第18話「沖縄観光その2.5」



「恵美~、あとどれくらいだ?」

「もう半年待って」

「おう! ……って待てるか!!!」


 僕と和仁君はベンチに座って休憩中。七ちゃんと恵美さんと美妃さんは、お土産ショップで手に取った商品とにらめっこをしている。

 タクシーで次の観光地に移動する途中で、よさげなお店をたまたま見つけたため、女性陣が忘れないうちにお土産を買っておきたいと言い出した。


「恵美……あとどれくらいだ……」

「あと一年待って」

「増えてんじゃねぇか!!!」


 僕と和仁君は入ってすぐに決まり、会計を済ませて女性陣を待つ。


 ……んで、かれこれ30分は待ってるんじゃないかな。


「女ってなんで買い物にあんなに時間かけるんだろうな……」


 それに関しては僕も同感だ。僕も昔七ちゃんと都会の方によくショッピングに行ったけど、買うものは決まってるはずなのにすごく時間がかかった。2時間くらいかけてたような気がするなぁ。

 女の子って一つのことに夢中になったり、短時間で怒る泣く笑うを繰り返したり、男にはよく分からないことがたくさんある。


「女心って分かんねぇ」

「確かにね。女心と物理現象は秋の空って言うもんね」

「今は夏だけどな……」


 お互い思いを寄せる女の子の買い物姿を眺めながら、宇宙の神秘に等しい女の子という存在について語り合う。


「あ、星、ちょっとトイレ行ってくる」

「行ってらっしゃ~い」


 和仁君がトイレに駆け込み、一人で待つことになってしまった。どうしようかな。近くに屋台みたいなものもあるし、小腹が空いたから何か食べようかな。


 いや、お昼ご飯まで待つとするか。それより七ちゃんへのラブレターの内容でも読み返すか。おかしい内容になってないか確認しよう。僕はリュックを漁り、ファイルに挟んでいたラブレターを取り出す。




 ペラッ


「あっ!」


 封筒から便箋を取り出した瞬間、手が滑って便箋が床に落ちてしまった。しかも風に乗って遠くへ飛んでいく。


「待って!!!」


 僕は一目散に追いかけた。ラブレターなんて黒歴史の塊になりそうなものを見られたら、恥ずかしくて表を歩けなくなる。




 パシッ

 すると、遠くのベンチに座っていた桃色髪の女の人が、便箋をキャッチしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」

「七ちゃん、覚えてるかな? 僕が初めて君に……」

「読まないでください!!!」


 女の人は唐突に内容を読み上げた。やめてよ! 恥ずかしいから! なんで読むんだよ! この世界には人のラブレターを見ると、勝手に読み上げる人しかいないの!?


「あははっ、ごめんごめん」

「もう……」


 女の人は子供をからかうお母さんのような笑みを浮かべる。何なんだこの人……。




 すると、屋台の列からアイスクリームを両手に抱え、所々赤みがかった黒髪の男の人がこちらにやって来た。女の人の彼氏さんだろうか。


「千保、何やってんだ……?」

「あ、キヨ君。この子の反応が面白くてね~」


 笑いながらアイスクリームを受け取る女の人。女の人は千保さんで、男の人はキヨさんって名前なのかな? 何とも不思議な人達に目をつけられてしまった。この人達も沖縄観光に来ているのだろうか。


「君、修学旅行生?」

「あ、はい。そうです」

「そうか。俺も学生の頃行ったなぁ。一度限りの青春、楽しめよ」

「はい!」


 キヨさんも僕に優しく笑いかける。まるで幸せとは何たるかを深く理解しているような、とても素敵な笑顔だった。


「告白も頑張ってね」

「あんまり言わないでください……恥ずかしいので……///」

「お相手は同級生?」

「はい。小さい頃からの幼なじみなんです」


 なんかよくわからないけど、ラブレターと七ちゃんのことを詳しく話さなければいけない状況になってしまった。なんでだろう。相手は初対面の素性も知らないカップルなのに……。


「ラブレターで告白するのか」

「はい。口で伝えるのはちょっと恥ずかしいので……」


 もじもじする僕をよそに、千保さんはラブレターに書き連ねられた文章をジーッと見つめる。わざわざ自分のアイスクリームをキヨさんに一旦渡して。そんなにじっくり読まないでくださいよ……。




 ビリッ


「……え?」


 千保さんはラブレターをビリビリに破り始めた。 ……へ? なんで?


