第4話「男の子ってズルい」
「美味しいね~、七ちゃん!」
「そ、そうね……」
大勢の人々が通勤通学に利用する七海駅。駅の南口から出てすぐの場所に、町民の憩いの場である駅前広場がある。ここでは定期的にクレープを販売するカートが現れ、七海町で暮らす中高生が度々寄っているのだ。
星と七瀬の二人も、大々的に宣伝するチラシと甘い匂いに釣られてやって来た。
「七ちゃん、なんか浮かない顔してるよ?」
「え、そ、そんなことない……わよ……」
キラキラと光を散らしてピスタチオ生クリームを頬張っていた星が、視線の合わない七瀬の不自然な様子に気付いた。それと同時に、半ば強引にクレープを食べに行くことに付き合わせてしまったのではと危惧する。
「もしかして七ちゃん……ダイエット中だった?」
「ちょっ、そういうデリケートなこと平気で聞かないでよ!」
「痛っ! ご、ごめん……」
決して重い打撃とは言えない力で、七瀬はぽかすかと星の頭を叩く。駅前広場を行き交う人々が、ベンチで戯れる男女を横目で眺める。七瀬の恥ずかしがる様子から、星の勘は当たっているようだ。
「そんなに怒らなくても、今のままで七ちゃんは十分素敵だよ」
「え、あ、ありがと……/// って、そうじゃなくて!!!」
一瞬星の優しい言葉にときめいてしまったが、すぐさま正気に戻る。こういった台詞をサラッと言ってしまうため、星の言動は良くも悪くも心臓に悪い。
「そうだ、七ちゃんにプレゼントがあるんだ。この間数学教えてくれたお礼」
ダイエットから七瀬の意識を遠ざけるためだろうか。星は瞬間的に話題を切り替えてきた。学校鞄をガサゴソと漁り、一つの小さな箱を取り出す。
「これ、七ちゃんに似合うと思って買ったんだ。はい♪」
「髪留め……?」
星が手渡してきたのは、純白のリボン型の髪留めだった。リボン生地にはピンクの水玉模様が施されている。全体から女の子らしさが伝わるキュートな髪留めだ。
「私、こんなの似合わないと思うけど」
しかし、七瀬は星の予想とは裏腹に、食い入る様子はない。女の子へのプレゼントということを意識し過ぎただろうか。彼女はキュートな代物はあまりお気に召さないようだ。
「えぇ~、そんなことないよ! 絶対似合うって! 付けてみてよ」
星の熱烈な励ましに応えようと、七瀬は渋々と腕を後頭部に回す。後ろ髪をかき上げ、ハーフアップにして束ねる。小さくカチッと音が鳴り、キュートなリボンは七瀬の後頭部に留まる。
「すごく似合ってるよ! 可愛い!」
「可愛っ……そ、そう……ありがとね……///」
星が『可愛い』という台詞を放つことは承知していた。しかし、心構えも虚しく、星のイケメンフェイスを前にして撃沈する。内心大袈裟だろうと自身を過小評価するも、星の言葉はありがたく素直に受け止めておくことにした。
「大切にするね」
「ありがとう! 嬉しいなぁ~」
クレープを食べ終え、二人はベンチから立ち上がる。数学の先生から出された理不尽な量の宿題を済ませるべく、まっすぐ家に帰る。
今日も七瀬は星に心を揺さぶられてばかりだ。
“ほんと、なんでこんなにカッコよくなっちゃったのよ……”
* * * * * * *
私は星君の顔立ちの良さによく心を乱されている。一体いつから彼はあんなにカッコよくなってしまったのだろう。別に小学生だった頃の面影が全く残っていないわけではない。
「……」
隣で歩く彼の姿を、改めてよく見つめてみる。スラッとした背丈に、少々癖毛のある灰色の髪。高い鼻に輝かしい瞳。凛々しい眉。清潔感のあるしっとりとした肌。肉付きのあるたくましい手足。そして、低い声。
何よ……カッコいい要素てんこ盛りじゃない!
