第7話「男と女」



「楽しみだね、修学旅行」

「そうね……」


 二人で並んで歩く帰り道。しかし、心臓の鼓動を抑えられないのはなぜだろう。星を異性として意識した際、必ず起きる症状である。


 この止まらないドキドキこそが、証明しているのだろうか。自分が星を好きでいるということを。


「……」


 しかし、認めたくはない。自分が彼に恋心を抱いているなんて、まるで自分が勝負に負けているような気分になる。


 そう思う理由は……


「ねぇ星君、もしよかったr……うわっ!」

「七ちゃん!」


 ガシッ

 七瀬の重心が突如前へと傾く。地面にできたコンクリートのくぼみに爪先を引っかけ、思わず転倒してしまいそうになったのだ。星は瞬時に気付き、咄嗟に手を伸ばす。


「大丈夫?」


 星が七瀬の胸元に手を回し、支えてくれたおかげで転倒は免れた。しかし、ハプニングとはいえ抱き寄せられ、お互い体が密着してしまっている。これだけ近い距離にお互いを感じたことは、高校生になってからはたしてあっただろうか。


「だ、大丈夫……ありがと……///」


 もう少し手が下にずれていたら、七瀬の巨乳に触れてしまっていただろう。それを計算してのことかは知らないが、星が直接触れてしまうことはなかった。


「気を付けないとダメだよ~、七ちゃん」


 七瀬を離しつつ、冗談混じりの笑いをかます星。地面に体を打ち付けずに済んだのは、間違いなく星のおかげ。彼の腕力のおかげだ。彼の腕は七瀬の体を軽々と支えてしまった。


「……」

「どうしたの? どこか痛む?」

「何でもないわ。行きましょ」


 強いて言うなら心が痛い。そう口にするのを我慢し、七瀬は歩き出す。羞恥心は背徳感となり、彼女を蝕んでいく。




 そう、七瀬が頑なに自分の恋心を認めない理由は、彼との性差を意識してしまうからだった。




 いくら自分が男勝りな性格といえど、自身に植え付けられた『性別』という運命には抗えないことを知った。

 女より男の方が筋肉が発達しており、強い力を有することができる。それはどれだけ理屈を並べても覆すことができない事実だ。性差別的な考えを持っているわけではないが、女が男に力で敵わないことも残念ながら現実だろう。


「じゃあ、また明日ね。七ちゃん」

「えぇ、また明日」


 家に到着し、いつものように分かれる二人。星は彼女の性差に囚われた心を置き去りにしたまま去っていく。


 七瀬は先程星の手が触れた胸元に、自身の手を重ねる。星の手はとても大きかった。当然ながら自分の手よりもだ。力強くて頼もしい男の手である。


 これほど男女の違いが現れてしまうとは、かつての彼からは想像もつかない。恐らく血の滲むような努力を積み重ねてきたのだろう。七瀬に直接君を守ると言い放つくらいだ。そこからの成長が凄まじい。


「星君……」


 まだ認めたくはないが、いつか認めてしまうのだろう。自分が星が好きであることを。彼の強さと自身の弱さを実感させられる度に。


「……」


 落ち込んで下を向く。視界に映るのは、スカートからそそり出る細く白い足。今履いているこのスカートという代物も、少し捻ったら折れてしまいそうな頼りない足も、自分が弱い女である現実を痛々しく見せつける。


 何かが視界に映る度に、それら全てが自身の弱さを証明してくる。どのような見方をしても、自分の体が星より大きく映ることはない。

 彼の男らしさは嫌というほど何度も見てきたが、自身の女という檻の大きさと共に思い知らされるのは、心底苦しい。


「星君、私はあなたが羨ましいわ。私より強い、あなたが……」


 完全に立場が逆転してしまった。もう七瀬は星より弱くなってしまったのだ。彼のようになりたいと願っても、塵のように儚い願いは夕陽に熱されて溶け消えていく。願えば願うほど、彼が遠ざかっていく。


