第20話「もんもん」
私達はホテルに戻り、夕食のためにダイニングホールに来た。それにしても疲れた。なんか思ったよりも忙しない班別行動だったなぁ。念願の星君と同じ班だったから、何だかんだで楽しかったけど。
でも、その星君が厄介だ。
「七ちゃん、デザート持ってきたよ」
「なんでわざわざ私の分まで……」
「これ、七ちゃんと食べてみたかったんだもん」
お土産選びの後からか、星君の距離がやたらと近い。寒がってたからって上着を貸してくれたり、私の口元にお肉が付いてたのをからかったり、相合い傘で密着してきたり……。
いや、優しいのはありがたいんだけど、どういう風の吹きまわし!? 誰かに何か吹き込まれたんじゃないかってくらい、私に異常な優しさを見せつけてる。
「美味しい~。やっぱり沖縄といえばブルーシールアイスだよね!」
「そ、そうね……ありがとう」
とはいえ、せっかく持ってきてくれたんだし、食べないわけにもいかない。でも、美味しいは美味しいけど、星君がやたらと優しくしてくれるのが気になって、味に集中できない。
「あ、七ちゃんまた口に付いてるよ」
「え!?///」
「お昼ご飯の時もそうだったよね~」
またしても私は口元に食べ物をくっ付けてしまっていたらしい。一度ならず二度も。ヤバい……恥ずかしい……穴があったら入りたい。いや、いっそのことそのまま埋めてもらって、その上に墓標でも立ててほしい。
とにかく、アイスを取らないと……私は舌を出した。
「しょうがないなぁ、七ちゃんは」
星君は口元に指を近付けてきた。
ペロッ
「……へ?」
「……あっ」
私は星君の人差し指を舐めてしまった。
「あっ……あぁ……///」
私は固まって変な声を漏らしてしまう。いやいや、違う、違うから! 舐めたくて舐めたわけじゃないの! 私は舌で口元に付いたアイスを取ろうとしたの!
そしたら……その直前に……星君が指で拭い取って……///
「あっ、ご、ごめん! 七ちゃ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は思わず野太い悲鳴を上げ、ダイニングホールを飛び出してしまった。きっと星君は指で私の口元のアイスを取ろうとしたんだろう。うん、わかってる。これはハプニングだ。
とはいえ、私……星君の指を……ヤバいヤバいヤバい! キモいキモいキモい! 星君の指を舐めるとか、私……大の変態じゃん!
「あぁぁ……」
私は幽霊に取り憑かれたようなうめき声を上げながら、個室に駆け込んで頭を抱えた。今日一日の星君の行動に尚も悩ませられる。そして、先程のハプニング。いくら心の広い星君でも、今回ばかりは気持ち悪がってるかもしれない。
私、これから星君にどういう顔をすればいいんだろう……///
「うぅぅ……」
「星、落ち着けって」
僕は夕食とシャワーを終え、ベッドの上で枕を抱えて悶えている。今日一日自分の行動を振り返ってみて、明らかに異常だと気付いた。
きっかけは清史さんと千保さんの言葉だ。失敗を恐れず、最後まで自分の好きな思いを貫き通せと。
だからこの恋を叶えるべく、まずは七ちゃんに少しでも男として見てもらえるようなアピールをしてきた。告白を成功させるためにも。七ちゃんに僕は男であると意識してほしかったのだ。
でも、その努力が何だか空回りしているようにも思えてきた。今の僕は完全に七瀬ちゃんをたぶらかそうとする変態野郎だ。
「僕の馬鹿……変態……」
「いや、お前は何もおかしくねぇって」
和仁君はそんな僕を横から励ましてくれている。
「だって、自分の上着を着せたんだよ? 今思えば、男の上着なんて女の子は嫌がりそうじゃん!」
「七瀬ちゃんは喜んでただろ」
「それに口元にご飯付いてるって、言われたら恥ずかしいようなこと指摘してるし!」
「その程度大したことねぇよ」
「雨に濡れないようにするためとはいえ、相合い傘の中で女の子を抱き寄せるなんて!」
「ただのイケメンじゃねぇか」
