第11話「お望み通り」
「お母さん、今日はハンバーグ作ってくれたんだ~」
「へぇ、そうなのね」
「食べる?」
「遠慮しとく……」
箸で摘まんだハンバーグを弁当箱に戻す星君。何だかんだで、昼食を教室で一緒に食べようという話になった。二人で母親に作ってもらった弁当をつつく。とはいえ、別に積もる話なんてない。
「まだ一ヶ月あるけど楽しみだね、修学旅行。沖縄なんて一度も行ったことないから」
「私もないから楽しみ」
「そうだ! 放課後、班のみんなで調べ物しない? コンピュータ室のパソコンとか使ってさ、班別行動でどこ行くか決めようよ!」
「え? まぁ、いいけど……」
それでも星君が勝手に会話を展開してくれるから、私は案外気楽に食事を楽しむことができる。大抵どうでもいい話ばかりだけど、星君が楽しそうに話しているのを眺めていると、心が不思議と和んでいく。
でもね、今は和んでる場合ではないのよ。
「ねぇ、なんで一緒の班になってくれたの?」
「え?」
私は思い切って星君に聞いてみた。探らなければいけない。彼が突然私と修学旅行の班別行動で同じ班になってくれた理由を。彼はあまり誘おうとする素振りなんて見せてこなかった。昨日の帰り道の件は別だけど。
ていうか、本当になんで誘ってくれたの!?
「今まで僕達、何をするにしても一緒だったじゃん。小学生の時の修学旅行だって、一緒の班で京都行ったし。中学生で東京研修行った時も同じ班だったでしょ?」
「いや、それは昔ながらの付き合いというか……」
そんなこともあったわね。知り合った頃から、何かと行動を共にすることが多かった。いい意味での腐れ縁ってやつだ。それが普通になっていたから、今まで違和感を抱かなかった。
でもさ、私達一応年頃の男女なわけじゃん? もう高校生よ? いつまでも昔みたいにずっと一緒ってわけにもいかないんじゃ……。
「僕、ずっと七ちゃんと一緒に沖縄楽しみたいって思ってたんだ。でもなかなか勇気出して同じ班になろうって言えなかった。遅くなってごめんね」
星君が寂しそうな顔をして謝ってきた。彼は今、私の頭の中を覆い尽くしている迷いのことなんて、微塵も気にしていないと思う。どれだけ強くたくましくなっても、彼の中身は小学生の頃からちっとも変わらない。
私、何考えてるんだろ。彼は男とか女とか、全然気にしてないのに。
「そんな、私の方こそごめん」
「ううん、七ちゃんは悪くないよ。改めて、修学旅行楽しもうね!」
うっ!? 星君のキラキラ笑顔、眩しすぎる……。やめて。ただでさえイケメンなんだから、心肺へのダメージが凄まじい。
あ、しまった。思考が本題から反れてしまった。私達の腐れ縁はともかく、なんで彼が唐突に誘ってきたのかを考えなくては。
私が彼と一緒の班になりたいと願っていたから? いや、心の中で願っただけで叶うなら、今まで願ったどんな事も叶っているはず。
「うーん……やっぱり」
「何してんだ?」
すると星君の奥に、購買のパンを片手に談笑している数人の男子生徒がいた。彼らは確か、いつも窓際でたむろっているクラスメイトだ。星君が班に誘ってきた時も、あれこれくっちゃべっていた。
「ネットで色々調べたんだけど、流星群の予報なんて出てないんだ」
「だから言ったろ。そもそもこんな真っ昼間に星なんか見えねぇって」
そういえば、あの子達さっき流れ星が見えたとか言ってたわね。丁度星君が班に誘ってきた時と同じタイミングで。
流れ星といえば、昨日の晩にお母さんが帰ってくる前に、北の空に流れ星が見えた。もちろん流星群が見られる予報なんて聞いてない。そして、お母さんが念願のすき焼きの材料を買ってきた。
すき焼きを食べたいと願って、流れ星が見えて、晩ご飯がすき焼きになった。
「まさか!」
「七ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや……何でもない」
私は無意識に席を立って叫んでしまった。星君の声で正気に戻り、心を落ち着かせながら座る。
いやいやいや、まさかね。そんなことあるわけない。心に願っただけで叶うなんて。今まで心の中で願い事したことなんて何度もあるわよ。でも当然叶わなかった。
『胸を小さくしてください』とか、『この世からゴキブリを絶滅させてください』とか、『星君といい感じの関係になれますように』とか。
……待って。読者のみんな、最後のは恥ずかしいから聞かなかったことにして。
「うーん……」
でも、昨日今日と願いが叶ったことは事実なんだし、何か特別な条件が満たされて起こっているのかもしれない。思い返そう。今までの私は何をした?
