第9話「落ちてきた星」



「一体何なのかしら」

「誰かの落とし物とか?」

「でも空から落ちてきたわよ?」

「天界から落ちてきたとか……なわけないか(笑)」


 くだらない冗談を交えつつ、落ちてきた星の詳細を探る七瀬と星。しかし、どう見てもただの五角形の黄色く硬い物体というだけで、特に情報が得られることはない。


「あっ」

「どうしたの?」


 星をベタベタと触っていた七瀬だが、あることに気が付いた。ちなみに読者は分かっているとは思うが、触っていたのは人間の星ではない。落ちてきた星の方だ。一応説明しておく。


「星君、見て」

「これは……スイッチ?」


 星の側面に小さなスイッチらしき突起物が装着されている。小さくとも物々しい雰囲気を放つスイッチに、二人は言い知れぬ恐怖を感じる。


「まさかこれ、爆弾!?」

「ひぃっ!?」


 情けない声を上げる二人。謎の物体に取り付けられた謎のスイッチ。それらから連想される物は、二人の頭の中にはもはや爆弾しかなかった。

 そこはかとなく重量を有しているため、何かの機械である可能性は十分にある。もちろん爆弾であることも考えられる。一度思い込むと、恐怖で星を乗せる手がプルプルと震え出す。


「い……いや、たとえ爆弾だとしても、七ちゃんは僕が守るからね!」

「流石に無理よ」


 冷静にツッコミを入れる七瀬だが、爆発物らしき物を手にして全身の神経を揺さぶられる。何かの拍子に落としてしまったら……。弾みでスイッチが押されてしまったら……。想像の中で何度も爆弾が爆発する。


「ちょっと……どうすればいいのこれ……」

「死ぬ時は一緒だよ!」


 突然星が七瀬の手を握る。震えを抑え込むように強く、尚且つ爆弾に衝撃を与えないように優しく。恐れる七瀬を安心させるためだろうか。思わずドキッとしてしまう七瀬。


「は、はぁっ!? こんな時に何言ってんのよ!!!///」


 カチッ






「……あ」


 七瀬はつい強気に返事をしてしまい、その勢いで指先が星の側面に触れた。その瞬間スイッチが押され、鈍い音が静寂を運んできた。




 カァァァァァ……

 手の中の星は強い白光を放ち、七瀬達を包み込む。漫画のような爆発直前の演出を見せる。


「え、待って待って待って! ほんとに爆発すんの!?」

「神様……僕を七ちゃんに会わせてくださりありがとうございました……短くも幸せな人生でした……」

「星君!!!」


 死を悟り、泣きながら遺言を呟き始める星。この上なく慌てる七瀬。


「嘘でしょ!?」

「七ちゃん、死ぬ前に言いたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない!!!」


 星はさりげなく七瀬に大切なことを伝えようと、頬を赤らめながら彼女を見つめる。そんな星をよそに、七瀬はわめき散らす。光はどんどん強くなり、二人の視界一面を真っ白に包み込む。


「僕、七瀬ちゃんのこと……」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」








「……ん? あ、あれ?」


 いつの間にか光は収まっており、辺り一面は瓦礫の残骸ではなく、何の変哲もないいつもの日常が広がっていた。爆発は起こらなかったのだ。


「生き……てる……?」

「うん、生きてる……ね……」


 お互いに見つめ合い、生きていることを確認する。先程の光が爆発とは何の関係もないものであることが分かり、その場に脱力する二人。


「なんだぁ……」

「よかった……」

「七ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 何ら死ぬことはない状況ではあったものの、本気で死んでしまうという恐怖から解放された疲労感は相当なものだ。まだ冷や汗が止まらずに自分達の肌を濡らし続ける。




「あれ? 七ちゃん、さっきの星は?」

「え? あ、無い! 無くなってる!?」


 星に指摘され、手元を見渡す七瀬。なんと、先程まで彼女の手の中にあった星型の物体は、突如として姿を消した。何かの影に隠れて見えなくなったわけでも、どこかに転がっていってしまったわけでない。


