第19話「沖縄観光その3」
「凄い……」
「洞窟探検してるみたいね」
海軍は戦時中約一万人おり、壕はあちこちに掘られていた。この施設は司令部があった壕の跡に作られている。旧日本海軍によって掘られた壕が当時のまま残っており、戦争の事実を今に伝える貴重な資料として整備、保存されているのだ。
「なんか天井が崩れてきそうで怖いね」
「いや、むしろ頑丈な方だぜ。米軍の爆撃にもある程度は耐えられたみたいだからな」
星達は通路内に設置された明かりを頼りに進む。壕内はカマボコ型に掘り抜いた横穴が、コンクリートと杭木で固められてできている。薄暗い通路が無数に張り巡らされ、まるで迷路のようだ。地図無しでは迷ってしまう。
「ここ、司令官室だって」
「司令官が自決した部屋だ」
「『大君の御はたのもとに死してこそ 人と生まれし甲斐ぞありけり』か……」
和仁が壁面に刻まれた司令官の愛唱歌を読み上げる。司令官室・作戦室に近い幕僚室には、司令官を補佐していた幕僚が手榴弾で自決した際の破片の跡が、当時のままくっきりと残っている。その場に刻まれた何もかもが、恐ろしい歴史を物語っている。
一通り見学し終えた星達は、出口を目指す。
「くしゅん!」
「七ちゃん、寒いの?」
七瀬がくしゃみをして、むき出しになった両腕を撫でる。朝から過酷な猛暑が続くため、彼女は薄手の上着を脱ぎ、スーツケースに入れたままにしておいた。
しかし、壕の中は風通しが利いている分肌寒く、肌が氷のように冷えてしまった。スーツケースはホテルに置いていき、羽織る物は何もない。冷気の中を震えながら進む。
「七ちゃん、これ着て」
「え、でも……」
「いいから」
星は自分の上着を脱ぎ、七瀬の冷えきった体に被せた。星の上着も壕内の冷気で多少は冷たくなってしまっているが、先程までの彼の体温を生地が覚えており、七瀬の肌にほんの一時の温もりを与える。
「ありがとう……///」
「うん。女の子が肌を冷やしちゃダメだからね」
七瀬は上着に身を寄せ、彼の温もりと香りに酔いしれる。自分の肘が隠れるほどの長い袖、大きい上着……流石男の子だ。
「宮原君、優しいね」
「こんな戦争に関わる施設内でイチャついて、なんかバチ当たりそうね」
「まぁまぁ許してやれよ。外に出れば熱気で多少は快適になるだろうし」
和仁達は後方から二人の様子を微笑ましく眺める。
「旨ぇぇ……」
「やっぱり本場のソーキそばは一味違うね~」
星達は道中の食堂でソーキそばを食べた。ソーキそばはスペアリブをトッピングした代表的な沖縄の麺料理だ。甘辛く煮込まれた出汁に浮かぶ豚肉が、箸を刺すとほろほろと柔らかくほぐれていく。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、このちっちゃい皿は何?」
「あぁ、そりゃ余った骨を入れる皿だ」
スペアリブにはしっかりとした骨がついているため、店で注文すると食後の骨を入れる小皿が付いていることがよくある。
「せっかくだし、俺骨持って帰ろうかな」
「なんでよ」
「思い出の品だよ、思い出の品♪」
和仁は骨の肉身を綺麗に平らげ、骨をリュックにしまう。細かいところに沖縄らしさを感じる食事を、星達は暖かい空気に包まれながら楽しんだ。
「あははっ、七ちゃん、口元にお肉の身付いてるよ」
「嘘っ、やだ!」
星に指摘され、ハンカチで口を拭う七瀬。あまりの旨さに思わず食い意地を張ってしまったようだ。
「七ちゃんっていつもは凛々しいけど、たまに可愛いところ見せるよね」
「可愛っ……も、もう! すぐそういうこと言うんだから!///」
安易に可愛いと言われると心臓に悪い。ただでさえ星の魅力的な笑顔に惚れているというのに、更に異性として意識してしまって落ち着けない。
和仁達は静かに星と七瀬の様子を眺める。
「私達は何を見せられてるのかしら」
「この皿、砂糖を吐くためにあるのかもな」
「小さくて全然足りないね」
「広いな……こりゃ40分じゃ回りきれねぇぞ」
魔物対策にS字になっている石畳の道など、中国文化も取り入れた琉球独特の建築様式は見所だ。沖縄戦で大部分が破壊されたが、1975年から20年ほどかけ復元され、元の美しい姿を取り戻している。
「ハァ……ハァ……」
七瀬が息を切らしながら庭園を徘徊する。先程から施設全体を回りきるのに相当な時間を要する観光地ばかり巡っている。