「えぇぇぇぇぇ!?」

「おい千保! 何やってんだ!?」


 隣に座っていたキヨさんも驚愕し、慌ててアイスクリームを床に落としかける。ちょっと待って! ほんとに何してるの!? 千保さんはラブレターを破り終え、紙くずを小さく丸めた。


「少年A君」

「あの……星です」

「星君、自分の思いはきちんと口に出して言わなきゃダメだよ」


 千保さんは先生になったかのように、胸を張って僕に教えを説く。


「自分の思いは自分の声で伝えた時が、一番気持ちいいんだから。相手だってその方が嬉しいはずだよ。君のその瞳が、体が、声が、君の愛を一番魅力的に伝えられる手紙なんだから」

「あぁぁ……」


 なぜか聞き入ってしまっている自分がいた。彼女の言うことが至極真っ当に聞こえる。確かに口で伝える方がカッコいいし、男らしくもある。だけど、とても難しい。


「でも、口で言うのは恥ずかしいし、失敗しそうで怖くて……」

「別に失敗してもいいんじゃないか?」

「え?」


 今度はキヨさんが口を開いた。千保さんが手紙を破り始めたことには驚いてたけど、その後の彼女の発言に感銘を受けたのか、励ましに便乗してきた。


「人生は長いんだ。まだ始まったばかりなんだし、これからも思いを伝える機会はいくらでもある。その中で何度も失敗したって構わないさ」

「キヨさん……」

清史きよしな」

「あ、はい……」


 千保さんが『キヨさん』と呼んでいたけど、正しくは清史さんか。それよりも、彼の言葉も実に深い。まだ若々しいのに、先人より遥かに人生の教訓を知り尽くしているような風格だ。


「星君の愛が本物なら、たとえどれだけ失敗したとしても、何度だって頑張れるはずだろ? 俺だってそうしたんだ。だからこうして千保と一緒にいられる」

「キヨ君……///」


 清史さんは千保さんの肩に手を乗せ、自分の方へ抱き寄せる。思わず頬を赤らめる千保さん。なんて素敵な愛の形だろう。


「星君も諦めないで頑張れ。何度も失敗したっていい。最後にたった一回成功すりゃ、それだけで勝ちなんだから。成功するその時まで、一途な思いを貫き通すんだ」

「はい! そうします!」


 清史さんの言う通りだ。思いを伝える機会も、七ちゃんだけを好きでいる自信も、いくらでもある。僕が諦めない限り、七ちゃんの手はすぐ届くところにあるんだ。


「たとえ島を海の底に沈めることになっても、頑張って思いを伝えるんだよ!」

「へ?」

「気にしないでくれ。こっちの話だ」


 最後の千保さんの台詞の意味が少々よく分からなかったけど、きっと励ましてくれているに違いない。

 不思議な縁によって出会ったカップルに応援されてしまった。初対面なのに優しいな。きっと愛のことを深く知っているんだろう。


「ありがとうございました」

「おう」

「修学旅行楽しんでね」


 僕は二人に手を振り、お土産ショップに戻った。清史さんと千保さんが教えてくれたことは、忘れないようにしよう。







「ふぅ……長い戦いだったぜ」


 和仁君がハンカチで手を拭いながら、トイレから戻ってきた。


「うん、僕も長い戦いになりそうだよ」

「お? おう……頑張れよ」


 自分の思いはなかなか打ち明けることができない。初めて七ちゃんに会って助けられた時から、彼女に抱いていた憧れはいつしか恋心へと変わっていた。

 だったら尚更言葉にするのが怖い。緊張で唇が乾いてしまう。きっと僕はうまく伝えられずに何度も失敗してしまうだろう。


「七ちゃん……」


 腕っぷしや体力は十分強くなった。しかし、心はまだまだ軟弱なままだ。これから始まるのは、弱い心を抱えた己との戦い。たとえ修学旅行中に伝えられなくてもいい。いつか伝えてみせる。絶対に諦めないから。


 七ちゃん、僕は今よりもっと強くなってみせるよ。


「恵美、あとどれくらいだ?」

「あと10年」

「お前もうふざけてるだろ……」


 女性陣は未だにお土産選びで悩んでいた。彼女達もまた長い戦いになりそうだな(笑)。


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