『いいなぁ……私もすき焼き食べたいなぁ……』
『あぁもう、どうすればいいのよ……班別行動星君と一緒に回りたいのにぃ……』
そうだ……私、願い事を口に出してる。心の中で願うだけじゃなくて、明確な言葉にして発している。すき焼きを食べる前も、星君が班に誘ってきた時も。考えられるとしたらそれだ。
そして、願い事を口に出して言うと、必ず空に流れ星が見える。きっとそれが願いが叶う合図なんだ。よしよし、だんだん謎が解けてきた。分かってきたぞ。
「そういえば七ちゃん、あの星はどうなった?」
「ん?」
再び星君が話題を振ってきた。
「空から落ちてきた星だよ。僕達の前で光って消えたやつ」
「あぁ……まだよくわかんないわ」
あの星の話題が再発した。スイッチを押したら白く光り出して、私達の前から姿を消した摩訶不思議な星型の物体。あの星も未だに謎だ。考えても分からないから、あれ以上考えないようにしていた。
まさか……
ガラッ
「恵美……頼むから奢ってくれよ……」
「じゃあ100万払って」
「もっと良心的になってくれねぇか? 30円とか……」
「良心的にも程があるわよ」
食堂から恵美とカズ君が帰ってきた。カズ君の方は金欠なのか、昼食は何も食べていない様子だ。情けない声でお金をたかろうとしている。恵美は無視して、私の席の後ろにある自分の席へと座る。
……一回試してみようかな。
「あ~、食後にデザートが食べたいなぁ~」
「あ! ほらほら! 今見えた! 流れ星見えたって!」
「嘘つけ。見えるわけねぇっての」
「本当だって!」
窓際の男子生徒達が騒ぎ始めた。流れ星が見えたとか言ってる。ということは……
「七瀬、デザート食べたいの?」
恵美が持っていたレジ袋を漁り、何かを取り出して私に差し出した。
「プリンでも食べる?」
「えぇぇ!?」
プリン……プリンだ! いつも気だるげで死にそうな目をしている恵美が、プリンを買っている。なんか可愛い。
じゃなくて! 本当に願った通りに、私の目の前にデザートが用意された。
「いいの?」
「うん。食堂行く前に購買で買ったんだけど、お腹いっぱいになっちゃったからあげる」
「ありがとう!」
私の机にプリンを置き、恵美はふて寝した。すごい……またまた願いが叶った。
やっぱりこれって……
「じゅるり……」
すると、いつの間にか私の背後によだれを垂らしたカズ君がいた。気持ち悪い。
「プリン……あげよっか?」
「いいのか!? ありがとう七瀬ちゃん!」
カズ君は私からプリンを受け取り、綺麗などんぐりを見つけた幼稚園児のように、はしゃぎながら自分の席へと戻っていく。この際腹に溜まるならプリンでもいいらしい。
ともあれ、これで確定した。
「ふふっ♪」
「七ちゃん、どうしたの?」
「何でもあるわよ」
「ならよかった……って、あるの!?」
そう、私は何でもあるのだ。自分の人生が薔薇色に思えるなんて、こんな漫画の主人公みたいな感情になるのは初めてだ。あの時空から落ちてきた星。消えたと思っていたけど、どうやら私の中で生きているみたいだ。
そして、あの星は私にとんでもない力を与えてくれた。
「七ちゃん、何かあったの?」
「何でもないわよ」
「どっち!?」
間違いない。私が口にした願い事は、何でも叶うようになった。これは……すごいぞ!
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