「ワンワン!!!」
「ひっ!?」
うわっ、びっくりした。通りかかった家の柵の中から、いきなり犬が迫ってきて吠え出した。かなり大きい太ったブルドックだ。星君に目を奪われていたため、急に鳴き声が飛び込んできて萎縮してしまった。
「わぁ~、大きな犬だね」
「そうね……」
「ははっ、よく見ると可愛いね。餌を欲しがってるのかな♪」
びくついた私とは真逆に、微塵も怖じ気付かない星君。むしろ可愛いと思い、愛でているまでである。
あれれ~? おかしいぞぉ~? 私の知っている星君の反応じゃないぞぉ~?
「七ちゃんどうしたの? 行くよ」
だってそうじゃん。小学生の頃なんか、あんなに怖い犬を見かけたら、私の背中に隠れてびくびくしてたでしょ。服に顔ごと擦り付けて、涙や鼻水で濡れちゃってたわよ。洗濯するの大変だったんだから。
「う、うん……」
そんで私は泣きじゃくる星君の手を引いて、「大丈夫大丈夫」って頭撫でて帰っていったでしょ。彼の臆病さには心底苦労したから、今でも鮮明に思い出せる。
おかしい……なんで星君は平気な顔をして、私の前を歩いてるの……?
「明日の英語、単語の小テストあるよね。大変だなぁ……」
耳に飛び込んできた英単語の小テストという言葉。私には、どうしても星君の口から放たれたことに違和感を覚えてしまう。
だってだって! 星君、覚えること苦手だったでしょ! 先生から言われたことをやってくるの忘れて泣いてたの、私知ってるんだから。
「大変ねぇ……」
忘れ物もよくするし、その度に私が助けてあげたんだよ。宿題写させてあげたり、教科書見せてあげたり。そんなのしょっちゅうだった。だが、現在の彼は私が引くほどしっかりしている。
うーん……何だろう。普通にやらないといけないこと覚えてるのやめてもらっていいですか?
「……」
「七ちゃん、ほんとにどうしたの? 今日なんか変だよ」
その『七ちゃん』という呼び方も、違和感が働きまくって背中がむず痒くなる。知り合った頃は、彼は私のことを『七瀬さん』と呼んでいた。いつから『七ちゃん』呼びになったのかは覚えていない。
なんかその呼び方、陽キャの魂が乗り移った陽キャみたいで怖い。
……あれ? 陽キャの魂が乗り移った陽キャって、それただの陽キャじゃない?
「何でもないわよ」
「本当に大丈夫? 熱でもあるんじゃ……」
「本当に何でもないって!」
無駄に高い背を丸め、私の顔を覗き込む星君。あんまりイケメンフェイスを近づけると、心臓がもたなくなるからやめてほしい。
あぁ……小学生の頃は並んでいた身長も、あっという間に追い越されてしまった。腕っぷしも強く、運動神経まで抜群に上がっていることだろう。体付きがまるで違う。
「今日はありがとね。クレープ美味しかった」
夕暮れが住宅街をオレンジ色に染める中、私は自分の家に着いた。私達は一応幼なじみという仲で、家も徒歩圏内で向かえるほどに近い。いつもこうして私の家まで一緒に帰るのが日課となっている。
「うん! また行こうね!」
彼が笑顔で手を振る。いつ見ても、どう見ても、相変わらずたくましい姿だ。
「……」
さっきまで彼のことをよく見てきたけど、今度は自分の体をよく見てみる。
成長の止まった背丈。細くて頼りない手足。無駄に長い茶髪。鏡で見ないとよくわからないけど、多分そんなに可愛くはない顔。すぐに傷付く柔い肌。大きく主張する胸元。そして、高い声。
彼とはまるで違う。かつて私の誇っていた『強さ』からは、驚くほど遠ざかってしまった弱い体だ。それに比べて彼は、かつての私よりも強くたくましく成長した。
はぁ……ほんと……
「男の子って……ズルい……」
「なんか言った?」
「何でもない。じゃあね」
いつの間にか私より立派に成長してしまった星君の背中を眺め、私は小さなため息を溢すのだった。
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