 謎の星は眩しい光を放った後に、忽然と消えてしまった。


「な、なんで……?」

「さぁ……」


 実に訳がわからない。目の前で起こる事象の数々に翻弄される二人。あの星は、スイッチは、一体何だったのか。なぜスイッチを押すと光を放ったのか。そしてなぜ消えてしまったのか。


 いくら考えあぐねても、答えを教えてくれるものは目の前にはもうない。謎を解く鍵すら残さず、星は全て持ち帰り消えてしまったのだ。


「ほんと、何なのよ……」




   * * * * * * *




「じゃあ、また明日ね」

「うん、じゃあね」


 何とも微妙な空気の中、私は家の前で星君と別れの挨拶を交わした。先程消えてしまった星のことが気になって仕方がないけど、気にしたところで何かが判明するわけでもない。


 ガッ


「あ、まだお母さん帰ってきてないんだ」


 玄関のドアに鍵がかかっている。開けようとしたドアノブが鈍い音と共に抵抗してくる。玄関前の駐車スペースにお母さんの車がないことに今頃気が付いた。

 私は学校鞄からいつも持ち歩いている予備の鍵を取り出し、差し込んで中に入った。




「お腹空いたな~」


 部屋着に着替え、なんとなく縁側に座った。夕方から夜へと変わりゆく空を見上げる。お母さんはいつものように仕事帰りにスーパーで夕飯の材料を買いに行っている頃だ。今日の晩ご飯は何だろう。


“この間すき焼きを食べたんだ! 美味しかったよ~”


 心の中で星君が朗らかな笑みを浮かべる。そういえば先週の日曜日、星君家の晩ご飯はすき焼きだと言っていた。


 え? なんで星君のことを思い浮かべてるのかって? べ、別に好きとかそんなんじゃないからね! ほ、本当に……そんなんじゃないから……。


 ていうか、それは置いといて!


「いいなぁ……私もすき焼き食べたいなぁ……」


 すき焼きの美味しさを想像したら、つい口に出してしまった。鍋料理の季節は一般的には冬のイメージだ。今は5月だから合わないように思えるけど、基本的に鍋はいつ食べても美味しい。




 キラッ


「あっ」


 今、北の空に流れ星が見えた。ニュースでは流星群が見られるなんてことは報道してなかったけど、滅多に見られるものではないから嬉しいな。


“流れ星に三回お願いをしたらね、願いが叶うんだよ”


 再び星君の笑顔が脳裏に飛び込んできた。


「すき焼きが食べ……あっ……」


 願い事を言おうとしたけど、口に出す前に流れ星は消えてしまった。まぁ当然か。それにしても速すぎる。一秒もあるかどうかすら危うい。一瞬にも満たない速度だ。そんな速い流れ星が消える前に、願い事を三回唱えるなんてほぼ不可能だ。


 そんな後ろ向きなことを考えていたら、いつの間にか流れ星は一つも流れなくなった。


「……」


 いやいや、何ガキ臭いことしてんのよ、私。流れ星に願い事を伝えると叶うなんて、非科学的なことを信じてどうすんの。冷静に考えてみて恥ずかしくなった。

 そもそも小学生の頃の星君が言っていたことだし。所詮子供の空想よ。大体彼は普段の言動からして幼稚過ぎる。


 それでも、星君の汚れを知らない純粋な心は羨ましくもある。小学生の頃から子供っぽいところは変わらないけど、それは彼の魅力でもあるのだ。嫉妬という醜い感情にまみれた私には、それこそ夜空に輝く星のように眩し過ぎる。


「はぁ……」


 すき焼き食べたいなぁ。






 ガチャッ


「ただいま~」


 あ、お母さんが帰ってきた。私は玄関まで向かい、お母さんが抱えている買い物袋を手に取った。


「お母さんお帰り」

「ただいま。買い物行ってて遅くなっちゃったぁ」


 彼女が私のお母さん、土屋成海つちや なるみだ。


「七瀬、晩ご飯作るの手伝ってちょうだい。今日は豪華だから」


 何やらお母さんの機嫌がいつもより良さげに見える。買い物袋の中をよく見てみると、高そうな牛肉が赤々しく輝いていた。


「今日の晩ご飯はすき焼きよ♪」




「……え?」


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