第2章「落ちてきた星」
第8話「正直になれない」
「とりあえずここからここまではタクシーで移動ね」
「私サーターアンダギー今まで食べたことないんだよね~」
「はいはい、お土産の話は後でね」
七瀬の視界に映るのは、仲良さげに修学旅行の班別行動の計画を進める女子生徒達。彼女達のように班のメンバーが決まっている者は、観光先を決定するためにスマフォやパソコンを使い、既に計画を進める段階に移行している。
「七瀬」
「ん?」
「いいの?」
「うっ……」
たった短い単語を二言三言口にするだけで、恵美は七瀬の心を焦らせる。未だに七瀬は班別行動のメンバーが決まっていない。星をメンバーに誘っていないのだ。
「星君、いいの?」
「よくない……」
計画が盛り上がり談笑する彼女達のように、そろそろメンバーを決定しなければならない。観光先を決める時間も刻一刻と無くなる。下手すれば修学旅行に間に合わなくなる。
考えたくない可能性だが、星が別の班のメンバーになってしまったら。もし孤立してしまったらどうだろう。恥ずかしいことこの上ない。
「このままだとテキトーな班に入れられるよ」
「で、でも……恥ずかしいし……」
「なんだなんだ? また星のことか?」
二人の会話に、突如として和仁が入ってきた。瞬時に相手の懐に入り込む行動力と対話力の化身だ。
「クズ仁、あっち行ってなさい。邪魔だから」
「酷ぇなぁ、おい。別にいいだろ。同じ班別行動のグループメンバーなんだから」
今までに聞いたことない程の毒舌で、恵美は和仁を追い払おうとする。いつもの聞き慣れたことだからなのか、和仁は笑って受け流す。
「あなたが一緒の班になってくれって気持ち悪いくらいにせがんでくるからでしょ」
和仁の存在を鬱陶しく感じる恵美。その割には彼を班別行動のメンバーに入れてあげる辺り、特別な友人扱いしている。いや、恋愛的な意味で意識している可能性もなきにしもあらずだ。
「七瀬ちゃん、メンバーに星を誘うんだって?」
「この際クズ仁でもいいわ。この子に言ってやって。恥ずかしくて誘えないみたいなの」
「カズ君、どうしたらいいと思う?」
七瀬は机に伏せながら和仁に尋ねる。
「そうだなぁ。靴を舐めるとか」
「最低」
汚物を見るような目付きで和仁を睨む恵美。
「冗談だよ。そういうのはな、どうすればいいとか難しいこと考えるのは野暮だ。そんなもん手段も糞もねぇだろ」
「というと?」
「勇気を出して『一緒の班になろう』って言う。それに尽きる」
「えぇぇ……」
珍しく何かためになるような言葉が出てくるかと思った七瀬だが、期待は風に飛ばされていった。
「んじゃ、行ってみようか」
「え、ちょっと待って待って待って!」
七瀬の背中を押そうと、和仁が手を構える。満面の笑みで、今すぐ行動に移せと伝える。いきなり誘わなくてはいけない空気となり、七瀬は慌て出す。
「七瀬、行きなさい」
「あぁもう! わかったわよ!!!」
ガタッ
七瀬はやけになりながら席を立つ。腕を大きく振り、ズカズカと歩く。行き先はもちろん星の席だ。仲間達にしつこいほどに急かされ、勢いに任せて星の前に躍り出た。
「あ、あの……星君……」
「七ちゃん、どうしたの?」
本を読んでいた星は、一旦閉じて机の上に置き、七瀬の方へ顔を向ける。七瀬の頬に冷や汗が走る。心臓が彼の返事を聞かせまいとするように、バクバクとうるさい心音を奏でる。
「えっと……その……」
少しずつ自信でも脳みそから言葉を千切り、口から放ってゆく。たった一言、『よかったら修学旅行の班別行動、私と同じグループにならない?』が言い出せない。強固な羞恥心が七瀬の勇気を拘束する。
恵美は離れた席から二人の様子をジト目で眺める。
「よっ……よ……よかっ……か……」
「ん?」
かろうじて放たれた言葉は、全くもって意味を成さない。七瀬の不自然な様子は、端からは口元に痒みを感じているようにしか見えない。
星は七瀬の緊張しているのを察することができなかったが、何か大事なことを言わんとしていることは理解し、大人しく静かに待つ。
「も、もし……よかったら……」
「うん」
ようやく意味のある言葉を口にすることができた。そしてそのまま修学旅行の話題を繰り出し、星をメンバーに勧誘するのだ。
「今日の放課後一緒に帰らない!?」
『ズコーーーー!!!』
