第35話「陰謀」



 七瀬は怒りのあまり紙をビリビリに引きちぎった。お題の紙に呑気に記された『蛍光灯』の文字に、腹が立って仕方がなかったのだ。


 もちろん絶対に入手できない物というわけではない。校舎内のどこかの教室に行けば、蛍光灯などいくらでも手に入る。

 しかし、わざわざ教室へ向かい、蛍光灯を天井から外して運動場に運ぶ時間内に、当然白団の走者に先にゴールされてしまう。最初から敗北が確定しているような勝負だ。


「蛍光灯なんてどうすればいいのよ……」


 七瀬はテーブルの前で頭を抱えて悩む。今すぐ校舎内に蛍光灯を取りに向かうのはリスクが高い。先に白団にゴールされてしまう未来は目に見えている。しかし、ここでいつまでも突っ立っているわけにもいかない。


「考えろ……考えろ……」


 既に白団の走者は借り物のある場所へと走り出している。急がなければ無駄に時間が過ぎてしまう。七瀬はなけなしの思考力で解決策を探る。




「七瀬頑張れ~!」


 すると、彼女を応援する声が聞こえた。観客用のテントからスターが叫んでいるのだ。






「……あっ」


 七瀬は彼の姿を見つけた途端、一目散に彼の元へと駆け出した。


「スタァァァァァァァァァァ!!!」

「な、何だ!?」

「それ! よこしなさぁぁぁぁぁい!!!」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 七瀬はスターの頭上に浮かぶ天使の輪を無理やりぶん取った。そのまま全速力でゴールへ向かい、審査員の教師に見せる。


「お題の蛍光灯です!」

「うむ、よろしい」

「やったぁぁぁ!!!」


 七瀬は見事1位でゴールした。スターの頭上に浮かんでいた黄色い輪を、O型の蛍光灯と言い張って差し出したのだ。何とか認定され、七瀬は初の赤団1位走者として輝いた。赤団の団員達は高らかに歓声を上げる。


「七瀬……」


 喜びに満ち溢れる彼女の姿を、スターは複雑な心境で見つめた。




 七瀬の活躍は、その後の赤団走者の心に火を付けた。次の走者の和仁は『骨』というお題が当てられた。


「あ、そうだ!」


 しかし、彼には沖縄修学旅行で思い出の品として持って帰った、ソーキそばに付けられたスペアリブの骨がある。それを偶然持ってきており、すぐさま差し出してゴールした。


「持って帰ってよかったぁ……」




 続く恵美も『Eカップ以上の巨乳女性教師』という難題を突き付けられた。条件をありったけ詰め込んだお題だが、彼女は迷わず駆け出した。お題に該当する女性教師は、葉野高校に一人しかいない。


「浅野先生!」

「えぇ!?」


 戸惑う凛奈を無理やり担ぎ上げ、恵美は審査員の元へ突っ走った。見事認定され、恵美は1位でゴールとなった。


「私、初めて浅野先生が巨乳でよかったって思いましたよ」

「恥ずかしいのでやめてください……///」




 そして星の走順が回ってきた。彼は『超絶変態的性格の男子生徒』というお題を引き当てた。またもや一人しか該当しない人物がお題で助かった。星は迷わず彼の元へ駆け出した。


「涼太君、一緒に来て♪」

「うぇぇ!?」


 またしても思わぬ奇跡が働いた。涼太は星と同じ走順だったため、必然的に彼のリレーを妨害することにも成功したのだ。星も見事1位でゴールした。その後も赤団の走者は機転を利かせ、次々と無理難題をクリアしていった。


 そして、赤団は気合いで後半のリレーを追い上げ、1位もしくは2位の走者を続々と弾き出した。借り物競争は総合的に赤団の勝利となった。


「やったぁ……」


 七瀬達は何とか勝利を掴み取り、地面に倒れてぐったりとした。






 続いて3年生のラケットリレー。高校生活で異性と密着できる最大のチャンスとして、3年生の生徒達は大いに盛り上がった。

 男女2人でペアとなり、1本ずつラケットを持ち、一つのボールを挟みながら走る。コーンを回りながら戻り、次のペアに渡す。これを繰り返す。途中でボールを落としてしまったら、落とした位置まで戻ってやり直すというルールだ。


 女子に密着できるという一大イベントに興奮し、男子がとてつもない走力を発揮した。結果は白団の勝利に終わった。




 次は1年生の障害物競争。平均台やハードル、大きな網などの障害物を突破しながらゴールを目指す。シンプルな競技だ。


 結果は赤団が勝利した。




「うん、もう俺つっこまないわ」

「そうしましょ」


 作者の割愛事情にも慣れた和仁達は、次の種目である二人三脚に向けて気合いを入れる。

 男女2人でペアになり、それぞれ片足をロープで結び、肩を組みながら走る。途中でコーンを一周し、戻って次のペアにタッチしてゴールするという流れとなっている。




「位置についてよーいドン!」


 バァンッ!


