第36話「打ち勝つ」



 昼食休憩が終了し、午後の部の種目が始まった。


「星君、順調かい?」

「あ、陽真さん!」


 団対抗リレーの特訓に付き合ってくれた陽真が会場に来た。妻の教え子達の晴れ舞台を見ようと、わざわざ再び休日に足を運んだのだ。


「ちょっと苦戦してます……」

「そうか。応援してるよ。頑張っておいで」

「はい!!!」




 1年生の団員が入場門に整列する。最初は1年生の競技の綱引きだ。クラス全員で一本の綱を引っぱり合う競技。地面に印があり、そこを越えて引っ張られるとピストルが鳴り、敗北となる。三回勝負し、二回勝った方に高得点が入る。


 結果は赤団が勝利した。




 続いて七瀬達2年生の二年の○×クイズ。今までとは打って変わり、体力ではなく頭脳を使う競技だ。


「頭を使うのね……」

「僕、解ける自信ないや……」


 生徒達は運動場の中央に集められ、両端に大きく○と×が描かれた陣地が用意されている。出題された問題に対し、制限時間内に正解と思う陣地に移動する。終了したらロープを張られて移動ができなくなる。


 そして答え合わせに移り、不正解の陣地に入ってしまった生徒は脱落となる。これを繰り返し、最後まで残っていた生徒の団が高得点を得ることができる。


「恵美、頼んだぜ!」


 クイズは葉野高校に関する問題が出題される。七瀬達はありとあらゆる学校の知識に長けた恵美の力に頼る。


「みなさん準備はいいですか~? それではいきますよ~」


 校長が朝礼台に上がり、直々にクイズを出題するようだ。七瀬達はすぐに動けるように構えた。次なる大勝負、○×クイズの開幕だ。




「この七海町立葉野高等学校は、今年で創立42周年を迎える。○か×か?」

「これは○よ!」


「全校生徒の人数は256人である。○か×か?」

「これも○!」


「私、天童泰夫校長の年齢は56歳である。○か×か?」

「これは×! 本当は58歳だから!」


 次々と出題される問題に対し、恵美は瞬時に正解を導き出して移動する。七瀬達は彼女の後を付いていくため、必然的に正解となる。


「我が校自慢の中庭に、あの有名ロックバンドのドリームプロダクションが、過去に演奏に来たことがある。○か×か?」

「○よ!」


 恵美達は○の陣地に移動した。この問題も無事に正解し、不正解の陣地に移動してしまった生徒達は、無念に散っていく。赤団の生存者は七瀬、星、和仁、恵美、美妃の5人。対して白団は真理亜を含めた3人だ。


「くっ……やるわね……」


 真理亜は七瀬達のしぶとさに少々感服する。この調子であれば勝利は近い。七瀬達は次の問題に意識を向けた。


「体育大会の人気種目である二人三脚。男女ペアで走ることが決まったのは、2016年度の体育大会からである。○か×か?」




「うっ……」


 恵美が喉をつまらせた。どうやら彼女も正解を把握していない問題らしい。


「恵美、分からないの!?」

「確か……えっと……○?」


 恵美は知恵を振り絞り、回答を捻り出した。彼女も自信はないみたいだが、七瀬達は僅かな可能性にかけて○の陣地へ移動した。




 しかし、七瀬は考え込んだ。果たして本当に○が正解なのだろうかと。


「……あっ」


 ふと彼女の脳裏に過ったのは、担任の凛奈との会話だった。確か凛奈の結婚式で、彼女が語った思い出話に体育大会の話題が出た。結婚式会場の裏で七瀬だけが聞いた話だ。


 彼女ははっきりと述べていた。凛奈が今の七瀬達と同じ葉野高校2年生だった年に、二人三脚が男女ペアになったと。凛奈の年齢から考えて10年前だ。今が2029年度であるということは……




「……!」


 七瀬はとっさに×の陣地に向かって走り出した。


「七瀬!?」

「みんな急いで! 答えは……」




 七瀬が恵美達を呼ぼうとした瞬間、ロープが張られて遮られてしまった。


「正解は……×です! 二人三脚が男女ペアとなったのは、2019年度の体育大会からでした~」


 校長が無慈悲に正解を告げる。○の陣地にいた恵美達は脱落となってしまった。残る赤団の生徒は七瀬一人だけ。彼女に赤団の命運全てが託された。




「あら、あんたは生き残ったの? 本当にしぶとい女ね」


 同じ×の陣地に真理亜もいた。どうやら白団も彼女一人だけが残ったらしい。ここからは一対一の対決のようだ。


「ま、元々運試しみたいなものだしね。どちらが運の女神に好かれてるか、ここで決めましょうか」

「……」


 真理亜は余裕綽々な態度を見せつける。とにかく問題に集中だ。彼女が相手だからといって、気を乱すわけにはいかない。そして、校長が問題を告げる。






 すると次の瞬間、空に一瞬一筋の流れ星が見えた。


「え、まさか……」



「次の問題です。葉野高校の数学教師である三神紀之先生。彼はこの学校の女性教師全員にナンパをしたことがある。○か×か?」




「えぇぇ!?」


 七瀬は思わず驚きの声を上げた。


「なんで俺!?」


 三神も白団の団員テントで冷や汗をかいていた。全校生徒や教師陣からの冷たい視線を浴びて縮こまる。唐突に出題された奇想天外な問題に、会場にいる誰もが困惑している。


 やはりもう一人のKANAEの保持者は、土壇場でとてつもない願い事をしてきた。恐らく正解が読めないようなおかしな問題が出題されるよう願ったのだろう。何とも馬鹿げた使い方だ。