 七瀬の弱々しく非情な嘆きも、星の耳に届くことはなかった。






「……」


 星は家までの道を歩きながら、先程七瀬の胸元を触った手を見つめる。直接乳房を触ったわけではないが、彼女の体の柔らかさは十分に感じることができた。


「柔らかかったな……」


 そして、自分が無意識に発言した言葉に驚愕する。


「え……うわっ! 何変なこと考えてるんだ! 僕の馬鹿馬鹿馬鹿! ド変態!!!」


 七瀬が見ていないのをいいことに、彼女の体の柔らかさの余韻に浸ってしまった。星もさりげなく七瀬のことを異性として意識していたのだ。男として力強く成長すると共に、歳相応の性への興味を持ち合わせていた。


「でも、七ちゃんもやっぱり女の子なんだよなぁ……///」


 彼女に対する憧れは無くなってはいない。自分を助けてくれた力強くたくましい姿は、今も心の中で生き続けている。彼女のような強い人間になりたいと願い生きてきた。


 しかし、仮にも七瀬は女だ。繊細な心を持った女性なのだ。体のつくりが、男である自分とは全くもって違う。力も自分の方が格段に強い。


「……」


 彼女が時折見せる悲しい顔。何か悩んでいるに違いない。あの時の決意は揺らがない。今こそ長年の努力で手に入れた力の使い時だ。


「守ってあげなくちゃ……」


 星はグッと拳を握り締めた。




 それはそれとして……


「今日も七ちゃんを班別行動の班に誘えなかったな……」


 七瀬を異性として意識しているせいか、どうしても一歩踏み出す勇気を持てなかった星であった。
















「美味しいお菓子が食べられますように♪」


 庭園の中央で女神が手を合わせ、天に祈る。周りは大勢の天使が囲み、彼女の様子を静かに観察する。


 タッタッタッ


「あらら?」

「ユリア様……甘いものでもいかがでしょう」

「まぁアグネス、ありがとう♪」


 すると、背後にあった女神の屋敷からメイドが現れ、クッキーやドーナツ、ケーキなどの甘いお菓子の詰まったバスケットを差し出した。彼女の願いが叶ったのだ。


「おぉぉぉぉぉ」

「よかったらどうぞ♪」


 天使達は一斉に拍手する。ユリアと呼ばれた女神は、一同にバスケットを差し出す。彼女の好意に乗り、天使達はスイーツを次々とつまむ。メイドは何事もなかった化のように屋敷へと戻っていく。


「流石ユリア様ですね」

「これが『KANAEカナエ』の力です♪」


 ユリアは堂々と自慢の巨乳を張る。


「実はこの天界アイテム、俺も開発に携わってんだぜ!」

「そうだったわね。スター、ありがとう♪」

「いえいえ、ユリア様のためなら!」


 天使の中から男が一人飛び出し、ユリアに頭を撫でられ、頬にキスをされる。スターと呼ばれた男の手には、黄色い星型の機械が握られていた。ユリアはこの機械を使い、自身の願いを叶えたようだ。


「みなさんにはこのKANAEを使い、今回の研究に参加してもらいます。各々所定の地域で、頑張って調査を遂行してください」

「はい!!!」


 説明を聞き終えた天使達は一斉に散開する。それぞれスターが持っていた機械を手に、バサバサと背中の羽で飛び去る。


「スター、あなたは日本、岐阜県西濃地区七海町の担当よ。期待してるわ」

「はい! 頑張ります!!!」


 スターは華麗な敬礼を見せ、飛び去った。仕事に向かう天使達の姿を眺めながら、ユリアは屋敷に戻る。


「この世界を……セブンをもっと良いものにするために、私も頑張らなきゃ!」




「まさか俺の作った天界アイテムを使って研究が行われるなんてなぁ。ユリア様にも期待されてるし、頑張らなくちゃな!」


 青空の上で羽ばたきつつ、スターも気合いを入れていた。研究の準備をするため、天使達が生活する天使寮へと向かう。

 天界では星や七瀬達人間が知らぬ間に、大きな計画が動いていた。スターは手のひらに収まる星型の機械を、愛でるように撫でた。




 そしてこの黄色く輝く星が、これから人間の心の光と闇を渦巻く大騒動を招いてしまうことなど、どの世界の者も想像すらしかなかった。

 

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