第16話「沖縄観光その1」
生徒達を乗せたバスは中部国際空港にたどり着いた。一同はバスを降り、搭乗手続きを済ませ、税関で各々スーツケースや大きい荷物を預ける。
「あ! 例の歩く歩道だ! 初めて見た~」
「それを言うなら動く歩道だろ」
「見て見て! ムーンウォーク♪」
「君達! ふざけないで進みなさい! 後が詰まってるだろ!」
空港ではお馴染みの水平式エスカレーターで、2組の生徒はムーンウォークを披露したり写真を撮ったりと、好き勝手にはしゃぎ回る。三神の
「先生、星君のところに行っていいですか~?」
「真理亜、お前ほんと懲りないな……」
「先生も人のこと言えないじゃないですか~」
真理亜が星に会いたいと駄々をこねる。彼女は普段から救いようのないほどの男たらしであるが、最近の星に対しての執着心は異常だった。
“あ~あ、早く真理亜の王子様に会いたいなぁ~”
もしかしたら、彼女の心にも「こ」から始まる名前の感情が揺れ動いているのかもしれない……。
生徒達は何とか全員飛行機に乗り、那覇空港行きの便が出港した。初めての飛行機を体験する者は、機内での独特の飛行感覚に酔いしれる。機体が安定し、地が遥か下へと遠ざかる。
「ねぇ恵美、凄いわよ。もう雲があんなに下に見える」
「……」
「恵美?」
「……ぐぅ」
恵美は早くも寝落ちしていた。飛行機に乗り慣れているのか、感動の一欠片も抱いていない。バスでも十分に寝ていたというのに、恐ろしいほどの睡眠欲だ。改めて恵美のマイペースな性格にため息をついた七瀬。
「……」
そんな二人の少々前方の席で、星はテーブルに便箋を広げ、黙々と何かを書き連ねていた。誰かに手紙を送るのだろうか。
「何やってんだ?」
隣に座っている和仁が覗き込む。星が用意した便箋には、余白に花や草木などの可愛らしいイラストが描かれていた。ただの手紙ではなさそうだ。
「ん? 七ちゃん、覚えてるかな? 僕が初めて君に……」
「あぁぁぁぁ! 声に出して読まないで!!!」
唐突に文章を読み上げられ、星は慌てて和仁の口を両手で塞ぐ。周りの生徒の様子を見渡し(特に七瀬を重点的に)、聞かれていないかどうかを確認する。
生徒はみんな窓の景色を堪能したり、隣の席の友人と談笑していたり、こちらの様子には気付いていないようだ。七瀬本人にも聞こえてはいなかった。
「悪ぃ……」
「みんなには内緒にしてよ。特に七ちゃんにはね」
「お、おう……」
星は和仁だけに聞こえる小さな声で、耳元で囁く。
「僕、この修学旅行で七ちゃんに告白しようと思ってるんだ」
「おぉ~! マジか!!!」
「だから大きいって!!!」
「す、すまん!」
和仁は今度は自分の手で口を塞いだ。密かに計画していたことが、早い段階で周りに知られては台無しになってしまう。
「じゃあそれ、ラブレターか」
「うん、直接言葉で言うのは恥ずかしいから……」
「まぁ、思いを伝えようとするだけマシか。頑張れよ!」
「ありがとう」
和仁に肩を叩かれ、応援してくれる仲間がいることの幸せを噛み締めた。窓の外を眺めると、下方に薄く小さな雲が浮かんでいた。自分の気持ちは決して霞めまいと、固く心に誓う星だった。
約3時間のフライトを経て、飛行機は予定通り那覇空港に到着した。空港を出た生徒達を待ち受けていたのは、蒸し暑い湿気と目を背けたくなるほどのかんかんの日照りだった。
「キタ~! 沖縄~!」
「ひゃ~、やっぱり暑いね!」
「今の時期は特にね……」
到着早々熱気に打ちのめされ、ハンカチで顔を拭いたり襟元をいじったりする生徒達。自分達が暮らす環境とは全く違い、未知の場に降り立ったことを実感する。
「沖縄、着いたね」
「意外と時間かかったわね」
「あれ? スーツケースは取りに行かなくていいのか?」
「スーツケースはホテルに送ってもらうことになってるんだよ」
「説明会で言ってたでしょ。覚えときなさいよ……」
星達も沖縄の青空を仰ぎながら、修学旅行の幕開けを肌に感じていた。生徒達は担任の先生の指示の元、空港内の所定の位置に集まって整列する。
