が強く、着用にかなりの抵抗がある。他にまともな模擬店か何かでも考えなければいけない。
星達は参考資料として本棚にある漫画やラノベなどを読み漁り、時間をかけてアイデアを考えた。学園モノの物語に登場する文化祭の場面からヒントを探す。
「ぐふっ、こいつ何やってんだか……(笑)」
和仁が漫画のギャグシーンを読みながら吹き出す。こう見えて、きちんと他の案を探しているのだ。ただ漫画を読んで遊んでるだけのように見えるが、決してそうではない。
「クズ仁、ちゃんと考えてんの?」
「あっ、忘れてた!」
いや、そうだった。
「ん~、やっぱ演劇が無難じゃね? ここらへんの漫画では文化祭で演劇ばっかやってるし」
「でも、うちの学校では演劇は毎年3年生がやるでしょ? 僕達2年生がやってもいいのかな?」
「実行委員会に許可をもらえばできるそうよ」
「それに、毎年3年生の2クラスと演劇部しかやらねぇし、1つくらい増えた方が盛り上がっていいだろ」
他に案が浮かばないため、ひとまず演劇を行うということで話を進める一同。模擬店という思考から一旦離れてみる。次の問題は何の題目にするかだ。
「星~、なんかいい話ねぇか?」
「ん~」
星は本棚に並ぶ本を吟味し、演劇として行うにふさわしい作品を探す。『竹取物語』や『ロミオとジュリエット』のような世界的に有名な作品にするか、『桃太郎』や『一寸法師』のような子供でも楽しめる作品にするか……。
「あっ」
とある一冊の本が星の目に止まった。星は引き抜いて表紙を見る。老若男女に人気の若手漫画家、
「あ、懐かしい……」
「だよね。中1の頃かな? よく読んだよ」
七瀬が反応を示す。この読み切り漫画は七瀬と星が中学校1年生頃に発売されたもので、当時はかなりの人気作だった。今でも語り継がれるほどの名作だ。二人は一緒に内容を暗記するほど読んだ。
「あ、私もそれ好き!」
「美妃さんも? 面白いよね~」
「そういや、昔そんなの流行ったなぁ」
和仁達もある程度は内容を知っているようだ。
「どういう内容だったっけ?」
「改めて読んでみようか」
星は七瀬達に読み聞かせる形で、漫画の1ページ目をめくった。二人の男女を中心とした悲しくも美しい恋愛ファンタジー『かくれんぼ』をゆっくりと読み上げた。
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