第12話「何なのあの子」



「やっぱ首里城は行きてぇよなぁ~」

「首里城は最終日に全クラスで行くでしょ」

「あ、そうだっけか」

「ちゃんと四日分の日程全部確認しときなさいよ」

「痛っ!」


 恵美が和仁の額にデコピンを食らわせる。修学旅行の班別行動メンバーは、星、七瀬、和仁、恵美の四人だ。他愛もない雑談に心を預け、四人は南校舎の廊下を歩く。


「ふふっ♪」

「七ちゃんさっきから楽しそうだね」


 修学旅行のこともあるが、先程発覚した自分には願いを叶える能力が備わっているという事実が、喜びの大半を占めている。それがあるだけで、自然と笑みがこぼれてしまう。


 非科学的なことは信じないと決めていた七瀬だが、そんな信条を忘れてついテンションが上がってしまっていた。




 ガチャッ

 そうこう話しているうちに、コンピュータ室に到着した。四人に付き添った担任の凛奈が、コンピュータ室の鍵を開ける。


「終わったら職員室に返しておいてくださいね」

「はい、先生ありがとうございます」


 星は扉を開け、中に入って電気を点ける。




「……ん?」


 しかし、あることに気が付く。ほとんどの席のモニターに『点検中』と貼り紙がされているのだ。同じ貼り紙がずらりと並び、何かを封じ込めている御札のようだった。


「点検中……?」

「え? あ、ごめんなさい!」


 後から続いた凛奈が、勢いよく頭を下げる。彼女の巨乳がたぷんと揺れ、恵美がチッと密かに舌打ちする。


「そういえば、生徒用のパソコンは来週まで点検してるんでした」

「じゃあ使えないんですか?」

「そういうことです。伝え忘れてました。うぅぅ……ごめんなさい……」

「誰だってミスくらいしますよ。気にしないでくださいっす」


 凛奈はうるうると涙目になる。和仁が歩み寄り、よしよしと頭を撫でて慰める。才色兼備のように見えて、実はおっちょこちょいな一面を持ち合わせているのも、彼女が生徒に好かれている理由だ。


「あ、でも先生用のパソコンは電源入りますよ?」

「先生用のは一番先に点検を終わらせてあるんです」

「じゃあこれを使えばいいじゃない」

「申し訳ないですし、今回は特別に使用を許可しますね」


 恵美は早速検索エンジンを立ち上げ、文字を打ち込む。何はともあれ、パソコンが使用できてよかった。スマフォだけでの調べ物は限界がある。




「おい、お前ら」


 すると、ドスの効いた声が七瀬達の耳に届く。振り替えると、扉の側面にもたれ掛かる男子生徒がいた。奥の廊下にも彼の友人らしき生徒が数人いる。


「そのパソコン、俺らに譲れや」


 彼は脅すように力強い声を上げる。見たところ、彼らも七瀬達と同じ二年生。修学旅行の班別行動の調べ物をしに来たようだ。使用できるパソコンが一台しかないことを知り、こちらに寄越せという。


「なんで? 後から来たのあなた達でしょ?」


 しかし、七瀬は臆することなく張り合う。すき焼きを食べることができたり、星と同じ班になれたり、自分には願いを叶える能力があると気付いたり。昨日今日と良いことが続き、不思議と対抗する力がみなぎる。


「なんでかって? それはなぁ……」


 彼は理由を言いたげに頬を緩める。




真理亜まりあちゃんが使いたがってるからだ!」


 そう言って、彼は背後にいた背の低い可憐な少女を自慢げに見せつける。橙色のツーサイドアップが特徴的な女子生徒だ。


「おぉ、真理亜ちゃんじゃん」


 和仁は彼女の存在を知っていた。七瀬達の隣のクラス、2年2組の布施真理亜ふせ まりあだ。名前を聞いて、七瀬達も何となく思い出した。全校生徒のほとんどが彼女を認知している。


 なぜなら……




「真理亜のこと知ってるの? 嬉しい~♪」

「うひょぉぉぉぉぉ!!!」


 真理亜のアイドルのような甲高い声に、想わず昇天しそうになる和仁。そう、彼女はとてつもなく可愛くて大人気なのだ。まるでお姫様のように愛くるしいのである。


「真理亜もパソコン使いたいなぁ~」

「待ってよ! 私達が先に……」

「えぇ~、真理亜達も班別行動の行き先調べたいしぃ~、調べる時間今日くらいしかないしぃ~」


 顎に両方の握り拳を当て、語尾を伸ばしながら話す彼女。世間で言う『ぶりっこ』というやつである。彼女は自身の可愛い顔と声、更には低身長を存分に生かし、多くの生徒を虜にしているのだ。