元々移動や観光、食事の時間を含めて約7時間という制限もあり、かなり詰め込まれたスケジュールとなっている。足にだいぶ重量を感じるようになってきた。
「七ちゃん、ちょっと休憩する?」
「うん……」
空いていた縁側に腰を下ろす七瀬。星も彼女の容態が心配で隣に座る。
「ごめんね、なんか忙しない班別行動になっちゃって」
「ううん、きっとさっきのお土産選びに余計な時間持ってっちゃったのが悪いのよ」
急ぎ急ぎで観光地を巡ってはいたが、途中に挟まれたショッピングが想像以上に時間を割いてしまい、識名園の見学に注ぐ時間が僅かとなってしまった。それに加え、ホテルに戻る時間を計算しても足りないほどに、敷地は広大だった。
空は曇りがかり、雨が振りだしそうな灰色を映し出していた。
「でも僕、七ちゃんと一緒に旅ができて嬉しいよ」
星は何度も七瀬を励ました。人一倍他人思いの七瀬のことだ。自身の体力のなさに責任を感じているに違いない。時間が危うくなってきたことも申し訳なく思っているはずだ。雲行きの怪しい空のように、彼女の笑顔が霞んでいく。
「ありがとう」
「うん、最後まで楽しもうよ」
十分ではないが、僅かながら体力が回復した七瀬の手を、星は優しく引いて立ち上がる。
ピチャッ
「……え?」
「いけない! 降りだした!」
「星、七瀬ちゃん! タクシーまで走るぞ!」
和仁の声に付いていき、二人は全速力で出口へと向かった。
予定通り全ての観光地を巡り終え、一行はタクシーでホテルへと戻る。
「疲れてる時に雨を眺めると、余計に疲れが溜まって嫌だよなぁ」
「沖縄ってスコール多いってよく聞くもんね」
「それに、沖縄まだ梅雨明けしてなかったよね」
「予報だと明日明けるそうよ」
タクシーの窓に張り付く無数の水滴を眺めながら、星達は座席に深く腰かける。窓を打つ雨音が激しくなる度に、彼らの疲労が熱を帯びていくように感じる。
「あっ……」
七瀬がリュックを漁りながらふと声を漏らす。
「どうしたの?」
「……折り畳み傘忘れた」
星達を乗せたタクシーは、集合時間ギリギリでホテルの近くの停留場で停まった。それぞれ傘を差して走り出し、ホテルのフロントへと向かう。既に班別行動から戻り、整列を始める生徒達の姿が遠目で見える。
「急げ~!」
和仁達はさっさと行ってしまった。七瀬は自分の折り畳み傘を間違えてスーツケースの中に入れてしまっていた。仕方なく星の傘に入れてもらうことにした。
「はい、折り畳み傘だからちょっと狭いけど」
「ありがと……」
星はタクシーを折り、外で傘を広げて七瀬を迎える。雨は先程よりも激しさを増す。七瀬は濡れないようにサッと出る。
ガシッ
「えっ///」
「走るよ。掴まってて」
星は七瀬の肩を掴み、抱き寄せて走り出した。再び七瀬の頬が赤く染められる。雨に濡れないためとはいえ、必要以上に密着した状態にドキドキしてしまう。心なしか、彼の身長がいつもより高く見える。
折り畳み傘は小さい。それなのに、星はどこまでも大きい。心も、体も。
「二人共、濡れませんでしたか?」
「少しだけ……でも大丈夫です」
凛奈がフェイスタオルを持って、星と七瀬にに駆け寄る。二人は肩周りや髪先に少々付いた水滴を払う。ホテルにたどり着くまで決して七瀬を濡らさないように、星は全身で雨粒から彼女を守った。
「七ちゃん、大丈夫だった?」
「えぇ……ありがとう」
「うん。七ちゃんが風邪引かなくてよかったよ」
上着を貸してもらったり、昼食の際にからかわれたり、傘に入れてもらったり。星の思うように世話をされているようで、七瀬は釈然としなかった。小学生の頃なら、どう考えても何かしてあげるのは自分の立場のはずだった。
それでも、不覚にも彼の優しさに惚れてしまっている自分がいた。
「……///」
「七ちゃん、顔真っ赤だよ? もしかして、やっぱり風邪引いちゃった!? ごめん!!!」
「引いてないわよ! なんでそんなに優しくすんの!///」
「えぇ! なんで怒ってるの!?」
フロントの隅ではしゃぐ二人の様子を、和仁と恵美、美妃の三人は、呆れたような満更でもないような表情で眺めていた。
「やっぱりイチャついてたか。目を離すとすぐこれだ」
「タクシーに置いてって正解だったわね」
「あの二人、本当に仲が良いんだね」
かくして、彼らの班別行動は騒々しい雨音と共に幕を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます