第14話「新たな決意」



 七瀬が星と同じ班となり、2週間程度の月日が流れた。修学旅行まで残り3週間を切り、七瀬達の班別行動の計画はほぼ決まりかけていた。

 各々訪れたい観光地や移動手段、交通や食事にかかる費用など、ありとあらゆることを調べて進めた。他の班も同様に自分達で計画を進めている頃だろう。


「んで、肝心のお昼ご飯だけど……」

「指令部壕の前か後か……後だとだいぶ遅くなるな」

「まぁ、それは仕方ないわよ」


 下校中もスマフォを片手に、七瀬達は計画を進める。だいぶマニアックな観光地を巡ることとなり、自分達だけの特別な旅が形を成してきた。


「んじゃ、俺達はこの後も調べることたくさんあるから」

「また明日ね」


 今日の計画はここまでだ。恵美は和仁と共に自分の家へと入っていく。二人だけで調べることがあるらしい。恵美は渋しではあるが、我慢して和仁を我が家に迎え入れる。


「うん」

「じゃあね」


 ガチャッ

 二人の姿が扉の奥へと消えていく。


「恵美さんってさ、何だかんだで和仁君と仲良くしてあげてるし、あの二人結構お似合いじゃない?」

「そう?」


 二人が見ていないからか、二人の関係性について語り始める星。恵美は自慢の毒舌で何かと和仁を貶すものの、友達と称して良いほどの密接な関係を形成している。

 星はそんな二人がカップルとして結ばれることを期待しているようだ。


 言われてみればそうかもしれないと、二人の距離感を思い返して納得する七瀬。


「じゃあ、僕らも帰ろうか」

「えぇ……」


 星が帰路に足を戻す。そんな彼の広い背中を、七瀬は黙ってじっと見つめる。そして想像する。自分が星と結ばれたら……と。


“いやいやいや……”


 七瀬は顔をぶんぶんと左右に振り、霧のように薄い可能性を瞬時に捨て去る。あり得ないことは考えるものではない。彼とはただの幼なじみの関係で終わる定めである。大体彼が自分のことを恋愛的目線で見ているとも思えない。


「……」


 しかし、七瀬はうつむき、先程捨て去って道端に転がっている可能性を見つめる。今自分が有している願いの力があれば、成し得るのだろうか。自分が彼と結ばれる未来が。






「あれ? ねぇ、七ちゃん」


 ふと、星が立ち止まって七瀬の名前を呼んだ。


「見て……」

「え?」


 彼は不審な表情で通りかかった公園を指差す。二人の家の近所にある児童公園だ。幼い頃に二人で遊んだ懐かしき思い出が甦る。

 しかし、今は過去の温かい思い出に浸っている場合ではない。現実に意識を戻し、メガネをカチカチ揺らしながら、彼が指差した方向へ目を凝らす。




「あの子……」


 二人の視線の先には、一人の女の子がいた。


「うちの学校の生徒だ……」

「えぇ……」


 彼女は白いカッターシャツの上に黄色いベストを纏い、紺色のプリーツスカートを履いた女子生徒だった。彼女が着ているのは星や七瀬と同じ葉野高校の制服だ。


「あの子、確か同じクラスよね?」

「ほんとだ!」


 二人は彼女の顔に見覚えがあった。灰色がかった薄い桜色の髪を二つに結った身長の低いクラスメイト。二人の記憶の中では、彼女はいつも教室の隅で大人しく本を読んでいて、あまり他の生徒と関わる様子はなかった。


 彼女は眉を垂れ、ベンチに座りながら物寂しそうにうつむいていた。


「……」


 二人は公園の出入口を通り、彼女のそばへと歩み寄った。二人に気付いた彼女は頭を上げた。


「ねぇ、春原美妃すのはら みきさんよね? 同じクラスの」

「え……うん」

「私、土屋七瀬」

「僕は宮原星」


 七瀬達は名を名乗り、美妃はペコリとお辞儀をする。クラスメイトのはずだが、どこか他人行儀だ。とはいえ、二人も彼女と口を交わすのは、同じクラスになって以来初めてである。


「こんなところで何してるの?」

「えっと……」


 彼女は何か他人には言えない悩み事がある。誰にも打ち明けることができず、公園で一人うなだれている。二人の目には一目瞭然だった。七瀬が優しく問いかけるも、美妃は話して良いか分からず戸惑っている。


「何か悩みがあるんでしょ? 私達でよかったら聞くよ」

「……」


 美妃は唾を飲み込んだ。そして、恐る恐る口を開いた。




「私、修学旅行の班別行動の班、まだ決まってないの……」

「そうなんだ」


 美妃は普段から引っ込み思案で、クラスメイトと上手く馴染めていない。学校生活において誰とも仲良くできず、休み時間も登下校時も常に一人でいた。修学旅行の班別行動も、誰からも班に誘われることなく孤立していた。