「えぇ!?」


 ピストルを鳴らすタイミングが想像以上に早く、第一走者達は走り出しが遅れた。何はともあれ、二人三脚の開幕だ。




「和仁、あとは頼む!」

「おう!」


 和仁と恵美のペアの走順となった。順調な走りを見せつける。今のところ赤団がリードしている。


「クズ仁、胸触るのやめなさい」

「触ってねぇよ!」


 競技の途中にも関わらず、言い争いを始める二人。和人の手が偶然恵の胸元近くに触れてしまう位置にあり、セクハラ扱いされる。


「我慢しろ! 走ってる最中なんだから!」

「だって、くすぐったくて集中できn……ひゃっ///」


 突然喘ぎ声のような甘ったるい声を上げる恵美。競争中は体が大きく揺れるため、和仁の手が恵美の胸に直接触れてしまったようだ。


「うっ……///」


 普段強面な彼女らしくない色気の溢れる姿に、和仁は思わずドキッとしてしまう。男子はギャップ萌えにとことん弱い。彼女が相手なら尚更だ。いやらしい妄想が邪魔になり、どんどん集中力が乱れる。


「た、頼む星!」


 高鳴る鼓動を抑え、二人は何とか走りきった。次は星と七瀬の走順だ。


「星君……もうちょっと離れてよ……///」

「む、無理だよ……くっついてないと走りにくいし……///」


 しかし、和仁と恵美であれほどの恥ずかしさを感じていれば、星と七瀬の場合は更に深刻だ。お互いの体が密着し、二人は緊張で足取りがおぼつかなくなる。


「あいつら……イチャイチャするのは終わってからにしろよ……」


 端から見れば初々しいカップルにしか見えず、冷やかしの声が続く。二人はゴールした後もクラスメイトからからかわれ、二人は照れる。


「キィィィィ! 七瀬ったら、星君とイチャイチャしてぇ!!!」


 その様子を見て、真理亜は嫉妬の炎に燃えて地団駄を踏む。昇も当たり前のように七瀬と息を合わせる星に、敵対心を燃やす。


「ふへへへ♪ 昇きゅん♪ 私達の走りを見せてやりましょぉ~♪」

「そ、そうだね……」


 昇とペアである早智は、いつものように昇のことを異常なほどに溺愛していた。あまりの気持ち悪さに、流石の昇も若干引いている。気持ち悪さに耐えつつも、本勝負である団対抗リレーが始まるまで踏ん張る。


 結果として、男女で密着する恥ずかしさに耐えた白団が勝利を掴み取った。




 次の競技は3年生の棒引き。中央に40本の棒があり、両団は30メートル離れたところから一斉にスタートし、棒を奪い合う。

 1分間奪い合い、ピストルが鳴ったらその時点で持っている棒を自分の陣地に運ぶ。棒の数を集計し、多い方が勝利。三回勝負し、二回勝った方に高得点が入るというルールだ。


 結果は白団が勝利した。






『いただきま~す!』


 午前の部の種目が全て終了し、昼食休憩の時間となった。星、和仁、恵美、美妃の4人は、成海が用意してくれた豪華な弁当にありつく。


「あんたら、わざと弁当持って来なかったわね?」

「当然っしょ!」


 成海が大きなお弁当を作ってくれると聞き、一同はあえて自分の弁当を持ってこなかったのだ。続々と唐揚げやフライドポテト、タコウインナーなどの品々に箸が伸びる。


「確かに成海の料理は旨ぇな!」

「なんでスターまでここにいんのよ!」


 さりげなくスターまで紛れ込んでおり、呆れる七瀬。昼食休憩の時間を利用し、一同は戦況を確認する。

 現時点での各団の獲得点数が公開され、白団は140点、赤団が100点となっていた。前半からじわじわと差が開いていき、赤団は苦戦を強いられている。


 そして、一番気にすべきことは借り物競争の件だ。


「明らかに赤団が不利になるようなお題ばっかり出てたわよね?」

「あぁ。あんなのおかしいぜ」


 既に過ぎたこととはいえ、どうしても気になって仕方がなかった。あれはどう考えても赤団が不利になるように、何者かが仕組んだとしか思えない状況だ。




「今日、プリシラを見かけた」

「え? それって前言ってたあんたと同期の天使のこと?」


 スターが突然口を開いた。プリシラを知らない星達のために、スターは彼女の説明をした。スターは朝方にプリシラが見せた不可解な態度が心に引っ掛かっていた。


「あいつは俺と同じようにこの町の誰かを実験材料にして、欲求傾向の調査をしてるんだ。この体育大会に来てるってことは、実験に協力してる奴はこの学校の関係者かもしれない」


 スターのいつになく真剣な口調が、場の暑苦しい空気を冷やしていく。借り物競争の一件から周知している通り、この体育大会の裏では何かおぞましい陰謀が働いている。




「それはつまり……」


 そして、恵美が鋭い洞察力で問題の核心を突く。


「この学校の生徒か先生がKANAEの能力を使って、私達赤団の優勝を阻止しようとしてるってこと?」

「……多分そういうことだ」


 スターが危惧している問題は恵美が指摘した通り、プリシラが実験材料として選んだ人間……この学校の生徒、もしくは教師がKANAEの能力を保持しており、能力を駆使して赤団が優勝できないように邪魔をしているということだ。




「一体……誰が……」


 七瀬は唾を飲んだ。突然発覚した新事実。自分以外にKANAEの能力を持っている者がもう一人いる。その人物は恐らくこの後も何か仕掛けてくるだろう。


「……」


 星は不安に狩られる七瀬の表情を眺める。昇との賭け事があるため、勝負には絶対に負けるわけにはいかない。しかし、不安に狩られているのは自分も同じだ。二人の間には未だに気まずい空気が流れている。


 七瀬のために、自分にできることは何かないのだろうか。彼女の助けになれる術を必死に探す星だった。


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