「でも、使えるパソコン一つしかないの? 真理亜達は使っちゃダメなの?」

「え、えっと……」

「真理亜、悲しい……」


 先程の凛奈に負けないほどの潤んだ瞳。そして低身長から繰り出される上目遣い。可愛さという最大の武器を突き付け、和仁の心を揺さぶる。真理亜は彼なら落とせると狙いを付けた。


 しかし、ギリギリで和仁は踏みとどまった。


「いやいやいや! 今回はダメだ! 俺達が先に来たんだからな!」

「お・ね・が・い♥️」

「どうぞ!!! 遠慮なくお使いください!!!!!」


 かと思いきや、和仁は秒速で手のひらを返した。真理亜が彼へ接近し、耳元に甘いボイスを注ぎ込んだのだ。肌が触れてしまいそうな近距離で、あんな可愛い声を囁かれてしまっては、並大抵の男子は魅了されてしまうだろう。


「ちょっ、和仁君!」

「布施さん、いきなり入ってきて横取りはいけせんよ。今日は1組の生徒が使用することになっているんですから」

「ふぇぇぇぇん……」


 凛奈は先生として注意するが、真理亜は全く聞く耳を持たず、わざとらしく泣きじゃくる。周りにいる2組の男子生徒が、『ほら、真理亜ちゃんが泣いてるぞ。お前達のせいだぞ』と言わんばかりに見つめてくる。


「あぁ……わかったわ。今日は譲るから」


 これ以上抵抗を続けるのが申し訳なく思い、七瀬は勇気を出して口にした。気まずい空気になってしまうのを避けるためでもある。


「七瀬さん、いいんですか?」

「いいんです、先生。私達もう帰りますね」


 七瀬が言うならと受け入れ、和仁、恵美、星は続いてコンピュータ室の扉へと向かう。




「ふふっ……チョロッ」


 七瀬は思わず立ち止まった。真理亜を横切った瞬間、七瀬の耳だけに聞こえる声量で呟いた。馬鹿にするように笑った。


 そう、彼女の見せる愛くるしさは、全て事が自分の思い通りに運ぶための材料でしかない。自分がほしいと思ったものは、丁度いい駒を手に入れて働かせる。気に入らないことがあれば、泣き虫アピールをして相手に責任を感じさせる。


 全て自分の望んだ通りに動く現実。それを眺めて快感を得ているのだ。




「ん?」


 次に星が真理亜を横切った。


 ガシッ


「うぇっ!? な、何?」


 真理亜は突然星に歩み寄り、顔を近づけて覗き込む。学校で大人気の美少女に顔を近づけられ、流石の星も頬を赤らめる。


「ねぇ、あなた名前は?」

「み、宮原星……」

「星君! 私ね、布施真理亜っていうの! 仲良くしよ♪」

「え、あ……うん……よろしく」


 唐突の提案に戸惑う星だが、友達の関係ならと承諾して頷く。彼女が星と会話をするのは、今回が初めてのはず。その割には彼女の距離感は近過ぎる。幼なじみの七瀬でも、ここまでグイグイと詰めることはない。


「ねぇ、一緒に調べ物しよ♪」

「え、でも君とは班が……」

「真理亜、星君としたいの……」


 再び彼女の上目遣いが発動した。星に対してもかなりのダメージのようだ。当然ながら彼女は星とは班もクラスも違う。班別行動を共にすることはできない。一緒に調べ物を行う意味もあまりないはずだ。


「えっと……」

「んじゃ、俺が付き合ってあげるよ!」

「真理亜ちゃんに気安く近付くな!!!」

「理不尽!!!」


 突如間に割り込もうとした和仁が、2組の男子生徒に防がれ、廊下に放り出された。


「星君……お・ね・が・い」


 次に炸裂したのは、超強力な耳元で囁く攻撃だ。星は観念し、真理亜に付き合うことにした。


「わかったよ……」

「わ~い♪ 真理亜嬉しい♪」


 真理亜は星の左腕に抱き付いた。自身の胸をあからさまに押し付けている。徹底的に動揺させようとしている。


「ちょっと、布施さん……」


 七瀬はいい加減うんざりし、星が迷惑していることを指摘しようと彼女に歩み寄った。




「……」


 すると、真理亜は七瀬を睨み付けた。彼女の視線が彼女の心の全てを語っている。『私、何か悪いことしてますか?』『いいからとっとと帰れよ』と、言葉無くして訴えている。睨み付けた顔は、星には見えないようにしている。


「七ちゃん、正門で待ってて。終わったら行くから」

「あ……うん」

「星君、早く早く! やろ!」


 星を無理やり付き合わせる真理亜をコンピュータ室に置き、やるせない気持ちを抱えて廊下へ出ていく七瀬。和仁や恵美は何も言わず、彼女の後ろを付いていく。




 七瀬はなるべくこういうことは思いたくはなかったが、今だけは心の底から思った。真理亜のことは嫌いだ。


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