和仁君が一つ一つポジティブに捉えてくれている。確かに、今さら後からあれこれ言ってる僕の方がおかしいかもしれない。
でも、普段の僕はそんなプレイボーイみたいなキャラじゃない。女の子である七瀬ちゃんに、そんなさらっとカッコいいことなんてできてないと思うよ。
「和仁君……」
「お前は何をそんなに慌ててるんだ?」
「……僕、男らしくないからさ」
僕は七ちゃんを守るために強くなると決めた。七ちゃんのたくましさに憧れたあの日から、できる限りの努力を重ねてきた。おかげで小さい頃よりかは強くはなれたかもしれない。
でも、まだまだ足りないんだよ。見た目が子供っぽいから、馬鹿にされやすいし、腕っぷしだけ強くなって、その力をうまく使いこなせていない気がするし。そうそう、お化けだってまだ苦手だし。
考えてみれば不完全なところがたくさんある。
「少しずつ大人に近付いて、小さい頃よりも確実に強くなれた。でも、七ちゃんを守るためには、もっともっと強くならなきゃいけないと思うんだ」
七ちゃんは時折切ない表情を見せる。きっと強い彼女のことだから、僕には想像もつかない悩みをたくさん抱えていると思う。僕はそれを一つ残らず取っ払ってあげたい。
だから僕は、七ちゃんがずっと笑顔でいてくれるまで、強くなることをやめちゃいけないんだ。
「いい考えじゃねぇか」
「ありがとう」
和仁君が優しく笑いかけてくれる。
「……でもな」
え? でも……?
「七瀬ちゃんの方はどう思ってるかわからねぇぜ」
「え?」
七瀬ちゃんがどう思ってるか……僕のことを……。言われてみれば気になる。でも、多分小学生の頃からの幼なじみとか、仲のいい親友とか、そんな具合だろう。
異性としては……見てないよね……。
「本当に七瀬ちゃんのそばで見守っていたいなら、彼女の本当の気持ちも今一度しっかり考えることだな。本当にお前のことを何とも思っていないのかどうかを」
「え?」
「俺に言えることはそれくらいだ。んじゃ、おやすみぃ」
そう言って、和仁君は布団を被って眠ってしまった。
七ちゃんの本当の気持ち……か……。
* * * * * * *
「……」
「真理亜さん、電気消すけどいい?」
「うん」
「おやすみ……」
真理亜は個室でテーブルに頬杖をつき、考え込んでいた。先程のダイニングホールでの星と七瀬のやり取りを、彼女はしっかりと目撃していた。あまりの衝撃に固まっていたが、底知れぬ怒りを感じていたのは確かだ。
“星君の指を舐めるとか……ふざけんじゃないわよ! 真理亜だって星君の指チュパチュパしたいのに!”
三神の監視が普段より強化されており、夕食中はずっと星の席に向かうことができなかった。彼のそばにいれば、七瀬の行動を止めることができたかもしれないと、勝手な想像を脳内で繰り広げる。
これまで真理亜は自分の弊害になりそうな女は、徹底的に蹂躙していった。自分に惚れた男に命じて暴行を加えさせたり、冤罪を擦り付けて他者からの信頼を失落させたりした。
今宵、七瀬は真理亜の要注意人物リストに追加された。
“やっぱりあのクソ女は排除しないとダメね……”
思考がますます荒んだものへと変貌していく。星は七瀬と共にいることを楽しんでいる。彼の意識が七瀬に向けられているうちは厄介だ。
まずはあの女を星から遠ざけなければいけない。殺害まではいけないにしても、何かしらの手で懲らしめてやりたい。痛い目に遭わせないと気が済まない。
“どうしてやろうかしら……”
ただ暴力でねじ伏せるだけでは物足りない。星がそばにいれば止められてしまう。更に姑息で、誰にも気付かれることなく確実に七瀬を痛め付ける方法は……。
「……そうだ」
単純ではあるかもしれないが、恰好な方法を思い付いた。仮にも今は修学旅行中。行えることを考えるとこれが限界だ。
「ふふっ、待ってなさい……土屋七瀬」
いつの間にか彼女の目的は、星を手に入れることではなく、七瀬を痛め付けることに変わっていた。
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