「えっと……」


 当然七瀬には全くもって正解が分からない。真理亜の方へ目を向けると、彼女は当てずっぽうで×の陣地に移動していた。

 確かにいくら三神先生といえど、女性教師全員にナンパするほどの変態だとは考えにくい。修学旅行で見せた凛奈への熱烈なアプローチも記憶に新しい。真理亜に付いていこうか。




「……!」


 しかし、七瀬はあえて○の陣地に移動した。三神の心の底に眠っているであろう変態性に賭けたのだ。ロープが張られ、校長が正解を告げる。


「正解は……」


 会場が静まり返る。








「○でした!!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 赤団の団員テントから凄まじい歓声が上がる。見事七瀬は正解して勝利を掴んだ。


「くっ……」


 流石に運任せの勝負では限界を感じ、真理亜は悔しさを引きずりながらも脱落した。対して運に味方された七瀬は、勝負に勝った安心感のあまりその場に座り込んだ。


「みんなやめて……恥ずかしいんだけど……」


 赤団の団員達が喜ぶ中、自身の醜態を全校生徒の前で晒された三神は、両手で顔を覆う。目の前で証明された通り、三神が学校の女性教師全員にナンパしているということは事実だった。


「三神先生……」

「ひいっ!?」


 三神の背後に、どす黒い表情を浮かべた陽真が立っていた。学校の女性教師全員にナンパしたことがあるということは、当然自分の妻である凛奈も被害に遭っている。むしろ凛奈が一番声をかけられて迷惑している。


「後で署までご同行お願いします……」

「嫌ぁぁぁぁぁ!!!」


 陽真のポリスジョークを本気に捉え、羞恥心と後悔で泣き叫ぶ三神だった。






 続いて3年生の大縄跳び。5分間クラス全員で一本の大縄を跳び続け、連続でとべた回数を競い合う。引っ掛かったら1から数え直す。最も多く跳んだ回数が記録となり、回数が多い団が高得点を得ることができる。


 結果は赤団が勝利した。






 そして、いよいよ誰もが熱を上げる団対抗リレーが始まろうとしていた。全学年一度に行う正真正銘最後の大勝負だ。

 200メートルのトラックを一度に2人で走り、走者全員でバトンを繋ぐ。走者は各団9人おり、各学年に3人ずつ配属される。


 そして皆が注目するのが特別ルール。なんと、最後に先にゴールに着いた走者の団に、今までの競技の倍以上の得点が与えられるというのだ。苦戦を強いられた団にとって、最後の逆転のチャンスである。


「ついに最後の競技だな……」


 本来は午後の部の種目から点数板が取り払われ、点数は公開されないようになっているが、恵美はお得意の人脈で現在の点数を知った。白団190点、赤団170点であるとのことだ。


「いい? 逆転するにはこの団対抗リレーに全てを賭けるしかないからね」


 団対抗リレーで与えられる点数は、他の競技よりも倍になる。通常の点数配分で勝っても総合点数が上回る可能性は少ないないため、このチャンスを使って逆転するしかない。


「行くぞみんな! 絶対に逆転するぞ!」

『おぉぉぉぉ!!!』


 団長の龍生を中心に、七瀬、星、和仁、その他赤団の走者は、円陣を組んで気合いを入れた。すぐ隣にいる白団の走者達に威嚇するように見せつける。


「相当燃えてるようだけど、あいつらの闘争心なんか捻り潰してやりましょ!」

『おぉぉぉぉ!!!』


 対する白団も、団長の瞳を中心に円陣を組んで掛け声を上げる。燃え上がる龍生を見て、対抗心を燃やす。




「星君」

「の、昇君!?」


 リレーが始まるまでの準備時間の間に、昇が星の元までやって来た。彼は星に握手を求める。


「例の賭け、覚えてるよね?」

「当然だよ」

「こっちは全力で挑む。だから、どんな結果になっても恨みっこ無しだ。正々堂々と戦おう」

「あぁ、もちろん」


 星も絶対に負けないという意思を込め、固く手を握る。昇の信念はやはり本物だ。決して悪ふざけなどではなく、七瀬を心の底から本気で愛しているからこその誠意の表明なのだろう。


 だからこそ、誠意の強さで負けるわけにはいかない。


「星きゅ~ん♪ 私の走りも見ててね~! 私アンカーだから! 星君のために精一杯走るから~💕」


 男同士の神剣な勝負を誓い合っている最中だというのに、真理亜の浮わついた声が鬱陶しい。ひとまず星は満更でもない笑みを返す。


「……」


 その様子を見て、七瀬は勝負前にも関わらず頭を垂れる。やはり自分の恋路は絶たれたのだと落ち込む。星が再び真理亜と結ばれることはないかもしれない。

 しかし、自分と結ばれることは確実にあり得ない。KANAEの能力を使っても叶わなかったことがその証明だ。


「七瀬ちゃん、どうした?」

「ううん、何でもない」


 和仁の声で我に返る。いつまでも変わらない事実を嘆いている暇はないと、七瀬は頬を叩いて目の前の現実に意識を戻す。




 誰もが様々な思いを抱えてリレーに挑む。準備が済み、ピストルの音に続いて走者が入場する。果たして最後の大勝負に打ち勝ち、優勝を掴み取るのは赤団か、それとも白団か……。


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