「今のうちにお手洗いに行きたい人は済ませておいてくださいね。準備ができたら予定通りお昼ご飯を食べるお店に行きますよ~」
凛奈が1組の生徒に呼び掛ける。バスに乗る前に彼女が着ていた上着が取っ払われ、半袖からそそり出る白い肌に、男子生徒達は欲情していた。魅力的な体付きで、何かと男の視線を集めてしまう罪な女だ。
「では浅野先生、朝言った通りお茶でも……」
「えぇ……」
そして、彼女のナイスバディに惹かれ、再び三神が言い寄る。反応に困る凛奈。2組の代表生徒に引っ張られ、三神は元の場所へと戻っていく。
これから昼食に向かうと決められているのに、生徒の前で白昼堂々とナンパする姿にその場の誰もが幻滅した。
「三神先生ってナンパ癖で有名らしいよ」
「いや、生徒ならまだしも、先生がナンパって……」
「本人曰く、先生だけしか狙ってないし、生徒には手を出さないから問題はないって」
「十分問題だわ!」
学校の情報に詳しい恵美が言う。三神のナンパ癖の被害に見舞われる女性教師は少なくないようだ。真理亜といい三神といい、2組は可笑しな人間しかいないのだろうか。
「え、えっと……気を取り直して、みんなで沖縄修学旅行を存分に楽しみましょ~」
『お~!』
凛奈の掛け声と共に、生徒達は歓声を上げた。始まりから既にてんやわんや遭ったが、一同は気持ちを切り替えて一生に一度の学校行事に臨んだ。
「これが不発弾……」
「これ本物なんだ……」
小さな食堂で昼食を終えた生徒達は、沖縄平和祈念資料館を訪れた。戦時中に過酷な体験をした者の講話を聞いたり、かつて沖縄で繰り広げられた本土戦に関する資料を見学した。
「この写真リアルだな」
「いつまで経っても戦争は負の歴史だものね」
各々が戦争の残酷さを目に焼き付け、自分達がこうして今という平和な一時を生きることができている幸せを噛み締めた。
飛行機での移動に相当な時間を費やしたこともあり、修学旅行一日目は驚くほどあっという間に過ぎてしまった。疲労を抱えた生徒達は、ホテルに向かうバスの中で深い眠りに誘われた。
「着いたぁ……」
「一日目なのに疲れが半端ねぇよ……」
「そうだね……」
「早く部屋で休みたい……」
「でも夕食まであんまり時間ないよね……」
七瀬達も上半身がぐったりとしており、背中に重い荷物を背負わされたような疲労を抱えていた。今なら目に見えない空気まで凄まじい重量を持っているように感じてしまいそうだ。
「ダイニングホールにスーツケースが集められてますので、持ったらそれぞれ班ごとに部屋に向かってください。部屋番号をしっかり確認してくださいね~」
生徒達はスーツケースを手に取り、疲れを癒すべくホテルの個室へと向かう。星達もエレベーターを乗り継ぎ、自分達に用意された個室の前へと向かう。
「じゃあ、また夕食でね」
「うん」
七瀬達とは一旦分かれる。班別行動は男女混合だが、ホテルの個室までも一緒に利用するわけにはいかない。星は個室の鍵を開け、和仁と共に入室する。
「お~、綺麗だね」
「ベッドデケェ! やっほ~い♪」
バサッ
和仁が丁寧にメイキングされたベッドの上にダイブする。モダンデザインのテーブルや椅子、ツインベッドが用意され、眺めるだけで快適な空間だった。窓の外は美しい夜景という豪華なおまけ付きだ。
「んで、告白の話はどうすんだ?」
「うーん……まだタイミングが掴めないや」
和仁がテーブルに置かれた星のラブレターを眺めながら尋ねる。チャンスは残り三日とあるが、星は絶好なタイミングを図ることができていなかった。
「あれこれ言うつもりはねぇけどよ、後悔のないようにな」
「うん、わかってるよ」
星達は荷物を置き、軽い休憩を済ませた後にダイニングホールに向かった。まだ始まったばかりだ。慌てる必要はない。星は先走る気持ちを抑えつつ、まずは七瀬との旅を純粋に楽しもうと自分に言い聞かせた。
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