第112話

「九条さんが、楓と知り合った経緯は聞いてます。……それから、楓の妹を通じて仲良くなったことも。」


「はい。紅葉さんがお見舞いにいらしてくださった時から仲良くさせていただいております。」


 村瀬がお願いしたいことが分からないので、無意味に警戒してしまいます。村瀬に苦手意識はありませんでしたが、異性に対しての免疫が少ない彩音たちは圧迫感を覚えていました。


「あいつは頭が良いくせに、人を利用するとか考えないからバカなんです。こんな願ってもないチャンスを逃すなんて……。」


「……それで、お願いとは何なんでしょうか?」


 楓のことをバカと言っていたことに彩音はムッとします。村瀬と一緒にいる楓は、何気ない会話にクスクス笑ったり、文句を言い合ったりして、いつもと違うように感じていました。


 それが、楓がいなくなった途端に彩音にお願いをしようとしたり、楓をバカと言ったりしています。


「あいつ、楓はすごく優秀なんです。」


「そのことは存じております。」


「だったら、あいつに出資してくれませんか?」


「……えっ!?」


「いや、他人が高校に通うために出資してもメリットはないかもしれないけど、九条さんの家なら、あいつ一人を高校に行かせるくらい融通出来るんじゃありませんか?」


「あ、あのぅ……、それは。」


「今日も楓は九条さんたちの秘密を漏らさないように、僕に頼んできたんです。そんな秘密を守るくらいじゃ、交換条件にはならないかもしれないけど、考えてもらえませんか?」


「村瀬さん、少しお待ちいただけませんか?」


 一気に捲し立てるように話を進める村瀬を制止します。予想外のお願いであったため、彩音たちは驚いています。


「あっ、楓が戻ってくるまでに話しておきたかったので、すいません。図々しい話で、卑怯なお願いの仕方になってることも分かってます。……でも、あいつには自分のことも考えてほしいんだ。」


 彩音たちは、村瀬のことを悪く考えてしまったことを後悔していました。自分が悪く見られても楓のために何かをしたいと思っての行動だったのです。


「……そのお話は、私の父から楓さんにご提案しておりますわ。」


「えっ!?……それって、どういう?」


「はい。楓さんに私たちと同じ学校に進んでいただいて、色々とお世話していただくことを父が提案していたんです。」


「それじゃぁ、話は進んでいたんですか?……何だよ、あいつ、何も言わないから。」


「ですが、楓さんからはお断りされてしまいました。」


「はぁ!?断った?……せっかくの話を?」


「はい。楓さんには、楓さんのお考えがあるようです。……施しは受けたくないとおっしゃっていましたわ。」


「施し?」


「もちろん、父にも私にも、そんなつもりはございません。」


「何をカッコつけてるんだ?……そんな事を気にしている場合じゃないのに。」


 村瀬は苛立っています。そんな村瀬に、今度は沙織が質問をしました。


「……ですが、村瀬さんよりも優秀な楓さんがいなくなれば、村瀬さんにとって良いことなんじゃありませんか?」


 すると村瀬は不快感を露わにした表情を見せます。

 どうやっても勝てない相手がいなくなれば、村瀬がトップになることも可能なのです。それは、沙織が頑張っても彩音に勝つことが出来なかったことを思い出させました。


「ええ、僕は楓に負けっぱなしですからね。でも、僕よりも優秀な人間なんて数えきれないくらい存在してますよ。」


「そうお考えなら、一人でも減れば嬉しくはありませんか?」


「楓一人減ったとしても、僕が僕であることに変わりないんだ。それなら僕は楓の友人として出来ることを優先したい。」


 この場にいる誰もが共感できる言葉でした。


 沙織も、どうして彩音に対してあれだけの敵意を向けていたのか今では分からなくなっていました。

 そんな時に楓は戻って来ましたが、空気が一変していることを感じ取ります。


「何だ?何かあったのか?」


「……お前のせいだよ。……ちょっとは周りのことも考えろ。」

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