第123話

「楓さん?……まさか。」


 彩音の涙を見た一同の頭には、『思春期は発情期』という悠花の言葉が浮かんでいます。本棚の一番奥は人目に付かず、楓が予想外の行動を起こしてしまった最悪の場面を想定してしまいました。


「えっ!?……まさかって何?」


 楓も、紅葉が言うまでは彩音が涙を流していることも知りませんでした。それでも全員から疑いの眼差しを向けられてしまい狼狽えてしまいます。


「楓さん、過ちは誰にでもあることです。ただ、それをお認めになって、悔い改めることが必要なんですよ。」


「そうですわ。私たちも、楓さんと彩音さんをお二人にしてしまったことが過ちだと認めて、反省しておりますわ。」


 澪と悠花の言葉は、楓が何かしてしまったと決めつけています。


「そうですわね。今日の彩音さんのお姿は、とても魅力的です。そのことを考えて、もっと慎重になるべきでした。」


 千和まで話しに加わってしまい、楓を断罪する状況が続いてしまいました。


「いや、待ってくれよ。何の話をしてるんだ?俺は、本棚の場所を伝えに言っただけで何もしてない。……埃が目に入っただけじゃないのか?」


 楓も、女性陣から何を疑われているのか理解しており弁解が必要になります。このままでは身に覚えのない罪を背負わされることになりかねません。


「見苦しいですよ。いつも掃除は丁寧にされておりますので、埃は考えられません。楓さん、紅葉さんの目を真っ直ぐに見ることが出来ますか?」


「出来るよ!」


 多勢に無勢状態で、楓は追い詰められます。


「みなさん、何の話をされているんですか?……楓さんは、本当に本棚の場所を教えてくださっただけですよ。」


 状況を理解し切れていない彩音が、楓に加勢することになりました。どうして楓が責められているのかは分かっていませんでしたが、楓が困惑していることは彩音にも分かります。


「……ですが、その涙は?」


 悠花に言われて、彩音は目の下を指で拭いました。


「あっ、紅葉さんの見間違いと思いましたけど、本当に涙が……。」


「え?……本当に泣いていたわけではないのですね?」


 そして、悠花は状況を確認していたはずのメイドを呼びました。唯一の確実な目撃者となってくれるはずの人物です。


「あのぅ、本当に何もありませんでした。あの方は、彩音様に本の場所をお教えしただけです。」


「では、彩音さんが泣かされるようなことはなかったのですね?」


「はい。ただ、本棚の一番上にある本を梯子を使って取ろうとした時、彩音様が驚いた様子をしていらっしゃいました。」


「そうですか、梯子で本棚の上まで……。きっと、それですわね。」


「……それ、ですか?」


「はい。小説でも読んだことがあります。本棚で起こる男性にとっての『ラッキーイベント』というものですわ。それで彩音さんは驚いてしまったんです。」


 メイドは悠花が何の話をしているのか理解するまで少し時間がかかりました。悠花が読んでいる小説のジャンルは多岐に亘っているので、どんな知識を得ているのか把握し切れていません。


「あっ、もしかして、スカートを下から……。悠花様は、そう思われているのですか?」


「はい。羨ましいことですが、それしかありません。」


 長くメイドとして働いていても悠花が分からなくなる瞬間はありましたが、『羨ましい』と表現したことに溜息を洩らしかけました。

 それでも、気を持ち直して詳しい状況を説明します。


「それはないと思います。実際に梯子を使って本を取ったのは楓様です。彩音様は上り始める前に止められてしまいました。」


「えっ?彩音さんは上っていないのですか?……では、何故?」


「はい。彩音様が梯子を上ろうとした時に楓様が注意をされたんです。」


 悠花は状況が分からなくなっていました。楓が彩音の行動を注意することは今まで何度もあり、それだけで泣くようなことはないと考えています。

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