第122話

 そして、彩音は本を取りに行くために立ち上がります。


「今、持ってきますね。」


「場所はお分かりになりますか?」


 彩音は『はい、大丈夫です。』と言って奥へと進んで行きました。紅葉の為に彩音が本を取りに行くことは予想していたので、悠花と澪は行動を起こします。


「……あっ、そう言えば、本棚の場所を変えてしまっていたんでした。」


 悠花の言葉をきっかけにして、澪がテーブルの上にあるジュースを倒しました。こぼれたジュースが紅葉の服にかかってしまい、慌てるところまでが段取りです。


「まぁ、大変。急いで拭かないと、シミになってしまいますね。」


 悠花と澪がハンカチで紅葉の服を拭き始め、メイドたちも紅葉の周りに集まってバタバタと動き回ります。ジュースをこぼしただけのことに大袈裟な状況が展開されていました。


「……大丈夫か?」


 楓が気にして紅葉に声をかけましたが、当の紅葉も困惑した表情でされるがままになっています。


「うん。平気だよ。……そんなにこぼれてなかったし。」


 言葉とは裏腹に悠花と澪は焦っていました。


「いいえ。お招きしておきながら、お洋服を汚してしまっては父に叱られてしまいます。」


「えっ?……いや、大丈夫だよ。紅葉なんて、いつも服を汚したりしてるんだから。」


 楓の言葉で紅葉はムッとして、『そんな、いつもは汚したりしてないよ。』と反論しました。


「そうですわね。……あっ、忘れておりました。楓さん、申し訳ございませんが、彩音さんに本棚の場所が変わったことをお伝えいただけませんか?」


「……俺が?」


「はい。私たちは、手が離せなくなっております。……『一番奥の本棚の一番上』とお伝えいただくだけで大丈夫だと思います。お願いできませんか?」


 これまで周囲で監視していたメイドたちもいなくなっていました。

 瞬間的に悠花と澪の狙いを察知していた千和たちも、『私が行きましょうか?』とは言い出しません。


 楓も、皆の制服姿を見てから何かを企んでいるとは分かっていました。それでも、ここで彩音に伝えに行くことを断ってしまえば、彩音を意識していると思われてしまいます。


「……それで九条さんは分かるんだな?」


「はい。お分かりいただけると思います。」


 渋々ではありますが、了承するしかありません。

 楓が『それじゃぁ、伝えてくる。』と言って彩音のところへ歩いて行きました。悠花に目配せをされたメイドの一人が、床を拭く手を止めて音も立てずに楓が向かった先へ消えていきます。


 ただそれだけのやり取りを千和、渉美、沙織の三人は怯えながら見ています。悠花と澪が目的のために、あれこれと企てを図ることを知らされました。



 そして、数分して彩音と楓が戻って来ました。

 待っていたみんなは、敢えて関心がない振りをして二人を見ることはありません。


「紅葉さん、大丈夫でしたか?……これ、私が好きだった本なんです。良ければ読んでみてください。」


 取ってきた本を紅葉の前に置きました。『ありがとう、読んでみる。』と言って、紅葉は彩音の顔を見ます。


「えっ?……お姉ちゃん、大丈夫?」


 不思議なことに紅葉が彩音を心配する言葉をかけました。言葉をかけられた彩音も何故心配されたのか分かっていません。


「泣いてたの?」


 紅葉が問い掛けたので、みんなも驚いて彩音を見ました。すると、彩音の目から涙が溢れ出ています。

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