第17話「沖縄観光その2」



「旨ぇぇぇぇぇ!!!」


 夕食は生徒全員がダイニングホールに集合し、それぞれの班に分かれてでテーブルを囲った。テーブルにはハンバーグやエビフライ、唐揚げなミートソースパスタなどの子供達の大好きな料理が並べられていた。


「七ちゃん、美味しいね!」

「そうね」


 星や七瀬は料理を頬張りながら、軽いバイキング形式の夕食を楽しむ。二人で共にする夕食は、今までの8年間で何度も経験してきた。しかし、どれも新鮮で心地よい時間だった。


「ほれほれ、美妃ちゃんも食え食え」

「う、うん……」

「こら、そんなに食べさせないの! ごめんね、うちの馬鹿がまた……」


 和仁が美妃の空いた皿に次々と食材を乗せていく。恵美が悪ふざけが過ぎると和仁を叱る。


「いいの。私、友達とこんなに楽しくご飯食べたことないから。ありがとう、みんな」

「いいってことよ!」

「美妃、あんたいい子ね」


 しかし、美妃は初めこそ友達を身近に感じる生活に戸惑っていたものの、誰かが自分を気にかけてくれるという幸せをありがたく思っていた。感謝を伝えるべく、和仁と恵美に優しく微笑みかけた。




 生徒達は各々旅行の醍醐味である豪華料理を心行くまで堪能していた。しかし、ある人物の一言で、星の箸が止まった。


「星きゅゅゅゅゅん!!!」

「げっ、真理亜さん……」


 真理亜だ。相変わらずの黄色い声を上げながら、再び星達の前に姿を現した。せっかく忘れかけていたのに、ぐったりとテンションが下がってしまった。


「また来たの? 自分の班に戻りなよ……」

「だって星君と晩ご飯楽しみたいんだもん♪」


 真理亜は星の隣に空席を見つけると、腰を下ろして星に微笑みかける。三神は自分の食事と他の2組の生徒の様子を監視している。どうやら彼の目が届かない瞬間を図り、隙を見て1組のテーブルにやって来たようだ。


「星君、春巻き食べる? はい、あ~ん♪」

「い、いいよ……自分で食べるから」

「遠慮しないの♪ あ~ん♪」

「あ、あーん……」


 星は観念し、真理亜が握るフォークに刺さった春巻きを頬張る。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「よかった♪ まるで真理亜達、夫婦みたいだよね♪」


 冗談なのか本気なのかは定かではないが、またもや星を困惑させる台詞を口走る真理亜。七瀬は朝と同様に注意しようと口を開きかけた。


「布施ぇ……」

「ぎぇっ!? はいはい戻りますすいませぇぇぇん!」


 真理亜がいないことに気付いた三神が、彼女の背後で鬼の形相を浮かべていた。説教を恐れた真理亜は、俊足で自分の班のテーブルへと戻っていく。


「真理亜さん、本当に困った子だね……」

「えぇ……」


 七瀬は真理亜を要注意人物として、心にメモをした。一瞬能力で邪魔されずに済むよう願おうと考えた。しかし、いくら腹を立てているといえど、その程度のことで能力を使うことも馬鹿らしく思えた。


「あ、七ちゃん、このきんぴらごぼう美味しいよ。食べてみて」

「あら、ほんと?」


 面倒なことは考えず、星と共にする食事を楽しもう。七瀬は食事に意識を戻し、きんぴらごぼうを美味しそうに頬張った。


「美味しい♪」




 夕食を終え、生徒達は個室でシャワーを浴び、二日目の予定を確認した後に就寝した。各々が抱え込んだ疲労と共に泥のように眠った。こうして沖縄修学旅行一日目は終了したのだった。








「七ちゃん、おはよ♪」

「おはよう、星君」


 沖縄の眩しい日差しで目が覚め、二人は廊下で気持ちのよい挨拶を交わす。日々の登下校で習慣になっていることを、修学旅行に来ていても欠かさない。


 沖縄修学旅行二日目。この日は生徒達が待ち焦がれた班別行動の日だ。ダイニングホールでそそくさと朝食を済ませ、個室で班別行動に必要な荷物をまとめる。スーツケースは一旦ホテルに預ける。


「朝飯も旨かったなぁ~」

「ね~、いよいよ班別行動だよ」

「あぁ、沖縄のタクシーってどんな感じなんだろうな」


 コンコン ガチャッ


「二人共、準備はいい?」

「おうよ!」

「それじゃあ、行こうか」


 星達はリュックを背負い、タクシーの停留場へ向かった。練りに練って計画した班別行動の始まりだ。








 ひめゆり平和祈念資料館へいわきねんしりょうかん。戦争の悲惨さや平和の大切さを後世に語り継ぐために、建立された資料館だ。ひめゆり学徒の遺品、写真、生存者の証言映像などの多くの資料を見学することができる。