七瀬の背後で漫画のような転び方をしてしまった和仁と恵美。なぜ放課後に一緒に下校すること口約束はできて、メンバーへの勧誘はできないのだろうか。
「あははっ、七ちゃんったら、いつも一緒に帰ってるじゃない」
「あ、あぁ……そうだったわね」
「いいよ、一緒に帰ろっか」
星は満面の笑みで返事をした。七瀬は彼に背を向け、とぼとぼと自分の席へと戻っていく。真っ赤に染まった自分の顔は決して見せないように。
「ヘタレ」
「焼き肉のタレ」
「うっさい……///」
せっかく背中を押してくれた仲間達の恩を無駄にして、散々罵倒される七瀬。自分でも痛いほどに理解しているのだ。いつまでも素直になれない臆病さを。
「……」
「……」
どちらからも言葉が繰り出されることはない。ただ沈みかける夕陽と、影に飲み込まれる町があるのみ。七瀬と星は沈黙を抱えたまま帰り道を歩く。いつになく騒がしいカラスの鳴き声だけが聞こえる。
家までおよそ60メートル。それまでに伝えたい。でも伝えることができない。恥ずかしい。
“あぁ……このまま正直な気持ちを伝えられないまま高校生活が終わるのかなぁ……”
常日頃から七瀬の心身を蝕む性差という悪魔。男である星の方が強く、女である自分は弱いという現実。そのような最悪な思想が脳裏に何度も引っ掛かる。
正直な気持ちを伝えられないことも、自分が弱い存在であることを嫌になる程に証明している。
「七ちゃん」
「え、あ、何?」
星が突然立ち止まり、口を開く。
「さっき七ちゃんが言おうとしてたことなんだけどさ……」
「えぇ」
「多分、修学旅行の班のこと……だよね?」
気付いていたのか。七瀬が誤魔化したことも、本当は班別行動のメンバーに誘いたかったのだと見抜かれていた。知っていて黙っていたと思うと、恥ずかしさが何倍にも増していく。そのような気遣いはむしろ逆効果だ。
「う、うん……」
「じゃあさ……」
次に星の口から出てくる台詞は、言われなくても推測できる。結果的に自分からではなく、星から誘われることとなった。星に勇気を先取りされた。
だが普通に考えてみれば、彼と一緒の班になれるのだ。何も悪いことはないはず。
しかし、できることなら自分から誘いたかった。
“情けないな……私”
このまま情けない自分のまま、これからもずっと生きていくのだろうか。かつての強さを二度と取り戻すことなく、自信がなく弱い女のままで。
嫌だ。弱いままでいたくない。変わりたい。弱い自分を変えたい。七瀬は強く願った。
「よかったら僕と一緒の……」
“星君のように、強くなりたい”
ガッ
「痛!!!」
突然鈍器で軽く叩かれたような衝撃が、七瀬の頭を襲う。
「えっ! 七ちゃん大丈夫!?」
「えぇ、大丈夫……。痛たた、何よいきなり……」
どうやら空から何か落ちてきたようだ。頭をさすりながら頭上を見上げる七瀬。空はいくつかのふわふわ浮かぶ雲と、燃えるような美しい夕焼けが広がるだけだ。痛みはすぐに引いた。
「七ちゃん、これ……」
「ん?」
星は地面に転がっている物を指差した。空から落下し、七瀬の頭に直撃したものだろう。
それは黄色い五角形の物体だった。
「何これ……」
七瀬はそれを拾い上げる。非力の彼女でも片手で掴めるほどに軽い。しかしそれなりに重量は感じる。そして機械のように表面が硬い。鉄か何かでできているのだろうか。大きさは七瀬の手のひらと同じ程度だ。
「星……?」
「空から星が……落ちてきた……」
その姿は、誰もがイメージする五角形の黄色い星そのものだった。星なら夜になればいくらでも光り輝く。まさかその星が今ここに落ちてきたのか。そんなはずがない。間抜けな推測をしながら、七瀬と星は落ちてきた星を眺める。
「星君、星よ」
「ほ、星だね……」
言わなくてもわかる。星と同じ名前であることくらい。しかし、何とも言えない可笑しさがこみ上げ、口に出して「星」と言ってしまいたくなる。
「星よ、黄色くて綺麗な星よ。星君」
「星……だね……」
「星君、この星、欲しい?」
「ぶふぉっ!」
実にくだらなく寒いダジャレに、思わず星は吹き出してしまった。星の唾が星にかかった。
ところで……
「この星……何?」
「わかんない」
突然落ちてきた謎の星に戸惑う二人。しかし、冷たかった場の空気は若干和んだのであった。
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