「私、学校にお友達一人もいなくて……。でも親に心配かけたくないから、家では毎日友達と仲良くしてるって嘘ついてて……」

「うん……」


 なかなか深刻な悩みが飛んできた。とりあえず相槌を打ちながらも、返事に迷って冷や汗を流す星。美妃はだんだん涙目になっていく。クラスに上手く馴染めないことに、自分でも嫌気が差しているようだ。


「それで……それで……」


 スカートに乗せた美妃の握り拳がぶるぶると震える。


「ご、ごめんなさい!!!」

「え!?」


 突然立ち上がり、頭を下げて謝罪し始めた美妃。星は驚いて後退りする。


「な、なんで謝るの……?」

「実は今日、浅野先生に班別行動の班決まったかどうか聞かれたの。そろそろ決めないと修学旅行に間に合わないから」


 美妃以外の生徒は班が決定しており、既に計画を進める段階に移行している。それを危惧した担任の凛奈が、美妃に尋ねたようだ。


「それで……その……私、もう決まってるって嘘ついちゃったの……」

「え? 嘘ついた?」

「しかも……土屋さん達の班って言っちゃったの……」

「僕達の班!?」


 美妃は咄嗟に七瀬達と同じ班のメンバーであると、凛奈に嘘の証言をしてしまったらしい。普段から自分がクラスで孤立していることで、余計な心配をかけさせている。修学旅行でも迷惑をかけるわけにはいかないと思っての嘘だろう。

 いずれ家族にも旅行について細かく問われることを危惧し、つい口走ってしまった。


「あぁ、そういう意味の『ごめんなさい』ってことか……」

「ごめんなさい……」


 七瀬達はたった今その事実を知った。唐突に同じ班だと言われても、今から恵美や和仁に説明したり、美妃を交えて計画を考え直すなどの手間が増えてしまう。


「いきなりこんなこと言っちゃってごめん……私なんかが一緒にいても迷惑だよね……本当にごめん……ごめんなさい……」


 ついに涙を流して泣き出してしまった美妃。自分のような協調性が欠けたつまらない人間を、同じ班のメンバーとして迎え入れなければいけないことにしてしまい、罪悪感に涙腺を刺激される。


「あ、いや、えっと……」


 星はどうして良いか分からず、戸惑っている。今まで自分が泣き虫であった分、自分以外の泣いている者を前にして反応に困っている。




「……え?」


 美妃の前に白いハンカチが差し出された。


「使う? 私の」

「ありがとう……」


 それを握っていたのは、七瀬だった。美妃は受け取り、一粒残さず涙の雫を拭き取る。


「私の方こそごめん。同じクラスの仲間がこんなに苦しんでるってのに、気付いてあげられなくてごめん」

「土屋さん……」

「七瀬でいいよ。そんなに心配しなくても大丈夫。私はあなたを歓迎するわ。他のメンバーには私から説明しておくから」


 七瀬は美妃の頭を撫で、落ち着いた口調で語りかける。かつて星を慰めていた要領で、優しい笑顔を向けて彼女を同じ班に迎えた。


「うぅぅ……七瀬……ちゃん……ありがとぉ……」

「星君も、いいでしょ?」

「もちろん、一緒に修学旅行楽しもう」


 七瀬は再び溢れ出た美妃の涙を、ハンカチで優しく拭った。美妃はようやくできた友達の胸に飛び込み、とことん泣きじゃくるのだった。








「じゃあ、私美妃さんを家まで送ってくから」

「うん、また明日」


 泣き止まない美妃を落ち着かせるべく、七瀬は彼女の家まで帰り道を付き添うことにした。星に手を振り、美妃の手を握って遠さがる。




「……」


 星は七瀬の勇姿に感服した。美妃に手を差し伸べる様は、かつてひ弱で泣き虫であった自分の前に現れた七瀬の姿そものものだった。七瀬にあやされる美妃までもが、小学生の頃の自分と重なった。


 そう、星は七瀬の優しい心に惚れたのだ。


「七ちゃん……///」


 どれだけ女性らしい性的特徴が体に現れようと、七瀬はかつての底知れぬ優しさを今も抱えている強い人間だ。かつて自分がそうされたように、彼女は困っている者を見捨てなかった。彼女の心は誰よりも強固で、誰よりも温もりに溢れている。




 そしてあらかじめ決まっていたシナリオのように、心臓の鼓動が高鳴る。もはや自分の気持ちはごまかしようがなかった。いつからこの感情が生まれたかは定かではない。だが、間違いなく彼女の優しさから生まれた感情だ。


 自分は七瀬に恋をしている。七瀬のことが好きだ。




「……よし」


 そして今、新たな決意を胸に抱いた。修学旅行にて、彼女に思いを伝えてみせると。


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