「男も女も悲惨だったんだな……」


 和仁は写真を見て悲壮な表情を浮かべる。ひめゆり学徒隊とは、1945年3月末に、看護要員として沖縄陸軍病院に動員された師範学校や女学校の生徒、教師のことである。


「そっか、負傷した兵士の救護をしてたのね」


 米軍の侵攻により、学徒隊は5月末には沖縄本島の南部へ撤退した。6月18日に突然解散命令が出され、その後の数日の間に死亡者の約80%に当たる100名余りが、命を落としたと言われている。


「塔は美しいのに、その背後にある歴史は残酷だな」


 資料館の入り口にあるひめゆりの塔は、米軍の攻撃により多くの亡くなった学徒隊の生徒や教師、軍病の職員を弔うために建立された慰霊碑だ。


 ひめゆりの塔や資料館には、現在も多くの人が訪れ、平和への祈りを捧げている。ひめゆり学徒の戦争体験を通して、戦争の悲惨さや平和の尊さを学ぶことができる平和学習の場になっている。


「……」


 男は戦争のために兵隊へ、女は男に代わる働き手として酷使された。その性差別的事実が、星と七瀬には他人事のように思えなかった。

 二人は塔の前で手を合わせ、強いたげられることのない平和と、男女関係なく自分の望むように生きることができる世界に深く感謝した。







「着いた……」


 斎場御嶽せーふぁうたき。琉球の祖神アマミキヨが国始めに作った七御嶽ななうたきの一つ。かつての沖縄である琉球王国時代では、国家的な祭事の際に「神の島」といわれる久高島から聖なる白砂を運び入れ、それがこの場所全体に敷きつめられている。


「ここって有名なところなの?」

「あぁ、格式の高いところで有名なんだ」

「名前は聞いたことあるけど、もっと神社っぽいところだと思ってたよ」


 沖縄の御嶽では、本州の神社仏閣のように神殿などが建てられていない。周囲の樹木や巨石などから感じるパワーを崇めるという信仰がほとんどらしい。

 事前に調べた通り、道中のジャングルを思わせる深い木々が神秘的だ。星達は異世界に迷い混んだかのような感覚に陥る。


「うわっ、デカ!」

「写真で見たやつだ」


 星達は目の前の光景に圧倒される。1つの斜めの巨岩が、垂直に立っているもう1つの巨岩に寄り添って、三角形のトンネルを作り出している。


「スゲェだろ。これが本土で言う鳥居みたいな役割を果たしてんだぜ」


 星達はトンネルの奥に進んだ左側に見える海上の久高島を臨む。神秘的な木々や巨石を潜り抜けた先にある見事な絶景だ。一通り見学を終え、来た道を戻っていく。


「昔はこういう神域は男子禁制でな、権力の高い国王であっても女装に着替えていたと伝えられているんだ」

「それじゃあ、なよなよしてる星君にはピッタリね」

「ひえっ、七ちゃん酷い! 僕なよなよなんかしてないもん!」


 七瀬は唐突に星をからかう。星は星で不覚ながらも冗談を受けて楽しむ。


「二人共、あんまりふざけない方がいいわよ。入る前にマナービデオ見たでしょ」

「あ、はい……」

「ごめんなさい……」


 恵美の注意に萎縮する二人。星達は出入口にもなった資料館にて、琉球王国の歴史とともに斎場御嶽の概要についてのビデオを視聴した。参拝する際の注意事項を確認し、マナーを厳守するよう言われてる。


「そうだ。ここは神聖な場所だからな。石や草木も持ち帰るのも許されていないくらいだ」

「和仁、さっきから詳しいわね」


 修学旅行の予定は全くだが、やけに観光地の詳細を知り尽くしている様子だ。時たま懇切丁寧に解説してくれている。


「当然! せっかく来たんだし、心の底から楽しむためだからな!」

「大声で解説するのもどうかと思うけどね」

「うおっ! むぐっ!」


 恵美に指摘され、慌てて口を両手で塞ぐ和仁。その様があまりにも可笑しく、静かに後ろを付いていた美妃がクスッと吹き出す。


「ふふっ……ご……ごめん……」


 会話にあまり入れなかった美妃だが、彼女が純粋に班の空気を楽しんでくれていることに安心し、星達は微笑ましい気持ちで胸がいっぱいになった。七瀬もまた、彼女を迎え入れてよかったと、優しく笑いかけた。


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